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雷一閃

暗い廃棄路の奥、雷撃がバールを使って金属の扉をこじ開ける。


内部に潜り込むと、そこはほとんど使われていない作業整備エリアだった。腐食しかけた機械部品と、ほこりを被った工具。さらにその奥、埃の積もったラックと積層コンテナの狭間を抜けた先に、それはあった。


「……こりゃ、まさか……!」


雷蔵の声が反響する。


暗がりの中、鈍い金属の光沢を放つそれは、まるで眠っている巨人のようだった。人間の骨格に似たシルエットを持ち、無骨なフレームと油圧式のアクチュエーターが複雑に組み合わされている。両肩には補助アーム、背部にはエネルギーパックと思われる大型のユニットが接続されていた。


「重作業用……パワードスーツ……?」


装甲は塗装が剥がれ、配線はむき出し。だが、コアユニットは無事のようだ。コンソールにはまだ微弱な電源が残っており、起動パネルが緑色に点滅していた。


雷蔵が腰をかがめ、アクセスパネルを開く。


「……くっそ、マジか。型は古いけど、補助フレームは生きてる。両腕のサーボアシスト付き……こりゃ、いけるかもな」


両腕ユニットには、関節部を補強する外装補助が施されている。通常の操縦では過負荷になる構造だが、重量物を持ち上げる際などに使用する機能だ。


この機能を使えば、雷蔵のように腕を負傷した状態でも、腕の力は殆ど使わずに操作が可能かも知れない。


雷蔵は右腕を見やった。前回の戦いで、彼はその腕をほとんど使えなくしている。指は握れるが、強くは閉じられない。戦うには致命的なハンデだった。


「やるしかねえか……!」


「乗るんですか……? 本当に動くんですか、それ」


こはるが不安げに聞く。

雷蔵は一瞬だけ頷き、傷の残る右腕を見下ろした。


「うちの現場にはこんなん無かったけどな、徳さんーーああ、先輩やーーが、他所で使うた言うて、その日は朝まで酒飲みながら語っとってよ。なんとなーく、操作は頭に入っちゅう!」


