模造品
管制塔へと続く道は、石畳で舗装されており、人の気配は無い。まるで時間ごと凍りついたかのように静まり返っていた。
石畳に響くのは、私たちの靴音と、時折ひゅっと吹き抜ける風の音だけ。
「……変だな」
雷蔵が、やや低めの声で呟いた。
「いくらなんでも静かすぎる。罠くせえぞ」
――その“気配”に、私は、はっきりと“違和感”を覚えた。
葵君がタブレットのマップを確認しながら皆に伝える。
「この先は広場になっているみたいだ」
「…あれ、何か見える」
こはるがそう呟き、前方の影を指差す。
そこは中枢タワーへと続く広場。開けた空間に、不自然に“点”が並んでいる。
いや、違う。白い人影――それも、小さな子供のような影が、ぽつりぽつりと立ち尽くしていた。
「……おいおい、なんやあれは……子供?」
雷蔵君が思わず声を漏らすが、その声に反応するように――影が、ピクリと揺れた。
「ちょっと、あれ……!」
燈ちゃんが叫んだ直後だった。
白のワンピースを一様に纏った子供たちが、一斉に走り出した。信じられない速さで、しかも音もなく、私たちを取り囲む。
その瞬間、耳をつんざくような高周波のノイズが鳴り響く。子供の「笑い声」を模したような、不快な音だった。
こはるが両耳を塞ぎ顔を顰める。
「囲まれた!? みんな、後ろに!」
葵君の声に振り返ると、小さな身体からナイフやハサミを振りかざし、無音で迫ってくる。その顔は、目が縫い付けられ、裂けた口が笑みを浮かべていた。
膝下あたりの高さから、無数の刃物が襲いかかってくる。私は銃剣で牽制しつつ攻撃を凌ぐ。子供たちに声を掛ける。
「君達!なんでこんなことするの?!お父さんやお母さんは?!」
しかし、返事は無く刃物が突き出され続け、堪らず払い除けようと銃剣を横に薙ぐ。
その切っ先が2列目の子供の腕に引っ掛った直後、腕が簡単に千切れ宙を舞う。
「ええ?!」
しかし、腕がもげているにも関わらず、気にした素振りも見せず、腕からどす黒い血を流しながらも変わらず攻撃を続けてくる。しかも口には笑みが張りついたままだ。
異様な状況に血の気が引く。
「おかしいわ!この子たち…」
「……は?それ、どういう意味やき……?」
皆、子供相手のため迂闊に手出しも出来ず、防戦一方だった。
「何だよ、こいつら!?痛みとか、恐怖とか無ぇーのかよ?!」
燈ちゃんは鉄パイプで攻撃をいなしながら叫ぶ。
その間にも、奴らは止まらない。ナイフの切先が私の頬をかすめ、火花が散る。
「一体一体は大したことない。でも、数が……っ!」
「手加減していたらこっちがやられるっ!!」
葵君が叫びながら鉄バットで一体の頭を横殴りにする。首がグニャリと曲がった状態で仰向けに倒れ、痙攣した後動きが止まる。
「頭を! 頭をやれば止まる!」
「くそっ……くっついてくるなっ!」
雷蔵君が、こはるちゃんを庇って叫ぶ。数の暴力――あれが、こいつらの本質だ。
――そして、その混乱の中、散り散りになっていた白いワンピースの子供たちが、いつの間にか整列していた。高周波ノイズの笑い声は止み、無音のままこちらを睨むように佇んでいる。
「……動きが止まった?」
燈ちゃんが警戒を強める中、私は嫌な予感を覚えていた。まるで“指令待ち”のような、不自然な沈黙。
そして。
カツン。カツン。
音が響いた。石の床を踏みしめる硬い足音。影の奥から、一人の少女がゆっくりと姿を現す。
白いワンピース姿の子供たちとは対照的な、黒い学生服の様な黒のワンピースを纏った少女。
濡れたカラスのような艶のある黒髪、そしてそれとは対照的に、艶のない黒鉄の仮面を身に着けていた。
仮面の表面には古代の回路を思わせる複雑な模様が浮かび、まるで焼き付けられた呪文のようにも見えた。
目も、口も、仮面に存在しない。まるで世界を拒絶するかのような顔。
「……誰?」
私の問いに、仮面の少女は何の応答も返さなかった。ただ、足元に立つ子供一体の頭を静かに撫でた。
その瞬間、空気が変わった。
まるで一本の糸で繋がっているかのように、全ての子供が一斉に、頭を傾けた。その仕草すら、奇妙なほど統一されていた。
「おいおい……なんかヤバくねぇか?」
雷蔵君がバールを握り直す。
「……明らかにさっきと動きが違う」
葵君が呟くや否や、子供たちが一直線に、音もなく走り出した。
「囲まれる!下がって!」
燈ちゃんの警告と同時に、私は銃剣を振るった。だが、これまでなら容易に崩れていたはずの子供たちが、連携しながら攻めてくる。斬っても、避けても、次の瞬間には背後に回っている。
「なんでだよ……こいつら、動きに迷いがない!」
こはるの肩が浅く裂かれ、赤い線が浮かぶ。雷蔵君が飛び込んで庇い、彼女を抱えて後退する。
仮面の少女は、一言も発さない。ただ手を上げ、掌をすっと振った。
その動きに合わせて、子供たちが一直線に収束し、弾けるように散開する。
「完全に、指揮されてる……!」
葵君が苦い顔をする。
このままでは――負ける。
そう確信しかけた時、仮面の少女が初めて声を発した。
『葛城澪。南雲こはる。柴崎燈。橘葵。相馬雷蔵。』
その機械のように無機質な声が、澪の背筋を凍らせる。
『排除対象、識別完了。全群、攻撃開始。データ収集を開始』
次の瞬間、笑い声のようなノイズが再び辺りを満たし、闇の中から白い子供たち――ドールたちが、統率された悪夢として襲いかかってきた。




