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入口

「ここが、管制塔…」


私は思わず声を漏らす。エリアの中心に、それは沈黙のまま屹立していた。

まるで都市の残骸を見下ろす監視者のように、黒鉄の塔が空へ突き刺さる。外壁は焼け焦げたような暗灰色で、かつて白だったであろう痕跡すら煤に覆われている。表面には無数の補修跡やコード接続孔が露出しており、整然とはほど遠い、工業廃棄物の集合体にも似ていた。


高さはエリアの他施設を圧倒し、上層部は霧に隠れて見えない。窓のような構造は存在せず、塔全体が閉ざされた無機構造物のようだ。


塔の根元には、半崩壊した柵や焼けたモニターパネルが点在し、ーーかつてここが選別の終着点であったーーという残骸だけが物語っていた。


しかし、この建造物が稼働している事を、無音で回転する塔上部の監視ユニットが示している。それが見下ろしているように、不気味な存在感を放っていた。


塔の扉は、まるで呼吸を忘れたように重く沈黙していた。


無数の傷跡が残る金属扉に手をかける。その指先にはまだ、粉塵と灰の匂いが残っていた。手のひらを押し当てると、表面が微かに震え、機構が作動する音が奥から響いた。


「……開いた?」


燈ちゃんが息を呑む。金属の擦れる音とともに、厚い扉が左右に開かれ、錆と薬品が混ざり合ったような匂いが吐き出された。


その先に広がっていたのは、無人の管制フロアだった。


半透明のパネルがゆっくりと立ち上がり、天井の照明がひとつずつ点灯していく。床に描かれたラインに沿って、塔の中枢部——“選考ユニット”への通路が誘導されていた。


「……誰もいない。ほんとにここだよね?」


葵君が小声で呟く。今まではブレスレットが状況をガイドしていたが、私達は全て破壊している。葵君の質問には誰も答えない。


私は一歩、また一歩と進みながら、奥に据えられた鏡のような装置へ目を向けた。無数の銀線が張り巡らされ、中央には円形の椅子と、上下から挟み込むように配置された六枚の鏡面。


その装置に、なぜか心臓が脈打つような痛みを覚えた。


「第四次選考——再定義フェーズを開始します」


無機質なアナウンスが、天井から落ちてくる。音声ではなく、頭の中に直接響くような音。言葉に感情はなかった。だが、言葉の意味だけが鋭く刺さってくる。


『再定義』


その響きになぜか、誰かの顔を思い出しかけて——だが、また霞がかかる。


------------


クロエの背後で、冷却ファンが低く唸っていた。管制塔の一角、温度と湿度が厳密に管理されたユニット室。クロエは静かに立っていた。


正確には、立たされていた。神経接続ラインが背中から脊椎へと伸び、仮面の奥へ微細な信号が送り込まれている。


『……侵入確認。対象:グループ7、生存4。その他……無関係個体4』


クロエの声は変わらず平坦で、だがどこか不安定だった。仮面の奥、脳に直結する視界に、一瞬だけノイズが走る。


(今夜もまた、夢を見た。……なぜ、それを“夢”と知っている?)


背後のモニターに浮かび上がる生体信号。澪のタグだけが一瞬、“認識外”の警告を発した。


仮面が静かに脈打つ。そのとき、奥の暗がりから、ゾンメルの気配が滲み出すように現れた。


「神鏡の間は、もうすぐ始まる。仮面の調整を……怠るな」


クロエは言葉を返さない。だが、微かに喉が震えた。


毎夜繰り返される**“浄化と記憶制御の洗浄”**——クロエのメンテナンスは、彼女自身の存在を保つためでもあり、抑え込むためでもある。


仮面がなければ、クロエは“クロエ”ではいられない。


だが今、その仮面の下で、誰かが名を呼んでいるような気がした。


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