表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/89

鎮魂

こはると燈が柊の元にたどり着いた時、彼女は血の気を失い、ぐったりとしていた。呼吸は浅く、胸元が不規則に上下している。


「柊さん……!」


こはるが震える指先で、彼女の胸元にそっと手を当てる。


「肋骨が折れてる……でも、命は大丈夫。脈もある!」


そう呟いたこはるの眉が、不意にひそまる。


「……これは……?」


手のひらに微かな震えを感じた直後、柊の腕がガシッとこはるの手首を掴んだ。


「……ぬしら……まだ、生きとるか……」


かすれた声が確かに響いた。


「喋らないで!肋骨が折れてるの!」


こはるが慌てて制止するも、柊はゆっくりと上体を起こし、よろけながらも立ち上がる。


「こんなもの……かすり傷じゃ……ゴホッ…」


そう言って口元に血の塊を吐きながらも、柊の瞳には確かな決意が宿っていた。


「お、おい、骨が折れてるって……無茶すんな!死んじまうぞ!」


燈が支えようとするが、柊はその手を制し、力強く言葉を紡ぐ。


「今無理をせねば、いつすると言うのじゃ……我は、あの子を……栞を……眠らせてやらねばならん」


ちりん――


その言葉と共に、柊の胸元から鈴が転げ落ちる。こはるが素早く拾い上げ、柊に手渡した。


「やっぱり……ずっと鈴の音が聞こえていたのは、あなたが持っていたからなのね…」


柊は震える手で鈴を受け取る。


「この鈴は…我ら舞の一族に伝わる、導きの鈴じゃ。化け物になろうとも、この音だけは、きっと心に届く……」


「じゃあ……、鈴を囮にして、誘き出せるってこと?」


燈が食い気味に問うと、柊は目を細めた。


「音を追う性質は変わっておらん。目ではなく、音……ならば、鈴で道を作ることはできる。谷底に投げ捨てられた鈴とは別じゃ。この鈴は、我が懐に残していた"対"の一つじゃ」


「じゃあ、今度は仕留めるために―使うってことだね」


燈の声に、柊がわずかに笑う。


「そうじゃ、姉として……終わらせてやらねば、ならんのじゃ」


こはるが静かに言った。


「だったら、私達で音の道を作ろう。柊さんはまだ無理しちゃダメ。私が鈴を鳴らしながら、化物を誘導する……燈ちゃんは柊さんをサポートしてあげて」


「よし、任せろ!」


燈が力強く頷く。


------------


暗い洞窟に、かすかな鈴の音が響く。


ちりん……ちりん……


「……来てる……!」


こはるが呟いた。鈴の音に反応し、闇の中から無数の足音―いや、這いずる音が近づいてくる。洞窟の奥、封印が施されていた空間。その先のトンネルを通じて、あの化物が姿を現す。


触手のような手足を蠢かせ、異様に膨れた白い肌が、岩壁の影からぬるりと現れる。大きく膨れた身体を上手く支える事が出来ず、ズルズルと這うように移動している。


「デケェ…ちょこっと前よりも、ずいぶんデカくなっちゅう……」


岩陰に潜んでいた雷蔵が呟く。化物はゆっくりと鈴の音の方へと移動していく。


「大丈夫……鈴の音にしか反応していない。こはる、頼んだ!」


燈は柊を支えながら、高台に登っていく。

こはるは恐怖に震えながらも、手にした鈴を鳴らした。


ちりん、ちりん――


「おいで……こっちだよ……」


化物が音に惹かれ、ずるり、ずるりと這い寄ってくる。ゆっくりと迂回しながら、目指す地点に誘導していく。洞窟内にある岩場へ―柊達が移動した場所へと繋がっていた。


「柊、準備は?」


燈が静かに問いかける。


柊は片手で鉄扇を静かに広げ、もう片方の手で更に鉄扇を取り出す。


「既に我は地を駆る事は出来ぬが、この高さからなら勢いを付けられる。奴が真下に入った瞬間、一気に叩く」


鈴の音が、岩棚の真下に誘導されてきた。


「今じゃ!」


柊が叫び、燈が柊を抱え宙に飛び出す。


「決めろよぉ!!」


ヒラヒラと花びらが舞う。

柊と言う名の花びらが、宙を舞いながら化け物の頭上から腹下まで、ズタズタに切り裂いていく。


ブシャアアァァ…!


どす黒い体液が化け物の全身から噴き出す。辺りに鉄錆のような匂いと、生臭いムワッとした熱気が振りまかれる。


獣のようなうめき声と、地響きと共に化け物の巨体が崩れ落ちる。

だがーー


「まさか!?まだ生きてる?!」


こはるが悲痛な叫び声を上げる。崩れた巨体から、触手が一本、ぬるりと持ち上がる。切り刻まれたはずの体が、まだ動いている。


「……これが、栞の執念か……!」


柊がふらつく体で前に出る。


「このままじゃ、また誰かが喰われる……もう、終わらせねばならんのじゃ……!」


両手に鉄扇を構え、化け物と対峙する。


「……聞こえるか、栞。もう、いい。苦しまなくていい。眠れ……我の声が聞こえるなら……お前の姉の声が聞こえるなら――」


触手がピタリと動きを止めた。


一瞬の静寂。


そして、崩れた巨体から白く大きな眼球が柊を見つめた。涙のようなものが零れ、化け物の動きが止まった。


「……すまぬ……許せ……」


柊が舞い――


化け物は、最後の呻き声を上げ、動かなくなった。


------------


私達は立ち尽くしていた。誰も、言葉を発することができなかった。


柊さんの震える手の中には、小さな鈴が残されていた。

その音はもう、響くことはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