観測者たち
漆黒の硝子に囲まれた、半地下の円形観測室。そこでは「GEAR選考 第四次試験・再定義」の全記録が、多角的モニターにより記録・解析されていた。
仄暗い部屋に、3人の影が集う。
鋼鉄の椅子に深く腰を下ろし、右肩に巨大な鉄槌を乗せる男――ヴォルテールが口火を切った。
「へえ……鏡に、映らなかった? 本当に、1秒たりとも?」
対して、操作パネルに手をかけている白衣の女ネリスが、義眼の焦点を微調整しながら答える。
「全選考候補生の中で、ただ一人。“葛城澪”だけは、鏡の干渉周波数にまったく反応しなかった。」
それを聞いたヴォルテールが聞き返す。
「全くってどう言う事だよ?禊は?」
データを見ながらネリスが答える。
「禊処理も無効。魂位構造、測定不能。」
ヴォルテールが鉄槌の柄を鳴らす。どこか愉しげだ。
「面白えな。つまり、試験自体が成立してないってことだろ?そいつ、選ばれたんじゃなくて、通り抜けただけなんじゃねぇのか?」
ヴォルテールが喉をクククと鳴らす。
「あるいは、測定システムが彼女の構造を認識できなかったのかもな」
そう言ったのは、部屋の一角、医療用タンクから取り出した奇妙な試薬を調合していた男、ゾンメル。
マスクの奥、籠った声で続ける。
「存在の輪郭そのものが、この位相に適合していない……そう考えるのが自然だ。」
「ああん?もっと簡単に教えろよ。意味が分からんぜ」
ヴォルテールが鼻を鳴らす。それを見てゾンメルは改めて説明する。
「魂が、こちら側に定着していない。いや、むしろ……別の起点に繋がっているようにすら見える。」
ネリスがモニターを切り替える。拡大される澪の表情と、その眼差し。
「魂位反射率ゼロ。それが、葛城澪の鏡像データ。通常は何かしらの精神残滓が映るのに、彼女の場合は完全な無反応」
「何だぁ?ゾンメルのお人形さんみたいに中身が無いってか?」
ヴォルテールはネリスの説明に、クロエを引き合いに出す。
「いえ…心がないわけではない。むしろ、過剰。」
「過剰?」
ヴォルテールが眉をひそめる。
「記録された精神波の総量自体は平均以上。ただし、像を結ばない。まるで、何者かの記憶を背負い続けているような、幽霊染みた構造。」
ゾンメルが口元を歪めた。笑っているのかもしれない。
「なるほど。かつて記録だけは残され、存在を抹消された計画があった。君も知っているはずだ、ネリス。【Multi-layered Interface Operator M.I.O.-00 type“Arche”】」
「……初期霊位モデル。最初の人間のプロトタイプ」
ネリスが静かに頷く。
「澪はその欠番と、構造的に一致する部分がある。記録は封印されたはずだが、何者かが……残していた可能性がある。」
ヴォルテールが再び鼻を鳴らす。
「要するに、幽霊じみた過去の遺物ってことか? だったら潰すだけだ。」
ネリスが珍しく笑みを浮かべる。
「もしそうなら、鏡に映っていたわ。……残念ながら、あの少女はただの失敗作ではない。測れなかった、と言うこと自体が脅威なの。」
ゾンメルが短く呟く。
「いずれにせよ、放ってはおけまいよ。存在の定義をすり抜ける個体が、選考の先へ進むのは危険だ。」
ネリスが画面を閉じ、立ち上がる。
「……もうすぐ、葛城澪とクロエが再び交差する。仮面の制御が、保てればいいけれど。」
ヴォルテールが武器を肩に担ぎ直す。
「はは、崩れるならそのときが見ものだな。」
再び暗転するモニター。澪の姿が、その奥に深く焼き付いていた。




