成果
夜の闇に包まれたフィールドを、雷蔵は一人歩いていた。
冷気が肌を刺す。月は雲に隠れ、頼れるのはブレスレットを照射する僅かな灯りだけ。だが、彼の顔には余裕があった。緊張感はある。だが、恐怖はない。
「確か……こっちの方角やったよな」
数時間前、燈を捜してさまよっていた時、林の向こうに見えた不自然な建物群。真っ直ぐなコンクリの道、フェンスの内側に並ぶ車両、そして警備の目を光らせていた赤いセンサー。
あれは工場か、あるいは研究施設の跡地か……いずれにせよ、あそこなら軽油が手に入るかもしれない。
「澪ちゃんにバール借りといて正解やったわ……さすがやな、気が利いちゅう。ほんまにええ嫁っこになるっちゃ〜」
軽口を叩きながら、雑草に覆われた舗装路を進み、やがて目指すフェンスが視界に入った。鉄条網にはところどころ切れ目があるが、通用門はかろうじて原形を保っている。
「さて……お邪魔するで」
雷蔵はバールを取り出し、通用門の錠前に差し込む。金属が軋む音とともに、閂がねじ切られて外れた。
慎重に扉を開き、ソロリソロリと中に足を踏み入れる。
――ピピッ。
静寂の中、乾いた電子音が耳を撃つ。
「……げっ」
瞬間、建物の壁面から“何か”が動いた。鋼鉄の四肢。無機質な瞳。まぎれもない、自衛ロボットだ。
「うわ、マジか!?」
雷蔵は咄嗟に身を翻し、一番近くに見える扉から建物内へと飛び込んだ。背後でガチャンと何かが作動する音。火花。壁に何かが弾けた。
「撃ってきよった!?マジで!?殺す気かぁっ!!」
心臓が跳ねる。足が勝手に動く。廊下を駆け抜け、角を曲がり、埃にまみれた倉庫の扉を肩で押し開けて中に飛び込んだ。
後ろから迫る金属音。だが、数秒後…
「止まった、か?」
息を潜めて待つこと十数秒。どうやら、ロボットは追ってこなかったようだ。侵入者の追跡範囲か、もしくは何らかのエリア制限があるのかもしれない。
「……ふぅ、生きた心地せんわ。」
雷蔵は壁にもたれ、汗をぬぐった。建物の中は暗く、埃っぽく、物音一つない。ブレスレットの僅かな明かりのみで、先は闇ばかりだ。
「ここまで来たら、引き返す選択肢は無いやろ」
小さく息を吐き、両頬を叩いて気合を入れる。進むべき道は、自分で切り開く。それが、雷蔵という男だった。
コンクリートの通路を、埃を蹴りながら進む。雷蔵はまっすぐ奥を目指していた。
途中、左手に見慣れない扉が現れた。上部には「Central Command Room」の文字。おそらく、ここが施設の中枢管制室。
「おっ、これは当たりやな……」
扉の横にはパネルがある。ダメ元でブレスレットをかざしてみる。
ビビー
パネルに**『セキュリティレベルB:アクセス拒否』**の文字が浮かぶ。
「やっぱりロックされとるか」
ゲームの様に何処かに鍵があるのだろうか?ただ、雷蔵は回りくどいことは嫌いな性質だった。
「電気止めりゃ、ロックも止まるんちゃうか?」
わずかに口角を上げて、雷蔵は右手の通路に進んだ。
古びた扉には「配電盤室」の文字が書かれている。バールで扉をこじ開け、中に入る。年季の入った鉄製のブレーカーが並び、埃を被っているが稼働中のようだった。
「さあて、どれが本線か。まあ、まとめて落としちまえ」
雷蔵は、主電源らしき大型ブレーカーを勢いよく下に倒した。
ブーン………
動作音が止まり、館内が一瞬にして闇に沈む。
直後アナウンスが流れる
『電源の異常を検出、非常用電源起動まで60秒…』
「時間との勝負やな!」
脱兎の様に飛び出すと、猛スピードで管制室へ戻る。非常用電源が稼働する前に扉を突破する必要がある。
『非常用電源起動まで30秒…』
「くっそ、開け開け開けぇ!!」
