灰の通路
「葛城ぃ…!」
名指しされ、私は思わずため息を漏らす。姿を現したのは、見覚えのある候補生グループだった。3人。それでも目の奥に浮かぶ敵意は、人数以上の圧を感じさせる。
三次選考が始まり、もう何度目かのやり取りになる。これまではエリアに無作為に散らばる形で、潜伏さえしていればそれほど遭敵する事は無かった。
しかし今回は皆が同じ場所、管制塔を目指しているため、必然的にお互い出会う確率が上がって居るのだ。更に……
「何の用?」
葵くんの声は冷静だった。けれど、私の隣で燈ちゃんは拳をぎゅっと握りしめている。
「用だぁ?決まってんだろ。お前らのポイント――寄越せ」
候補生を行動不能にした場合の獲得ポイント自体はこれまでの選考と同じだが、更に三次選考では相手が持っているポイントそのものも、そのまま獲得する事が出来るのだ。
上記の追加ルール説明が、現在のポイント保有上位者と共にアナウンスされたのが1時間ほど前。それ以降私達を狙ってくるグループが後を絶たないのだ。
真正面からの脅し。選考ルール上、候補生同士の潰し合いは許されている。それでも、目の前の男は完全に理性を捨てていた。
「おい、ちょっと待――」
葵君が制止しようとした瞬間だった。
ボウッ!!
爆音と共に、敵の一人が赤い炎に包まれた。
「なッ――!?」
「ぎゃああああああああああああっっっ!!」
凄まじい悲鳴。目の前で、燃えていた。皮膚が、髪が、肉が黒く焦げ、地面をのたうちまわって。
「う、うわぁあ!!」
他の候補生もその炎の勢いになす全てが無く、ただたじろぐしか出来なかった。
――やがて、静かになった。
人が焼ける顔を背けたくなる様な匂い、火薬と地面の焦げた匂い。異様な熱気。
「な、何……今の……」
私は凍りついていた。焼夷弾のような何かが、斜面の上から飛来した。それも、極めて正確に、明確に“狙って”。
「上……!」
雷蔵くんの声に、私は咄嗟に顔を上げた。
いた。
岩壁の上に、異形の影。
鈍重そうな鉄の脚、背に抱えた巨大な燃焼器、吐き出される熱気が、距離を隔てているのに皮膚を焦がすようだった。
赤錆と煤で黒ずんだ鉄の装甲。肩口からは煙が上がり、胸部には焼け焦げた骨のような残骸を絡ませたそれは、まさに歩く焼却炉だった。
胸元の炉口がガチャリと開き、赤熱の光を覗かせる。
鋼鉄と肉の融合体――そして、その目が赤く灯る。
「……なに、あれ……?」
「何だよ、あの化け物……!」
葵君がそう口にした時、またあの金属音が鳴り響いた。
ギギギギギ……と背中の排熱機構が開き、チカチカと燃焼灯が点滅する。
「次、来るぞ……ッ!」
言い終えるより早く、再び火球が空を裂いた。
私たちは散開し、咄嗟に遮蔽物の影へ飛び込んだ。振り返ると、先ほどの敵候補生の一人が悲鳴を上げながら背を焼かれ、地面に倒れ込んでいた。
「……敵じゃない。こいつは、"選考"なんて枠に入れていい存在じゃない……!」
私は息を呑む。これが、三次選考――
人が人を殺す前に、“何か”が人を喰らいに来る。
「あいつの名前は焼却兵と言うらしい…死体を自動焼却する機械らしいが…」
葵君が、タブレット端末を指でなぞりながら言った言葉に、雷蔵君が激しく抗議する。
「おいおい……あいつ、死体焼きゆうがやないぞ……!生きちゅう人間を狙うて焼きに来よるやんか!なんちゅうイカレちゅう連中ながや……!」
木の陰に隠れながら燈ちゃんが叫ぶ。
「おい!どうすんだよ?このままじゃ先に進めねぇぞ?」
「私、考えが有るの!」
私はレンチを携えたまま左右にステップを踏みながら、背中が燻ぶって倒れている候補生に走り寄る。
焼却兵は狙いを定めようと左右に動くが、その動きは鈍重そのものだ。中々狙いを定められない。
