澪の決心
澪は、施設のホールで配られた資料の表紙を見つめていた。
太い活字が視界に飛び込む。
技術研修特区:PROJECT G.E.A.R.(General Engineering And Rebirth)
【すべての若者に平等な機会を】
日本経済は低迷を続け、人材不足は深刻化の一途をたどるーー
説明員の声が淡々と響く中、澪の意識は文字を追いながらも、どこか遠くにあった。
目を閉じれば、まだ数日前の工場の風景が蘇る。
旋盤、溶接、切削、金型。
機械よりも人の手の音が大きく響く、昔ながらの町工場。
草が伸び放題の坂道、錆びたトタン屋根の家々、電車も日に数本しか来ない小さな町。
幼い頃に父母を亡くした澪は、祖父の巌とそこで暮らしてきた。
巌は持てる技術を澪にすべて叩き込み、澪は加工機の構造理解から刃物の研ぎまで、素人離れした腕を身につけた。
だが時代は変わった。大量生産もカスタム品も自動化され、「人間不要」とまで言われる時代。
祖父の口癖ーー「技術さえあれば食っていける」は、もはや現実ではなかった。
帳簿の赤字、延び延びにされる支払い、年々減っていく取引先。
借金のカタに身売りの話を持ち込んだのは、あの河中だった。
巌はレンチで殴りかけ、警察沙汰寸前になったあの日から、祖父はあの男に強く出られなくなった。
河中のいやらしい目線が今も脳裏に焼き付く。
吐き気がするほど嫌いな男が持ってきた話ーーそれでも、澪には他に道がなかった。
幼い頃から叩き込まれた技術と知識を駆使して結果を残し、スポンサーや融資で工場を立て直す。
それが、澪に残された唯一の方法だった。
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ふと、視界の端で説明員がページをめくる。
次のスライドに映し出されたのはーー試験内容概要と赤い文字で書かれた表紙だった。
「それでは、皆さんにはこれから選考試験に臨んでいただきます」
その一言に、講堂の空気が一瞬で張り詰める。
澪は無意識に息を呑んだ。
これが、すべての始まりだった。
八咫鏡は3種の神器の一つで、日本神話に登場する真実を写す鏡です。Y.A.T.A.には「未来を真実の光で照らす」と言う想いも込められています。




