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場外戦

重たい雲が、塔の上空を覆っていた。

正面玄関から少し離れた場所、崩れかけた外壁に身を潜めるようにして、雷蔵とこはるが地形を確認している。


「やっぱり、正面は無理か……」


雷蔵が低く唸るように言った。


澪達と別れた後、じっとしている訳にも行かず、では取り敢えず管制塔に向かってみよう、と2人は遅れながらもここまで来ていた。


一度目は普通に入ろうとしたが、ブレスレットを外しているため候補生として認められず、追い返されてしまったのだ。


塔の正面は完全に閉鎖されており、重装のドールズが往復巡回していた。あれだけの人数を強行突破するには、いくら身体が動いても足りない。


「けどなあ……澪ちゃんらがまだ中で頑張りゆうんやとしたら……」


拳を強く握りしめる。雷蔵の右腕は応急処置として真新しい包帯でグルグル巻きにされていた。自由に腕を使うことが出来ないが、その目は曇らない。


「……雷蔵さん、あそこ」


こはるが耳を澄ませながら、塔の側面の斜面を指差した。


瓦礫の陰、立入禁止の警告板に半ば隠れるように、鉄柵で塞がれた搬入口のような通路がある。


「裏搬入口……いや、廃棄路か?」


「中に、機械音がします……でも、警備は……2人…いや3人だけ…」


こはるの声は小さいが、はっきりしている。その音を見ているかのような精度だ。


「こりゃあ、行けるかもしれん」


雷蔵が笑う。まるで昔の仲間と立ち入り禁止の作業現場に潜り込んだような、あの頃の顔だった。


「裏から中に入れりゃ、澪ちゃんらと合流できる……最悪、何かあった時に逃げ出せるルートにもなる」


こはるは頷き、小さく呼吸を整えると、前に出る。


「私、先に耳で確認していきます。雷蔵さんは後ろから付いて来てください。」


「……了解。くれぐれも、無理はするなよ」


2人は無言で拳を合わせた。

そして、静かに塔の裏側へと向かった。


------


風が吹くたび、剥き出しの配管が軋んだ音を立てる。


朽ちた鉄骨と、錆びた鉄の匂い。塔の裏手に広がる廃棄エリアは、まるでこの巨大な建物が切り捨てたもう一つの影だった。


「……この先。いる。三人……重い靴音、左足をかばってる人も……」


こはるはささやくように言って、手のひらを雷蔵に向けて制した。

その耳は壁の向こう側に立つ警備兵たちの動きを、すべて聴いていた。


「三人とも、定位置で動いてない。……30秒後に一人、巡回。今は、間……っ」


雷蔵は静かに頷き、身を屈めた。右腕も自由が利かず、こはるの判断にすべてを預けていた。


こはるは小さく息を吸い、しゃがみ込んだまま鉄製の横穴へと滑り込む。


その隣に積まれた廃材の隙間から、塔の基部へ続く作業用トンネルが覗いていた。


(……この通路、塞がれてない。使える)


ぬるりと通り抜ける空気の圧。奥へと続く通路は冷たいコンクリートに囲まれ、照明の多くは死んでいた。


それでも、こはるの耳は壁を打つ靴音や、警備兵が口にした無線の短い会話ーー「ゾンメル博士からの通達、侵入者注意」ーーまでも正確に拾っていた。


(聞かれないように、息を止めてるの、分かるよ……雷蔵さん)


背後に続く気配。ごつい身体を必死で小さくしながら、彼もついてきてくれている。


(もう少し……音の抜けるゾーンまで行ければ……)


次の遮蔽区画までは、あと10メートル。


だが、そのとき。


ーーカツン。


どこかで、小さな音が弾けた。石ころが蹴られたのか、廃材が落ちたのか…こはるはすかさず足を止め、腕を伸ばして雷蔵の胸を押さえる。


「……足音、こっち向いた。来る……一人だけ」


警備兵の足音が近づく。


こはるは即座に判断を切り替え、脇の点検口に身を滑らせると、雷蔵をその中へと引き込んだ。狭く、埃っぽい隙間。だがここなら、音も気配も遮れる。


数秒後ーー


「……チッ。ネズミか……」


低く吐き捨てるような声が聞こえ、足音が遠ざかっていく。


こはるは胸を押さえて、小さく息をついた。


「……今。行けます。離れていった……」


雷蔵が小声で囁く


「こはるちゃん、マジでスゴいな……」


彼の声は、少しだけ震えていた。


こはるは微笑んで首を振る。「耳がきくだけ、です。……雷蔵さんの足音も、優しいです」


もう一度、息を整えふたりは音のない闇の中へと、再び足を踏み出した。


その先には、中央構造部の影。


かつて廃棄された実験施設――そして、誰も知らない裏口が待っていた。


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