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試練

カンカンカン…


いつもの踏切の音が聞こえる。


えーっと…私は何をしてたんだっけ…??


学校からの帰り道を歩きながら、ぼうっとした頭を軽く振り、覚醒させる。


ああ、今日は早く帰っておじいちゃんの手伝いをする日だった。


私は足早に家路をいそぐ。2丁目のコンビニを曲がったところで、燈ちゃんとこはるがアイスを買い食いしているところに出くわす。


「おーい、2人共〜、買い食いなんかして、悪い子達だねぇ〜w」


茶化しながら近づいていく。


「…え、だ、誰ですか?」

こはるがオドオドしながら聞いてくる。


「何だよ、アンタ、馴れ馴れしいな。こはるの知り合いか?」

燈ちゃんが眉間に皺を寄せながら、怪訝な面持ちでこはるに問いかけるが、こはるはふるふると頭を振っている。


「え、えぇ~、何よ〜、何かの冗談のつもり?」


二人の不自然な態度に胸がドキドキする。

(何だろう、この感じ…どこかで…)


「あ〜、なにか人違いじゃ無いスか?ウチら急ぐんで、じゃあ…」


燈ちゃんがこはるを小突き、早足で去ろうとする。


「え?え?ちょっと、待って!」


追いかけるが、追いつかない。二人はそそくさとコンビニの先の角を曲がり、視界から消える。慌てて角まで行ってみるが、その先はただのゴミ置き場で、二人は目の前から煙の様に何処かに消えてしまった。


何だろう…この喪失感…。どこかで…。


腑に落ちないまま、トボトボと家路につく。脇の公園で男子2人がキャッチボールをしている。あれは…


「葵君!雷蔵君!」


私は手を振りながら2人に駆け寄る。


「わわわ、なんね?急に近づいたら危ないきに!」

「…?相馬君の彼女かい?僕の名前を勝手に教えないで欲しいな」


葵君が雷蔵君に不満をぶつけている。雷蔵君は頭を掻きながら、困った表情で私をみている。


「わ、私よ!澪よ!私達は一緒に…一緒に…?」


(あれ…?何だっけ…?私達、何で知り合いなんだっけ…?)


「ん、ンー?そう言われてもやな…スマンな!姉ちゃん、ワイらもう行くきに」


頭が痛い…胸が苦しい…


葵君も雷蔵君も燈ちゃんもこはるも、私の事を全く知らない他人の様に接してくる…何故なの…?


「うっ、うっ…」


強烈な虚無感に苛まれ、思わず嗚咽が漏れる。


「相馬君、彼女を泣かすなよ。約束があったとかじゃ無いのかい?」

「え?約束?いやいや、そんなん知らんき。この子とは今初めて会うたばっかやも」


雷蔵君がワタワタと慌てながら葵君に説明をする。葵君は「ふーん」とか「へー」など、冷たい視線を雷蔵君に投げかけていた。


「ごめんなさい…何でもないです…邪魔してしまい、ごめんなさい…」


私は2人に謝りながら公園を後にした。


------------


どれくらい時間が経ったのだろう。

おじいちゃんの工場で、機械をぼうっと眺めながら泣いていた。私の“存在”がすり減っていくような感覚に耐えられなかった。


ガチャ…


工場のドアを開いておじいちゃんが入ってくる


「おじいちゃん……!」


駆け寄ろうとした。でも、足が地に着かない。動かせない。おじいちゃんは、いつもの作業着姿で、ゆっくりと私を見つめていた。


だけど、その眼差しは……冷たかった。


「……お前がいたから、私は全部を諦めたんだ」


「え……?」


「仕事も、家族も。お前がいたせいで、私の人生は狂った」


「や、やめて……そんなこと言わないで……!」


おじいちゃんの言葉がナイフのように突き刺さる。胸の奥が焼けるように痛い。視界が滲んで、足元がぐらついた。


信じていた。

何の根拠も無く、ただ祖父と孫というだけで。世界中の誰が私を見捨てても、おじいちゃんだけは私を愛してくれていると信じていた。


「お前なんか、いなければよかった」


私は両手で顔を覆い、膝からその場に崩れ落ちた。


……ごめんなさい。

私は…皆から…

ごめんなさい……。


-------


いつの間にか、そこは暖かい部屋だった。


あれ?わたし?なにを…?