バールで制御パネルをこじ開け、手当たり次第にケーブルを引きちぎる。電流が走る火花に一瞬目を閉じるが、恐れている暇はない。
『非常用電源起動まで10秒、9、8、7…』
……カチッ。
ロックの電子音が鈍く外れ、重い扉が半開きになった。
「っしゃあ!!間に合った!!」
雷蔵は肩で扉を押し開け、管制室内に転がり込む。非常灯が点く前に、端末へ駆け寄る。
その直後、管制室が明かりを取り戻し、モニターが順次点灯していく。
『非常用電源起動しました。現状を確認し、直ちに問題を修正して下さい。繰り返します、現状を…』
ブザー音とアナウンスが流れる中、緊急管理パネルには、ロボットの現在稼働状況が表示されていた。
「お前ら……ちょっとだけ、休んどけや」
迷いなく“全ユニット停止”のボタンを叩く。数秒後、モニター上の全機体のアイコンがグレーに変化した。
突如、アナウンスが流れる
------『37番:特別探索区域にて特殊条件を達成 5ポイント加算』
「ふぅ…マジか、ほんまゲームみたいな話やな」
倒れ込むように椅子に腰掛け、雷蔵は息を吐いた。だが、ここはまだスタート地点に過ぎない。
「さて、次は軽油やな」
口元に笑みを浮かべながら、そう呟いた。
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施設の外に出ると、夜風が肌を撫でた。星はほとんど見えず、曇った空が重く垂れ込めている。
監視ロボットたちは沈黙している。
「動き出すなよ〜、動き出すなよ〜…」
雷蔵は息をひとつ吐き、周囲を見回す。駐車エリアに並んでいるのは、古びた乗用車ばかりだった。ボンネットを開けてみても、どれもガソリン車。目当ての軽油など、どこにも見当たらない。
「マジかよ、ここまで来て空振りか?」
額の汗を拭いながら周りを見渡す。あらかた車は調べてしまい、もう残っていない。しばらく唇を噛んでいた雷蔵だったが、ふと隣の鉄骨の建物に目が留まる。設備塔?
重機や資材の保管庫として使われていた可能性が高い。
「ん?…あれ、フォークリフトやないか!」
扉が半ば崩れ落ちた設備塔の中に、小ぶりのフォークリフトが一台、静かに眠っていた。作業用車両は電動やガソリンもあるが、燃料の安価さからディーゼル式の物も多い。
(これがディーゼルやなかったら、わし泣くぞ……頼むき、ほんま頼むき!)
雷蔵は駆け寄り、息を荒げながら燃料タンクを確認する。埃だらけではあるが、中にはわずかに軽油が残っていた。小さくガッツポーズを決め、傍にあった携行缶に慎重に詰め換えていく。
「おっしゃ……これで、お宝ゲットやな」
燃料を確保した雷蔵は、こっそりと建物の裏手から敷地を抜け出した。
朽ちたフェンスを越え、林の中を進む最中、遠くに複数の気配があった。話し声や野営のたき火、チームの判別はできないが、少なくとも他の候補生がこの一帯で活動しているらしい。
「……まずいな、下手に見つかったら面倒やで」
雷蔵は息を潜め、闇の中に身を溶け込ませる。足音を極限まで殺し、草むらに身を伏せてそろそろと這っていく。運良く、相手には気づかずに通過出来たようだ。
「ふう…これも逃げ足のうちやな」
その後も、二組ほどの集団とすれ違った。中には銃のような物を構えている者もいたが、雷蔵は木々の間を縫うようにして姿を隠し、無事にやり過ごした。
ようやく、見覚えのある岩場が見えてきた。
「よっしゃ……帰ってきたで……!」
洞窟の入り口は昼間と同じように、木々と岩の影に隠れていた。雷蔵は慎重に物音を立てないように近づき、手にした携行缶をそっと下ろす。
「みんな、起きとるか? お宝、持って帰ってきたぜ」
その声に返事をするものは、誰一人居なかった。