「ねぇ!?歩ける」
候補生に声を掛ける。どうやら意識は有るようだ。
「……う、あ、あぁ。な、何で…?」
私は候補生に肩を貸し、ジグザグに動きながら物陰に隠れる。
「ここで、身を隠していて」
「す、すまねぇ…」
素早く移動し、雷蔵君と合流する。
敵はゆっくりとしか動かない。重量に耐えきれず、地面に食い込むように足跡を刻む。
「動きは遅い……いけるかもしれない!」
私たちは頷き、得物を握り直す。
ダッシュで側面に回り込み、銃剣で装甲の隙間を突く。殆どダメージは無さそうだが、攻撃すること自体は可能だ。
焼却兵は背中の火炎放射器の鉄筒を構える。素早く動く私達に狙いを定められないため、範囲攻撃に切り替えるつもりだ。
雷蔵君がその隙を突き、背面に回り込みバールをテコの要領で足元から持ち上げる。ぐらりと体勢を崩し、鉄筒を杖の様に使い、何とか姿勢を立て直す開ける。
燈ちゃんは胸部のハッチに石を投げ込み、燃焼の邪魔をする。
時間はかかる。だが、少しずつだが確実にダメージは与えられていた。
「……よし!このまま押し切れば――」
ピィィィー…!!
焼却兵は頭部をグラグラと揺らし、汽笛のような音を響かせる。
「ははっ、なんなが?イラついちゅうがかえ?おーこわ。けんど、そんなんでビビる思うたら大間違いやき!」
雷蔵が不敵に笑った直後だった。
――ドォン…ドォン……ッ!
地面が震え、空気が一瞬、凍る。
「澪ちゃん!危ない!下がって!!」
こはるの叫びに反応するよりも先に、直感が私の身体を弾いた。私は銃剣を握ったまま、転がるようにして焼却兵の側面から飛び退く。
その瞬間――
バシュンッ!
白い残像が閃き、鋭い風圧が頬をかすめる。
私がいた場所を、巨大な車輪のような何かが猛スピードで突き抜けていった。
「な、なにあれ……!?」
それは“輪”だった。
直径およそ1.5メートル。全体が荒く削られた木材と骨で編まれ、ところどころに金属の棘が打ち込まれている。そしてその輪の内側に――骸骨がいた。
いや、“いた”ではない。
骸骨はその輪と一体化するかのように手足を絡ませ、背骨を軸に、まるで自らが“車輪”の魂であるかのように回転している。
「ほ、骨車……!」
雷蔵君が思わず口にする。
木々を何本も薙ぎ倒し、勢いが止まる。骸骨の姿で車輪を背中に担ぎ、地面に落ちている焼却兵の焼却でできた骨の残骸を拾って自分の身体に組み込んでいる。
焼かれた骨を素材に形成される、死の車輪。焼却兵が撒き散らす“燃料”――すなわち焼け焦げた人間の骨を用いて生まれる補完兵だ。
「ちっ……焼いて、作って、それで突っ込ませるってか。最悪のコンビやき!」
骨車はギィギィときしみを上げながら旋回し、再びこちらを捉える。
瞬間、突風のような唸りとともに地を滑り――
「来るっ!!」
全員が横っ飛びに回避する。
だが、骨車は止まらない。
次の瞬間には軌道を変え、壁を蹴って反転、こちらへ戻ってくる。
「くそ、速ぇ……!」
「澪ちゃん!背中見て!あれ……人骨!?カロリファーが焼いたのを……!」
「補充までしてるってこと……? まさか……!」
骨車の脇腹に貼り付けられた網袋。中には数体分の骨が、まるで“予備パーツ”のように詰められていた。
「あいつ、まさか……自分で壊れても補充して再生する気か!?」
「倒しきらんと……何度でも来るっちゅうことか!」
焼却兵の防御に時間を費やしていた私たちに、今度は速度と機動力の怪物が迫る。
そして、今――“火”と“骨”の連携が、牙を剥く。
現在のポイントは下記です。
柊 27
澪 19
こはる 15
葵 14
燈 12
雷蔵 12




