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三次選考の報せ

戦いの余波が残るその場で、誰もが肩で息をしていた。あの化け物との戦闘で負った傷も、心に刻まれた爪痕も、癒えるには程遠い。


「……ここに居続けるのは危険だ」


葵君が静かに言う。誰も反論しなかった。燃え落ちた封印、崩れた岩、血の匂い。


この場所は、もう"試練の地"でも"記憶の場"でもなくなっていた。


「でも、どこへ……?」


こはるの声はかすれていた。力ないその問いに、燈ちゃんがタブレットを取り出す。


「これ、簡易スキャン機能も付いてんだ。さっき測ってたログ、見てみる」


少し操作すると、画面上に洞窟の断面図のようなものが浮かび上がる。一同が覗き込む中、燈ちゃんの指が、ある一点を示す。


「ここ。岩壁の向こう……おそらく人工物。しかも、かなり広い。内部構造的に何かの施設だと思う。」


「……隠し施設、ってこと?」


私が聞くと、燈ちゃんは頷いた。


「そこを新たな拠点にする。今はまず、体勢を立て直さなきゃならねぇ。情報整理も、負傷者の休息も、全部後だ。まずは、安全な場所だろ」


「異議なし」


雷蔵君が頷き、銃剣を担ぎ直す。


「でも、どうやって行くの?」


私が尋ねると燈ちゃんはニヤリと笑いながら言う。


「掘る」


「…じゃろうな」


雷蔵が頭をかいた。だが、誰も反対はしない。


「バールと掘削機ならある。燃料も、ある。使い方は……雷蔵、頼んだ」


「任せとけ。道さえ示してくれりゃ、俺が通す」


私は皆の顔を見渡し、頷きながら言う


「…行こう。私たちに、止まってる暇はないから」


洞窟の闇を再び進む。その先に待つ、真実へと繋がる扉の向こうへ―。


------------


研究所で入手したバッテリーを掘削機につなぐ。バールや鉄パイプ等を各々担ぎ、施設に繋がる壁を総出で掘り進む。


「…見えた!」


雷蔵くんが声を上げる。壁を抜けるとそこは灰色の壁で囲まれた空間だった。


錆びついた鉄扉の奥に広がる空間は、思いのほか静かで、埃っぽさと微かな機械油の匂いが混じっていた。散乱した器具や破れた資料の残骸から、ここもまたY.A.T.A.の管轄下にあったのだと察せられた。


「水…あるぞ。ろ過機能もまだ生きてる」


葵君が声をあげると、皆が一斉に集まった。タンクの水は透明で、唇に触れるとほんの少し冷たい。


「保存食も、まあ…何とか腹に入れられそうやな」


雷蔵君が缶詰を振って確認する。食料と水にありつけたことで、全員の表情に、わずかな安堵が浮かんだ。



「むぐ…ん……そう言えば、柊さんは?」


缶詰のパンを水で喉に流し込みながら、こはるが私に問いかける。


「怪我も治ってないし、今は一人でいたいって。たぶん…妹さんのことで、整理をつけようとしてるんだと思う」


私の言葉に、こはるは不服そうだった。


「皆で居た方が安全だと思うんだけどなぁ…」


簡単に食事を済ませ、私達はひとまず、最低限の備品を確保し、手近なソファや毛布代わりの備品に身を沈めた。言葉もなく、互いの温もりも確かめず、ただ静かに、眠りへと沈んでいった。


疲労と安堵が入り混じった静寂のなか、私は目を瞑る。天井の配管から微かに水音が響き、鉄のにおいが鼻をつく。近くで誰かが寝息を立てている。

雷蔵君は背を壁に預けたまま眠っていて、こはるちゃんは毛布にくるまり、燈ちゃんの肩に頭を預けている。

葵君だけは、タブレット端末を膝に広げたまま、うつらうつらしていた。


ーーーーーーーー

けたたましい機械音と共に、無機質なアナウンスが施設内に響き渡った。


不意に流れ出したアナウンスに私ははっとして身を起こす。周囲の皆も、目を覚ましたようだった。


《第二次選考終了。候補生の残数が規定下限を下回りました。》


《これより第三次選考を開始します。各チームは指定エリアへ移動してください。》


機械音声のアナウンスが、照明の落ちた室内に冷たく響く。


「……今の、マジかよ……」


雷蔵君が寝ぼけたように目を擦りながら、壁を睨みつけた。


「まだやるの……? あんなのが起きたのに……」


こはるの声が小さく震える。葵君が、薄暗いランプの下でタブレットを確認する。


「候補生の過半数が……消えた。けど、それでも“選考”を続けるってことか」


「気が狂ってるわ……」


かすれた声でそう呟いたのは私自身だった。

こんなに多くの犠牲が出たというのに――。

あの“化け物”に襲われ、命を散らした者もいたというのに――。


「次の目的地は……中央管制タワー、だって」


タブレットを操作していた葵君が言う。

画面には、地図の中央付近にひときわ高くそびえる建物が表示されていた。


「管制タワーって、あれか……。たしか外に出たとき、遠くに見えた。でっかいビルみたいなやつ」


燈ちゃんが顎に手を当てながら思い出すように言う。雷蔵君はため息混じりに頭をかく。


「あそこに行けゆうがやき……たぶん、もっとヤバい敵が出てくるがやないか」


「それでも、行こう。……誰も、もう失いたくないから」


私の言葉に皆が小さく頷く。壊れた世界に残された、わずかな希望を胸に――。

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