ふかふかの絨毯、日差しが差し込む窓、テーブルには温かそうなスープ。

ダイニングの奥から、誰かが呼ぶ声がする。


「澪ー、ご飯できたわよー、起きなさいー」


ダイニングには、お母さんが朝食の準備をしていた。優しい顔で笑っていて、テーブルには、お父さん。わたしの頭を撫でて、「お寝坊さんだね、こっちにおいで」って言って、抱きかかえて隣の椅子に座らせてくれた。


「重くなったなぁ!澪も小学3年生だもんな〜」


「うん!」


「もう、また甘やかして!しょうがないんだから」


そんなやりとりをしながら、お父さんもお母さんも笑っている。もちろんわたしも笑っている。


わたしはしあわせ。


やさしいお母さんと、面白くてたくさんお話ししてくれるお父さん。


「週末の運動会が楽しみだね」


朝食を食べながらお父さんが言う。


「またお弁当を3人でたべましょう、楽しいわよ」


朝食のスープで汚れたわたしの口を拭きながら、お母さんが言う。


「あれ?おじいちゃんは?」


わたしが聞く。


「何を言ってるの?澪。おじいちゃんは一昨年亡くなったって言ったでしょう?」


「澪はまだ、小学1年生だったから、覚えてないかもね」


ーーでも、運動会のご飯と言えばおじいちゃんのおにぎりだった。しょっぱいおにぎりを、塩加減を間違えたと言って笑いながら、二人で食べた。毎年毎年、欠かさずに。


心の中に強烈な違和感が沸き上がる。砂の付いたおにぎりを口にした時のような。ゆで卵に殻が付いていた時のような。


ああ、私は気づいていた。これは、嘘だ。私の中の空っぽな場所が、勝手に作り出した幻だ。もう分かってる。


「澪…?どうしたの?」


お母さんが心配して、俯いている私を覗き込む。

でも、この人は誰?ずっと2人とも笑顔のまま。昔おじいちゃんに見せてもらった父と母の笑顔の写真。そのままだった。だって私はその写真でしか2人の顔を知らないから。


(それでも……)


ここにいたい。愛されたい。甘えたい。


でも――


『お前は、お前のために生きろ』


声がした。耳じゃなく胸の奥、もっと深いところで、私に語りかけている。


(おじいちゃん……)


『他人に期待されなくてもいい。他人のためじゃなく、お前自身のために、生きなさい』


私は、立ち上がる。


「ありがとう、お父さん。ありがとう、お母さん。私、行かなくちゃ。皆が待ってる。」


私は元の高校生の姿に戻っていた。


二人はお互い顔を見合わせ、暫くして私の方に向き直し


「……そう。澪が自分で決めたんだものね。じゃあ、せめてこれを持って行って」


お母さんは笑顔のまま、それでも寂しそうに、小さな鈴を私の手に握らせる。


「これは…?」


「お父さんとお母さんからのお守り。澪の事を護ってくれる筈よ」


お父さんがその手の上に、自分の手を重ねて優しく語りかける。


「私達は、いつでも澪の事を想っているよ」


私は二人の笑顔を見て頷き、そして決意を込めて告げる。


「行ってきます!」


周囲が光に包まれ、周りの景色が霞んでいく。自分の姿も分からないほどの光に包まれ、意識も白濁していく。


……行ってらっしゃい……


2人の声が聞こえた気がした。

誰にも認められなくても、私は私を認めている。

私は―私を、見捨てない。


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