圧倒
轟音とともに地面が揺れる。
火花を撒き散らしながら、焼却兵が燃えさかる火炎弾を吐き出した。焼け爛れた地面に、悲鳴を上げて逃げ惑う候補生たち。その炎の海を突っ切るように、鋭い回転音が耳を裂く。
「また来るぞ――! 避けろ!!」
雷蔵君の怒声と同時に、巨大な骨車が一直線に突撃してきた。剣山のように鋭いスパイクを纏った車輪に抱え込まれるような格好で一体化している。骨車――文字通り、肉も皮も持たない骸骨の兵器。
それが、倒れたまま立ち上がれずにいた候補生の影に突っ込んだ。
「――やめてっ……!」
私が叫ぶより先に、乾いた破砕音と肉の潰れる音が響いた。影に潜んでいた負傷者ごと、壁に叩きつけるようにして骨車は突き抜け、粉塵と血飛沫を撒き散らして消えていく。
「……くっそ、あいつ……っ!!」
雷蔵君がバールを構えて詰め寄ろうとするも、その前に焼却兵が再び肩を開いた。装甲の隙間から、赤熱した管がうねるように現れる。
「来る、火線を避けてっ――!!」
葵君の警告とともに、轟然たる咆哮のような爆音が耳をつんざいた。次の瞬間、火柱が天を突く。逃げ遅れた候補生少女の悲鳴が、燃えるような空気の中にかき消されていく。
「やばい、火力が段違いすぎる……!」
「こっちの攻撃、ほとんど通ってねえ……!」
私達が側面を狙おうと駆けるも、再び骨車が正面から突撃してくる。戦線は完全にかき乱され、候補生たちは散り散りに退避するしかなかった。
焼け爛れた大地に、煙と血と焼けた肉の臭いが立ち込める。
今ここにあるのは、「選別」ではなく、まぎれもない――殺戮だ。
焦げた空気が肺を焼く。
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私達は、崩れた石壁の裏に身を潜めていた。耳の奥には、今もあの轟音と悲鳴がこびりついて離れない。何人がやられたか、もう分からなかった。
「……最悪だ」
雷蔵君が低く唸るように言った。バールを握る手が、じっとりと汗で濡れている。
焼却兵は火炎をため込むために動きが遅く、狙いを定めるには数秒の溜めが必要だ。けれどその一発の威力は、あまりに破壊的だった。下手に飛び出せば、一瞬で炭になる。
骨車は、車輪と化しての直進攻撃。機動力は高いが、進行方向にしか動けない。壁などにぶつかれば自壊することもある。けれど、ぶつかるまでの間に見せる突進は、まるで突風のようだった。直撃すれば、一たまりもない。
「……葛城さん」
耳元で、葵くんの声がした。
「骨車は、一度ぶつかってバラけると再生に時間がかかる。たぶん、それが一番のチャンスだ」
「けんど、その間に火炎のやつが狙ってくるがやろ?」
雷蔵君が悔しげに吐き捨てる。
「正面は無理だ。装甲が厚すぎる。けど、どっちも側面には弱い。一瞬の隙を作れれば、いけるかも知れん」
「問題は、どうやってその"隙"を作るか、だね」
燈ちゃんが、うずくまりながらタブレットをいじっていた。口調は落ち着いているけれど、その指は震えていた。
「骨車がぶつかるタイミングで、側面に回り込んで焼却兵を叩く。あるいは逆に、焼却兵の炎で視界が塞がれた瞬間を突く。どっちにしても……」
彼女は、タブレットの画面を閉じる。
「囮が必要になる。どっちかに注意を引きつけないと」
その場に、重苦しい沈黙が落ちた。皆、分かっている。囮に立てば、まず生きては帰れない。
「私が行く」
私は立ち上がろうとした。でも、その肩を雷蔵君がぐっと掴んだ。
「無策で、おまんが出たら無駄死にになるだけやき」
「じゃあ、どうすれば……」
私が抗議の声を上げるが、雷蔵君はじっと前を見て続ける。
「考えるんだよ、落ち着いて。誰がどう動くか、どのタイミングで、どっちに誘導して……」
低く鋭い目で外の様子をうかがう。
外では、骨車が再構成を終えたらしく、ゴゴゴ……と不気味な音を立てて転がっていた。焼却兵の肩の煙突も、再び赤熱を帯びてきている。
「時間はねえぞ……!」
私たちは、わずかな命綱を握るように、互いの顔を見た。どこかに、勝機はあるはずだ。
逃げられないなら――戦うしかない。