スーツの背部ハッチが油圧音とともに開く。雷蔵は身体を滑り込ませ、胸元の固定バーを握り込む。内蔵モニターが起動し、視界にオーバーレイ表示が浮かぶ。


《起動シーケンス開始。動力炉、残留エネルギー:38%。操縦支援モード・リミッター緩和中……》


スーツが唸りを上げ、関節がゆっくりと駆動を始めた。床を踏みしめる金属の音が、まるで戦場への第一歩を告げるように響く。


「――っしゃあ!なんとかいけそうや!こはる、俺に任せろ!」


「うん……! 行こう、雷蔵くん!」


2人は、鉄と人の融合ーー即席の重戦士として、管制塔の奥へと進んでいった。


------


こはるは武装していない。だが、彼女には“耳”がある。人の呼吸、足音、衣擦れ、微細な機械の駆動音……誰よりも先に「気配」を捉える耳が。


こはるは耳を澄まし、外の警備兵の足音と通信ノイズを拾う。遮蔽された壁の裏を音でなぞるように把握していく。


雷蔵の背後でこはるが静かに頷く。


「前に……二人。左に一人……回ってくる」


「助かるで。そっち、任す!」


扉の先で警備兵の影がちらつく。ライトが揺れるよりも先に、雷蔵が踏み出す。鉄板を蹴り、重たいスーツの脚部が床を鳴らした。


「なんだーーうわッ!」


一人を踏み潰すように叩きつけ、続く相手の銃口から放たれた銃弾がかすめる音の中、雷蔵の右アームが強化された拳で警備兵を壁に叩きつける。


「あと一人……!」


こはるの声。壁の向こうに回り込んでいた兵の気配を察知しする。


「後ろ!」


こはるの叫び声に、雷蔵が身体ごと振り返る。警備兵から振り下ろされたスタンロッドを、スーツのフレームが受け止めた。火花が散る中、左肩で押し返し、正面から一撃。


倒れた兵の上に息を切らせながら立つ雷蔵のもとに、こはるが駆け寄った。


「怪我、してない……?」


「いや、なんとかな……! お前のおかげや、こはる」


短く拳を打ち合わせる仕草をしようとし、雷蔵はふと腕を見た。パワードスーツの機械の腕が、彼の負傷した右腕を守るように包んでいる。


「まだ、やれるな。オレら、ここまで来たんや。あいつらに、背中向けさせんためにも」


「うん。行こう、雷蔵くん」


二人は廃棄路を抜け、管制塔の更なる奥へと歩を進めた。


------


管制塔地下、バックヤードの通路には、緊急灯だけが赤く瞬き、機械の駆動音と警報の断片がこだましていた。


「……ここは?大分中に進んできたはずやき」


パワードスーツの脚部が床を鳴らす。雷蔵は機体越しにこはるの姿を確認し、手を差し出した。


「……行こうや、こはる。ここまで来たら、腹ぁ括るしかねぇ!」


こはるは黙って頷く。警備兵をかいくぐり、音の死角だけを縫って進んできた。ここまで来られたのは、奇跡ではない。聴覚という彼女の確かな武器が、道を切り拓いていた。


その時だったーー


バシュ、と一瞬、耳に圧がかかるような音。こはるがとっさに声をあげた。


「来るっ……!」


床が、炸裂した。地響きのような音と共に、ぶち抜かれた金属板の破片が舞い上がり、その隙間からーーそれが現れた。


「おおお、やっと追いついたぜぇ……雑魚どもぉ!」


重々しい金属の鎧。雷のように光る紋が腕を這い、鉄槌のような右手の武器が床を叩くたび、空気が軋んだ。


「なんじゃ、きさん…!いきなり喧嘩売る気がか?!」


雷蔵が唸る。こはるが一歩後ろに下がった。


「俺はヴォルテール、四天王の一角だぁ。つまり、テメェらはここで退場ってコトだ。下らない喧嘩ごっこは、終わりだぜぇ…」


目が、赤く光っていた。


雷蔵はパワードスーツの腕を構え、右ストレートを叩き込むべく踏み出す。


「やってやらあああああああああああ!!」


パワードスーツの脚部モーターが唸りをあげる。低い姿勢から一気に踏み込み、正面からの拳ーーいや、鉄拳がヴォルテールの胸部装甲に叩き込まれ、火花が散る。


「おおっ、さすがに重ぇパンチだな!」


ヴォルテールが一歩退く。雷蔵はその隙を逃さず、スーツの補助関節を利用して左脚で回し蹴りを繰り出す。

鈍い音と共に、ヴォルテールの頭部がぐらりと揺れた。


「うおおおっ!」


更に追い打ちをかけるため右ストレートを放つ


「なかなか、やるじゃねぇか」


ヴォルテールが不敵に笑いながら、踏み込んできた雷蔵の腕を掴む。


「けど、まだ甘ぇぜ」


咄嗟に逆関節で脱出。雷蔵は間合いを取りながら、装甲の隙間を見定めていた。


パワードスーツの腕部シリンダーが蒸気を吐き、フル出力へと切り替わる。


上段からの振り下ろしから横薙ぎの回転蹴り。

避けきれない攻撃は、スーツの装甲で強引に受け流す。


ヴォルテールが舌打ちした。


「チッ……なるほどなぁ、素人にしては出来過ぎじゃねぇか」


「素人なめんなよ! 現場でケンカ止める時は命懸けなんじゃきに!」


そう言いながら雷蔵はスーツの補助アームを起動、床のパイプを引き抜いてヴォルテールに叩きつける。ヴォルテールは思わず後退し、壁へと打ち付けられた。


「……どうや! おまん、思うようにはいかんぞ!」


一瞬の静寂。ヴォルテールの額には血が滲んでいる。雷蔵は肩で息をしながらも、四天王と名乗るヴォルテールと互角以上に戦えている。


と思っていたーー


「ククッ。良い感じじゃねぇか。やっぱり、潰すなら本気でやらねぇとなぁ?」


ヴォルテールの全身から、バチバチと雷光が迸った。


「まあ、これはこれで愉しんだが、そろそろ飽きてきたな。本気出してやるぜぇ?」


その言葉の後、空気が変わった。

背筋が粟立つような静寂が、一瞬。


「さぁてーー本番だ!」


バチンッ!


青白い閃光が、鉄槌を中心に奔る。床の電子パネルが一斉にショートを起こし、火花を散らした。


「うっ!?」


雷蔵の反応が一瞬遅れた。


鉄槌が唸る。雷撃を帯びた一撃が、壁ごと雷蔵を弾き飛ばした。


「う、うおおおおおおっ!!」


スーツの警告灯が赤に変わる。今のたった一撃で脚部外装が焼き切れ、内部のアクチュエーターが剥き出しになっていた。


「雷蔵くんッ!!」


こはるが叫ぶ。ヴォルテールは薄く笑った。


「まぁ、ちょっとだけ本気出してやっただけだがーーこれが、「力」だ」


雷光が、ヴォルテールの体を走った。


「うわあぁぁぁ!!」


雷蔵は、身を起こすこともできず、圧倒的なにただ呻くことしか出来なかった。

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