暗闇の中の光
雷蔵君が出ていってから、もう1時間が経とうとしていた。
私は木の根に腰を下ろし、じっと茂みの向こうを見つめていた。こはるは膝を抱えて黙り込んでいるし、葵くんも何度もブレスレットの時間表示を確認している。
「…遅いな、相馬の奴…」
ぼそりと葵くんが呟いたその時。
------『54番、脱落。8番:2ポイント加算』
------『9番、脱落。8番:2ポイント加算』
------『31番、脱落。8番:2ポイント加算』
ホールでも聞いた、無機質なアナウンスが頭上から響き渡った。
「……また、誰かが」
葵君が、焦り混じりの表情で呟く
「柊、だよね……あの人の番号、8番だった」
私はそっと息を吸い込んだ。頭の中で、さっきの出来事がフラッシュバックする。血飛沫、倒れる男、そしてあの乾いたアナウンス。
「3人も……また……誰かが“無力化”されたってことだよね……」
風に掻き消されそうな小さな声でこはるが呟く。
「ダメだ……このままじっとしてたら、ポイントはどんどん差がついていく……!」
葵くんが拳を握りしめながら言葉を絞り出す。
「でも……今は雷蔵くんが…。アナウンスも流れていないし、まだ少なくとも"無力化"はしてないって事だよね?」
そう答える私に、葵君は視線を地面に落としたまま言う。
「15分で戻ると言っていたのに、既に1時間以上経過しているんだ、何か有ったと考えた方が良いっ…」
「で、でもっ…!」
私は言いかけて、ぐっと唇を噛んだ。不安が押し寄せる。雷蔵君はひょっとして……
――そう思いかけたその時。
「おーい!おーい!待たせたなぁ!!」
聞き慣れた声が茂みの向こうから飛んできた。私たちが一斉に顔を上げると、雷蔵くんが枝をかき分けながら、汗まみれで駆け戻ってくるのが見えた。
「……っ、無事だったんだ!」
「遅い!もう心配したんだからね!」
「ふぇぇ、良かったぁ……!」
私たちが口々に怒鳴ったり泣きそうになったりする中、雷蔵くんは手をヒラヒラさせて、ぜぇぜぇと息を吐いた。
「はぁ、はぁ、いやー、悪い悪い!ちょっと遠くまで回っちょったき……。ふー、燈は見つからんかったけど、変なもん見つけたぜ?」
「変なもの?」
私が聞き返すと、雷蔵君は息を整え続きを説明してくれる。
「ほら、あっちの岩場の裏側……なんか妙な洞穴があってな。不自然なんや、入口の隠され方が。ワイの勘やけど、あれ、なんかあるで」
「洞穴……?」
私達は思わず顔を見合わせた。逃げ場か、それとも、何かの仕掛けか。
「とにかく!今から案内するき、移動の準備しちょいて!」
雷蔵くんはニカッと笑ったけれど、私たちはもう冗談を返す余裕もなかった。
葵くんが静かに呟いた。
「柊が、また6ポイント取った……。これで合計8ポイントだ。躊躇ってたら、本当に置いていかれる」
私は頷く。焦りも、恐怖もある。でも、立ち止まってはいられない。
(進まなきゃ……!)
