観察者たち
中央管制塔の奥、薄暗い観測室。モニターには澪達が映し出されている。そこに複数人の男女が佇んでいた。
中央に大柄な男。体は異様に大きく、肩幅はドアの幅とほぼ同じほど有るだろうか。全身を覆う鎧は古代の甲冑に似ているが、ところどころケーブルと絶縁体が露出している。地肌が見える部分からは鍛え上げられた筋肉が覗く。全身からオーラを発しているかと思えたが、それは電撃だった。バチバチと放電している。
「おいおい、随分やるじゃねえか、小娘どもが……ッハ!」
鋼鉄の右拳で、壁の端末を軽く叩きつける。火花が散り、雷のようにバチバチと音を立てている。
目の前の映像に映る澪たちを、まるで獲物を狙う肉食動物のような目で睨みつける。
「管制塔に向かうって? いいぜ。もっと来いよ。全部まとめてぶっ壊してやらあ!なあ?クロエ!」
声は濁声で、口調は荒いが、その裏に計算された残虐さがある。
クロエと呼ばれたのは少女だった。背丈は中学生ほど、白磁のように滑らかな肌に、腰まで届く長い黒髪。制服のような黒いワンピースに、白い襟と袖。まるで私立のお嬢様学校の正装のようだ。
その瞳は淡く青く、宝石というよりは、冷えたガラス玉のように輝きも感情もない。
少女は無表情のまま、観測モニターを見つめていた。まばたきはほとんど無い。
「ヴォルテール、彼等は興味深い研究資料よ。現在の対象群:葛城澪、橘葵、相馬雷蔵、柴崎燈、南雲こはる。戦闘能力偏差、想定より+3.7。行動特性、試験枠から外れている」
発する声は、抑揚がなく、どこか“合成音声”のように聞こえる。丁寧で静かな口調ではあるが、人間らしい温度を感じさせない。
小さな指が端末を操作し、次々と選考対象の映像が切り替わっていく。
「……葛城澪。妹、姉、思考傾向、交差。重ね合わせ因子、確認。記録に照合、一致率……78%。
興味深い」
目元や口元に微笑みの片鱗はない。ただ事実を述べるだけ。だが、その淡々とした視線が、逆に異様な“感情の不在”を強く印象づける。
その映像を眺めながら、背筋の通った白衣の女性が、テーブルの上で細い指を組む。
「ふふ……生きてるわね、あの子たち。しぶといわぁ、とても綺麗…」
前髪で片目を隠しており、残った片方の目には電子式の視覚装置が埋め込まれていた。
「焼却兵と骨車を超えてくるなんて……まるで処置ミスのサンプルみたい。処分されるべきだった個体が意図せず残って成長した、そんな異常事例」
唇の端がわずかに上がる。それは微笑とも皮肉ともつかない。
「まあ、いいわ。データが取れる限り、何匹だって泳がせる。むしろ興味があるの。彼女たちが――どこで壊れるか」
うふふと声を漏らす。
「ネリス…彼らの“残骸”は我が回収しておこう。素材として優秀だ」
淡々と語る黒衣の男。顔の下半分は重厚なガスマスクに覆われ、頭にはフード、全身は液体防護用のスーツに包まれている。その佇まいは医師にも処刑人にも見える。
手元の端末で候補生たちの死体位置をマークしていく。ときおり、既に死亡したとされる候補生の名が“反応あり”と赤く点灯する。
「死を以て、価値が失われるとは限らない。むしろ…腐敗が進むほど、興味深い変化が生まれる」
不気味な笑みをガスマスクの奥に隠しながら、彼は続ける。
「次は、擬態型を投入するか。葛城澪の“誰か”を模倣してやれば、多少は揺らぐだろう」
ネリスと呼ばれた女性は、男にある種侮蔑の色合いが浮かんだ視線を投げかけながら言う。
「貴方とは意見が合わないわ、ゾンメル。研究体は生きていてこそよ。壊れるまでの過程が一番興味深く、美しいのよ。」
ゾンメルはネリスに反論する。
「力の本質は、死は、終わりではない。……“死”も素材の一つに過ぎない。そうだろう?クロエ」
彼の言葉に、クロエは一瞥をくれるだけで、何も答えなかった。




