表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/89

黄泉の国

こはるの指先が、そっと洞窟の壁に触れた。

静かに耳を澄ますように目を閉じ、小石が何度も跳ね返って反響する音に集中する。


「……この奥、まだ先に続いてます」


囁くような声に、私は葵君と顔を見合わせる。

彼女の耳は確かだった。ここに至るまで、何度も分岐が有ったが、こはるは一度も道に迷っていない。確かに音で"向こう側”を認識した上で進んでいる。


こはるが指し示すその先に、仄かな明かりが見える。


「……外?」


葵君が呟く。確かに奥に見える明かりは、照明と言うよりは自然光に近い様に見える。


足元に気をつけながら慎重に明かりの方に進む。


「わぁ……」


私たちの口から思わず感嘆の吐息が漏れる。そこには“庭”があった。


天井が開けた広大な空間。自然光が上から差し込んでいるはずなのに、空はどこにもなかった。代わりに、空間全体が朱に染まった光で照らされている。

風もなく、虫の音もない。不自然な程の静寂が辺りを包んでいる。


一面に赤い花が咲き乱れていた。


まるで血潮のような深紅の花弁が、無数に、波打つように広がっている。


彼岸花、死人花、曼珠沙華。


名をいくつも持つその花が、狂い咲いたように地を覆い尽くしていた。


「まるで死後の世界ね…なんでこんな場所が、ここに?」

私の呟きに葵君が答える。


「この空間、明らかに人為的に作られているね。」


確かに、ただの試験エリアの奥に、自然にこんな場所があるとは考えづらい。誰のために、何のために?


いや、それ以前に――


この空間が、現実なのかすら分からなかった。


ひときわ大きく咲いた彼岸花の群れの奥、苔むした石碑のようなものが見える。


何かが眠っている。あるいは、何かが呼んでいる。


私は一歩踏み出す。こはると葵君も静かに後を追ってくる。

音もなく、私達は、死者の庭へと足を踏み入れていった。


------------


赤い花々の波を掻き分け、石碑を目指す。

半ば埋もれるような状態だった。私たちの胸ほどの高さで、表面には文字のような文様が描かれている。が、日本語や英語など、見知った文字ではなく、全く読むことが出来ない。


「……あれ、何かの目印かな?」


こはるが石碑の側面を指さす。


近づいてみると、側面に四角い黒いプレートのような物があった。


(…?何処かで見たことがあるような…?)


「あー!あれ、部屋の扉にあるやつと一緒だよ!」


こはるが声を上げる。そう言われてみると、確かに同じ様に見える。


「……ブレスレット、かざしてみようか」


私は試しに、腕に巻かれたブレスレットを石碑に近づけた。


ピピッ――


軽い電子音と共に、ブレスレットの画面が光り始める。


 >選定者、認証完了。

 >【精神選別試練エリア:黄泉の庭】に到達。

 >試練への挑戦可能。


表示されたその文字列に、私は思わず息をのんだ。


「……試練、だって……?」


葵君が画面を覗き込む。

タップすると続きが浮かび上がった。


 >本試練は、選別対象者の精神性を測定し、超限界下における意思決定力と再起性を評価します。

 >試練の形式は、対象者の深層意識に依存します。

 >失敗時は、永続的な精神障害または死亡の可能性もあります。

 >全て承認の上で試練への挑戦を決定して下さい。


背中に冷たい汗が伝った。“死ぬかもしれない”試験なんて、どうかしてる……。


「な、なにそれ……ただの試験っていうレベルじゃないよぉ……!」


こはるの声が震える。私は……怖くなかったわけじゃない。むしろ、心臓が喉から飛び出しそうだった。でも。


(きっと、ここも、選別の一つ)


何もしなければ、ただ誰かに追いつけず、選ばれず、終わってしまう。

誰かに勝たなきゃ、自分自身に打ち勝たなきゃ。


「葛城さん、こんな危険な試験を受ける必要は無いよ。詳細も分からず、ポイントが貰えるかどうかも分からない。一旦後回しにして、燃料を探す事を優先しよう」


葵君が私を諭すように声を掛ける。しかし、私は…


(おじいちゃん……私、ちゃんと前に進めてるかな)


あの日、手を離してしまった背中が脳裏に浮かぶ。


「葵君が言う事が正論だって分かってる。でも、リスクを負わなければ、何も得られない。そうしないと、柊の様な人達に勝つことは出来ないっ!」


「…!!」


葵君が言葉に詰まる。私は迷わず、ブレスレットのタッチパネルに触れた。


「葛城さん!!」

「澪ちゃん!」


2人が止めようとこちらに手を伸ばすよりも先に、私は選択をした。


 「……YES」


指先に、微かな熱を感じた直後――


視界が、真っ赤に染まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