澪の決心
技術研修特区:PROJECT G.E.A.R.(General Engineering And Rebirth)
【すべての若者に平等な機会を】
日本経済は低迷が続き、人材不足問題は深刻化の一途をたどる中、八咫教育振興機構(Yae Advanced Technological Academy、通称Y.A.T.A.)が掲げるキャッチコピーと共に、若者の技術向上プログラムとして10年以上続くこの制度は、今や全国から希望者が集まる「登竜門」のひとつとなっていた。
単純労働は自動化され、創造的な活動すらAIに置き換わった時代。効率という意味では、すでに“人間不要”とまで断じられて久しい。一方で、「人間にしかできないこと」、いわゆる職人技に代表されるような、感覚に依存し、定量化・定性化の困難な領域においては、依然として人の手に頼らざるを得なかった。
その曖昧で、定義づけの難しい技術こそが、次の時代を支える資源として再評価され、Y.A.T.A.の掲げるプロジェクトは注目されていった。
地方の工業高校、職業訓練校、技術専門校など、普段は光の当たらない若者たちが、短期合宿形式で集中技術研修を受ける。費用はY.A.T.A.が全額負担し、更に研修内で行われる試験の成績上位者には、スポンサー企業による奨学金・就職・果ては海外派遣の可能性も与えられる。
第一線で活躍する人材は、全てG.E.A.R.出身者と言っても過言では無い。
【どんな環境に育った若者にも、等しく“未来”を】
Y.A.T.A.が掲げる理念は、多くの家庭や教育機関に希望を与えた。また、貧困層出身の成功者を起用したCM等の後押しで、それが“現実になるかもしれない”という世間の期待もあり、制度を押し上げてきた。
しかし良い話ばかりでは無い。一握りの成功者の影に、脱落組がいる事も紛れもない事実だ。【技術外部流出防止】の観点から、研修内容の具体的な内容は外部に一切漏れ出ていないが、数%を下回る研修突破率の低さだけは周知の事実だった。
脱落組については、その負い目から姿をくらます者も多いと噂され、相応の努力と実力、そして何より機会を掴む運までも試されると言われている。
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澪の祖父、巌の工場は、地元では昔気質な町工場として知られていた。
旋盤、溶接、切削、金型。機械よりも人の手の音が大きく響く場所。
一歩外に出れば草が伸び放題の坂道と、錆びたトタン屋根の家々が並ぶ小さな町。
電車も日に数本しか来ないような場所で、澪は育った。
幼い頃に父母を亡くした澪が物心がつくころには、すでに鉄と油の匂いに囲まれていた。遊びといえば、祖父の仕事を手伝うことだった(実際には助けにはなっていなかっただろうが)。
祖父は持てる技術を全て澪に受け継ぐかのように、毎日根気よく教え込んでいった。そのおかげで、澪は加工機全般の構造理解から、初めて見る設備だろうといとも簡単に操作をこなすうえ、使用する刃物でさえ自分で研げるレベルになっていた。巌に言わせると「素人に毛が生えた程度」らしいが。
工具や加工機を触ることが澪にとっては当たり前だったし、小学時代に故障したスプリンクラーを簡単に修理したことを、何故周りの子たちが珍しがるのかも分からなかった。
しかし、今では大量生産のみならず、カスタム品でさえ材料の供給から加工、仕上げまでもが自動化されている。【安かろう悪かろう】ではなく、安くても高品質は当然なのだ。
祖父の口癖だった「技術さえあれば食っていける」「品質が良ければ客は分かってくれる」は絵空事の様だった。事実、取引先は年々減り、売上も目に見えて落ちていった。
祖父はそれでも昔ながらの加工と経営を続けていたが、15歳を超える頃には澪はもう知っていた。
帳簿の数字。何度も集金に訪れる河中、延び延びにされる支払い。そして、閉鎖の話。
借金のカタに、澪の身売りの話を河中が持って来た時には、祖父は持っていたレンチで河中に怪我を負わせ、あわや警察沙汰になるところだった。あれ以来、祖父は河中に強く出れなくなってしまった。
更に、河中は澪のことを時折いやらしい目で見てきたことも合わさり、話はおろか姿を見るだけで吐き気がするほどだった。
しかし、このままでは工場は潰れてしまう。あの男が持って来た話に乗るのは本当に嫌だが、澪ができることと言えば、幼い頃から巖に叩き込まれた技術と知識を駆使してG.E.A.R.で結果を残すことだ。そしてスポンサーや融資により、工場経営を立て直す事くらいしか思い付かないのも事実だった。
八咫鏡は3種の神器の一つで、日本神話に登場する真実を写す鏡です。Y.A.T.A.には「未来を真実の光で照らす」と言う想いも込められています。