私たちは、雷蔵くんの案内で、岩場の奥へと進み始めた。
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雷蔵君が洞窟に案内してくれる道中で、葵くんが口を開く。
「相馬君、君は15分で戻ると言ったが、1時間以上戻らなかった。その間、僕達は君の身を案じてあそこから動けなかった」
「い、いやぁ、すまんすまん。燈は見つからんし、何かしら成果出さんといかんと思うて、あちこちウロついちょったがよ」
雷蔵君がバツ悪そうに頭を掻きながら、前を向いたまま言う。
「いや、責めている訳では無いんだ、ただ、お互い連絡が出来ない以上、少しでも情報は共有しておきたい」
「…?」
怪訝な顔をしている私たちに構わず、葵君は続ける。
「"無力化"された場合、或いはした場合、アナウンスが流れる。これは先程の柊の件から明らかだ」
私達は無言で頷く。それを見て葵君は満足そうに続ける。
「だから、お互いの番号を知っておけば、何かあったときに、その情報が得られるってことだ。今わかっている情報は、あの女が8番って事だけ。ちなみに僕は56番だ」
そういうことか、と私は納得する。確かにお互いの番号を知っていれば、最悪の事態になっても、それを知ることが出来る筈。
「私は88番よ」
「87番だよ。そっかぁ、続きの番号だから澪ちゃんとお隣の部屋だったんだね!」
「ワイは37番や」
そんな会話を続けながら岩場の奥へと進むと、雷蔵くんが「ほれ」と指差す先に……あった。
「……これ?」
私は思わず声を漏らす。岩がいくつも重なり合い、その手前には木々が茂っている。ほんのわずかに岩の隙間が黒く口を開けていて、確かに“何か”はある。でも、これが洞窟の入口だなんて、言われなければ絶対に気づかない。いや、言われても分からないレベルだ。
「よく見つけたね、これ……」
葵くんが素直に感嘆する。
「すごい……本当にここ、洞窟なの……?」
こはるが茂みをかき分けながら近づき、目を丸くする。
「ふっふーん、まあな!野生の勘ってやつよ!」
雷蔵くんが胸を張ってドヤ顔をきめる。その顔が泥と汗でぐちゃぐちゃなのはさておき、その得意げな態度はなぜか頼もしかった。
「……確かに、ここなら隠れ家に使えるかも。少なくとも他の人に見つかりにくい」
私は岩の縁に手をかけ、慎重に身体を滑り込ませた。中はひんやりと湿っていて、かすかな土の匂いが鼻をかすめる。奥へと進むと、暗がりの中に何かが転がっているのが見えた。
「……え、これって……機械?」
「そうやな……見た感じ、何かの機械や。特徴からして、多分やけんど…掘削機か、そっち系やと思うがよ」
雷蔵君が近づいて足でガツンと機械の側面を叩くと、鉄の鈍い音が洞内に響いた。
「動くの……?」
「見てみんことには、よう分からんけどな。澪ちゃん、たしか機械いじり得意やったよな? ちょいと手ぇ貸してくれんか? 一緒に見てみようや」
「うん、わかった」
私は膝をついて、持っていたレンチの柄をパネル部分の隙間に突っ込んでこじ開ける。配線は錆びていたけれど、完全に死んではいないようだった。
「葵くん、こはるちゃん。ちょっと時間掛かりそう。私達がこの機械見てる間に、洞窟の奥を調べてもらっていい?何か手がかりがあるかもしれない」
「分かった、南雲さん、行こうか」
「う、うん……」
「気をつけるんやで? なんかヤバそうやったら、遠慮せんと大声出してな。スーパーマンみたく飛んでいくきに!」
雷蔵君の言葉に二人は頷き、葵君に促されながら、こはるは躊躇いがちに奥の闇に消えていった。
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洞窟の奥は上下左右に広がっており、闇が広がっていた。二人はブレスレットの投影機能を使い、床や壁に照射しながら、僅かな灯りを頼りに慎重に進む。
「戻る道が分からなくならない様に、小石を拾って目印に落としながら進もう」
葵がそう提案し、こはるも同意する。
こはるが小さな石を蹴り飛ばしながら進む。飛んでいった小石が洞窟の壁に当たって小さな音を出しながら闇の先に消えていく。
「……ねえ、葵くん。今、石が出した音、聞こえた?」
こはるが葵に尋ねる。葵は顎に手をやり考える。
「うん?ああ、カツンってやつ?」
「違うの、反響の仕方が変だった。あの壁の奥、たぶん空洞があるよ」
葵は思案しながら、なるほどと言った面持ちでこはるに確認する。
「確かに、理屈では中身が詰まっている物と、中が空洞の物では、音の反響は異なるだろうね。だけど、あんな小石一つの音で分かるのかい?」
こはるはしっかりとした口調で小石が消えていった先を見つめながら葵に説明する。
「……わかるよ。私、音に敏感なの。反射や響きが微妙に違うの、分かるんだ」
そう言って、手に持っていた小石を一つ転がし、足で蹴り飛ばす。
カツーン、カツーン、カツーン………
葵には音の違いなど分からないが、こはるは普段とは違うきりっとした目で壁を指差す。
「やっぱり、あの奥……まだ何かある」
「なるほど、君がそこまで言うのなら何か有るんだろう。じゃあ一旦戻って葛城さん達と合流しよう、僕達二人ではこの先には進めなさそうだから」
葵の言葉にこはるが頷き、二人は来るまでに落としておいた小石を目印に、慎重に澪達の元へと歩みを進めるのだった。




