集合
非常灯のみの薄暗い中、候補生たちの不安、怒号、悲鳴や鳴き声が辺りを包む。
ヴィィィ、ヴィィィ、ヴィィィ、、、
「うおっ!」「キャ!」
スマホのバイブ音の様な音と、候補生達の驚く声が同時に響く。澪も例に漏れず驚いた表情で自らの左手に視線を落とす。
入所の際に渡されたブレスレット型のウェアラブルデバイスだ。装着前は半円状に分かれていたが、装着後には使用者の手首にピッタリと収まり、つなぎ目も分からなくなった。いったいどんな仕組みなんだろうとくまなく見てみたが、見た目にはただのブレスレットにしか見えなかった。
先程まで黒いただのブレスレットだったそれが、今は振動と光る文字でその存在を主張している。
「7...?」
ブレスレットには生き物のようにゆっくりと明暗を繰り返す文字で、数字の7か゚表示されている。
周囲でも同様に、自分の数字を読み上げる声が飛び交う。
「俺は10」「え、9って何?」「5だったんだけど……ヤバいやつ?」
「え、これって……順位?点数?」
不安が膨れ上がる中、天井のスピーカーから電子音が鳴り、無機質な音声が響いた。
「識別完了。ブレスレットに表示された数字は、各候補生の所属グループを示す。ただちに、表示番号ごとに指定の導線に従い、初期訓練ブロックへ移動せよ。移動遅延および不従順行為は、選別評価の対象となる」
【選別】の言葉が響くと、ざわついていたホールの空気が、一斉に緊張に包まれる。
ブレスレットの数字を見つめ、周囲を見回す候補生たち。床の一部が発光し、光のラインが幾筋も走り始めた。
まるで空港の誘導灯のように、数字ごとに色分けされたラインが候補生たちをそれぞれの出口へと導いていく。
澪の足元にも「7」の光が現れる。それはホールの隅の、細い通路へと続いていた。
澪が歩きながら周りを見渡すと、2人?いや3人の候補生が同様に7の通路入口に集まって来ていた。
「……7番、7番は――あんたらか」
眉間に皺を寄せ、誰とも関わる気のない雰囲気の鋭い目つきの少女。乱暴にまとめたポニーテールが歩くたびに揺れている。
もう1人は、小柄な少年。姿勢が良く、眼鏡越しの視線は冷静で、ブレスレットの数字と表示の変化を注視している。
最後の1人は、ふわりと長い髪を垂らした少女。
ぼんやりとした目で足元のラインをじっと見つめている。動きに迷いがあり、ついてきているのかも不安になるほどだ。
澪も、自分の左手の数字が同じ「7」であることを確認し、小さく息を吐いた。
すると、そのすぐ近くで。
「おい、見ろよ。女とチビばっかじゃん」
数mほど離れた場所から笑い交じりの声がする。見ると、やや大柄で表情に余裕のある短髪の男と、ニヤニヤ笑う細身でおかっぱの男二人組が立っていた。
その腕には「3」の数字が、赤く浮かび上がっている。
「そっちは第一脱落候補だな。今のうちに覚悟しとけよ」
ニヤつきながら、短髪の男が言った。
「……は?」
キツめの少女が一歩前に出る。周囲の空気が微かに張り詰める。
「なーにムキになってんの。“選別”って言葉の意味、わかってるよな? 足引っ張るやつは沈むだけ。うちは沈む気ないからさ、ねぇカズちん♪」
おかっぱの男がニヤつきながら挑発する様に笑う。
「テメぇ…!」
ポニーテールの少女が、今にも男達に掴みかかりそうな勢いで歩を進めようとする。男達が一瞬身構える。
「やめなよ」
澪が少女の手を引っ張り連れ戻す。
「時間の無駄だよ、行こう」
眼鏡の少年が短く言う。澪も、黙って二人を睨む。
口を開く必要はなかった。
カズちんと呼ばれた短髪の男が半笑いで更に挑発を続ける。
「はん?コケ威しかよ。まぁ、あとで泣くなよw」
グループ3の男達は鼻で笑い、そのまま振り返って自分のポッドに向かった。
(同じグループ……この4人で?)
「もう良いだろ、痛てーよ、離せよ!」
「あっ、ごめん」
澪は掴んでいた少女の腕を慌てて離す。無意識に強く掴んでいたのか、少女の腕は真っ赤になっていた。
少女は不機嫌そうに、痛てーなホントに女かよ、ゴリラじゃねーの、などブツブツ愚痴を言いながら通路に向かっていく。
澪はそれ以上何も言えず、ただ皆と視線を合わせないように歩を進めた。
「グループ7、4名確認。移動完了。
訓練ブロックA-7への転送を開始する――」
機械音と共に扉が閉まり、足元がわずかに揺れる。
壁に走るパネルライトが赤く点滅し、警告音にも似た低い電子音が室内に響く。
誰も、言葉を発しなかった。
不安、緊張、そして、これから始まる“選別”の正体――
何が待っているのか、誰も知らないまま移送は始まった。