別離
「……俺はここで離れる」
ぽつりと、雷蔵君が口を開いた。
「なっ……?」
私は思わず声を上げて振り返る。燈ちゃんも動きを止め、葵君が険しい顔で雷蔵君を見る。
雷蔵君の右腕に巻かれた包帯は、血と汚れでどす黒くなっていた。骨車との戦いで、あの腕はもう満足に動かなくなっていた。更に子供たちとの戦闘でかなりの数の傷を負っていた。
「この腕じゃ、もう前線は無理や。足も鈍っとるし、動きも鈍い。こんままやと、俺が足引っぱるだけやき……」
「だからって!」
私の言葉を強く遮って雷蔵君が俯いたまま言う。
「聞けや!……澪ちゃん。無理して俺が付いてって、途中で誰か庇わせるようなことになったら……俺、もうマジで笑えんき」
……雷蔵君の目は、笑っていなかった。私はそれ以上言葉を続けることが出来なかった。暫く皆の間に沈黙がながれる。
「…私も残るよ」
そう言ったのは、こはるだった。皆が一斉にこはるの方を見る。
「……こはるちゃん、気持ちは嬉しいけどな。正直、俺ひとりの方が隠れるんも、動くんもやりやすいがよ」
雷蔵君は苦笑まじりに、右腕の包帯を見下ろしながら続ける。
「しかも、今この状況で戦力をふたりも割くわけにはいかんやろ?そっちには柊さんもおるし、行けるだけ行ってくれ」
雷蔵君の言葉にこはるは首を振り食い下がる。
「私は聴覚が他の人よりずっと敏感なの。潜伏とか、気配を探るのは得意。雷蔵君と一緒にここで隠れて、何かあったら後方支援に回る。絶対に無駄にはしないから」
言い切るこはるの目に、迷いはなかった。私は2人を見つめた。
「……分かったわ。2人が抜ける穴は私が出来るだけ埋めるわ。皆、どう?」
「アタシは構わねーよ。こはる、でっかいおっさんの子守頼んだぞ」
石壁にもたれながら燈ちゃんが2人を眺めニヤリと笑う。
「僕も賛成かな、お互いその方が身動きしやすいだろうし、南雲さんの地獄耳は実績充分だしね」
葵君も同意する。それに続き柊がつまらなさそうに言う。
「主の様な猪に、冷静な判断力があったとは驚きじゃのう。そもそも怪我人など、足手まといなだけじゃ」
(…アンタが言う?)
そう言いたげな表情で、雷蔵君が半ば呆れ顔で柊さんと私とを交互に見る。
おそらくこの中で最も重症であろう柊さんが言うのだ、私はその顔を見つめる。
「…うん?なんじゃ?間違ったことは言っておらんであろう?そこの小僧が言う様に、その方が互いのためじゃ」
こちらの思いとは全く異なる解釈をして、柊はフンとそっぽを向く。
「ただ隠れてるだけじゃないって、信じてるから」
私は2人に駆け寄り、手を握りながら語りかける。
「まぁ、任せちょき!やるときゃやるき、俺は」
雷蔵君が親指を上げてニカッと笑う。そしてこはるも続けて言う。
「雷蔵君は必ず私が守るから!澪ちゃんたち、絶対に生きて帰ってきてね!」
フンスと鼻を鳴らし、こはるは雷蔵の手を取って立たせた。
そのとき、柊さんが短く言った。
「ところで…主らのその腕輪はいつまで付けておるつもりじゃ?」
柊さんが私達を見下ろしながら言う。そう言えば柊さんはブレスレットを付けていない。
「ブレスレットのこと?……位置がバレてる可能性があるのよね…」
葵君が静かに言う。
「あの女は管制と繋がっていた。ってことは、これを通じて僕たちの位置が知られていた可能性が高い」
「でも、このブレスレット、ぴったり腕にフィットしてて、繋ぎ目も見当たらないのよ。どうやって外せば…?」
以前にくまなくブレスレットを見たが、とても外せそうには思えない。皆もまじまじと見たり引っ張ったりタップしたりしているが、外れる気配は全く無い。
「全く、ほんにお主らは愚鈍じゃのう…、腕を出せ」
柊さんに言われ、左腕を前に出す。
ーーキンッ!
柊さんが軽く手首を返し、鉄扇が翻ったと思った瞬間、ブレスレットが2つに割れ、乾いた音を立てて地面に落ちる。
「…すごい…!?」
私は驚きながら手首をさする。もちろん傷1つ無く、ブレスレットだけが綺麗に破壊されていた。
皆も同じ様に、順にブレスレットを破壊して貰っていった。
一つ、また一つと、選考の象徴が砕かれていくたびに、どこか背中が軽くなる。
「行こう。ここで止まってる時間はない」
私は静かに言って、前を向いた。
――私達4人は、朝もやの中に沈みかけた塔を目指して動き出した。
背中越しに、雷蔵君とこはるの気配が遠ざかっていく。だが、私は信じていた。ここは別れ道じゃない。必ずまた、会えるはずだと。




