死と闇
その笑い声は背後からでは無く、床そのものが低く呻いた様に聞こえた。
「…フハハハハ…素晴らしい」
「ーー実に、美しい」
まるで腐臭を含んだ様な低音が、空間に染み込む。
こはるが怯えながら呟く
「何か、来るよ…おぞましい、音がーー」
雷蔵が、よろめきながら顔を上げる。
「……は?なんや今の……音や、ない……?」
白い床の裂け目から滲み出す黒い影。
そしてそれは、グジュグジュと言うような、形容し難い濁った音を立てながら膨れ上がった。
溶け、崩れ、組み直される“死”。
そこからーー
ゾンメルが、立ち上がった。
「……ッ!」
こはるが、息を呑む。
拍を取ろうとした指が、止まる。
「……音が……ない……」
気絶した燈の頭を胸に抱き、ブルブルと震える
葵は、柱に寄りかかったまま、眼鏡の奥で目を細める。
「…何だよ、これ…見た目と、動きと、音が、全部一致していない…」
床に座ったままの紅華の目が見開かれる
「……なん、じゃと…?」
ゾンメルは、ゆっくりと視線を巡らせ、
床に転がる クロエ01 ーーゼロワンを見下ろす。
ゾンメルは、下半身の軟体動物の様な腕を這わせ、ゼロワンに近づく
「よくやったぞーー実に、有意義だ」
クロエが、一歩前に出る。
「……あなたが、仕組んだのね」
ゾンメルは、愉快そうに喉を鳴らした。
そして下半身の腕を一本延ばし、ゼロワンの首に巻き付ける。
そしてさらに、もう一本の触手を口をこじ開け無理やり挿入する。
葵が震える声で静止しようとする。
「…や、やめろ!既に…死んでいる!」
「当然だろう。“死”を素材にしているのだ。
消耗する設計など、初めから欠陥だ」
ドクンドクン…と、ゼロワンの喉に何かが流し込まれる。
ぐるんとゼロワンの眼球が動く。
しかし、その動きに知性は感じられない。
雷蔵が、歯を食いしばる。
「……冗談やろ…何やっとんのやっ…!」
たまらず殴りかかろうとするも、ゾンメルの腕に弾き飛ばされる。
雷蔵は床を転がり、倒れる
「っぐぅ…」
ゾンメルは、それを一瞥もせず、ゼロワンをまるで人形の様持ち上げる
「さて……」
黒い触手が、背中から生える。
「回収だ」
「やめて!」
クロエの声が、鋭く響く。
だがーー
触手は、ゼロワンの身体を貫いた。
「ーーーっ!?」
ゼロワンの身体が跳ねる。
こはるが、叫ぶ。
「……やだ……!」
次の瞬間、吸収が始まった。
肉が、溶ける。
骨が、崩れる。
鎖鎌が、絡め取られ、沈んでいく。
「……あ……」
ゼロワンの口が、かすかに動く。
「あ…はぁ…
ん……ふぅ……」
声にならない吐息がゼロワンの口から漏れる
その表情は恍惚としている
雷蔵が、思わず叫ぶ。
「おい……!ふざ…けんな……!」
声は、届かない。
2本、3本と次々に触手が絡みつき、ズブズブとゼロワンの身体と触手が同化していく。
その異様な光景に誰も身体を動かすことが出来ない
そしてーー
遂にゼロワンの身体が、完全にゾンメルの中へ消えた。
「…っむっはぁ!!」
ゾンメルの唸り声とともに背中が爆ぜた。
ボコボコと背中が蠢き、無数の死鎌が腕として生える。
刃は骨と金属の混成。
肩の辺りも膨張し、頭が飲み込まれていく。
つけていたガスマスクが床に転がる
下半身に生えていた軟体動物の様な腕は、ぶくぶくと水疱が現れ弾ける。
そしてそこから灰色の液体を吹き出しながら、腐り落ちていく。
上に着ていた衣服は裂け、その隙間からは黒紫色のガスが噴き出している
ぼとぼとと腐肉が剥がれ落ちるたび、その下側から新しい肉が増殖する。
そしてそれはすぐに腐り、また新たな肉が生まれる
「…ゴ…ガァ…完成…ダ…」
既にその姿は人間と言うにはあまりにもおぞましい姿だった。
地の底から響くような、濁った声で続ける
「EVFハ、モハヤ不要。
“死”ソノモノガ、循環スルノダ…」
クロエは青ざめた顔で、ゾンメルだった物を見る。
大粒の脂汗が額から首筋に流れる。
それは決してE.V.F.の禁断症状のせいだけでは無かった。
「……自己完結型……無限再構成……」
雷蔵が、膝をつく。
「……クソが……何やっちゅうんや…」
こはるは、拍を取ろうとして指が、震える。
ゾンメルだった物が、一歩踏み出す。
ボロボロと崩れながら、生み出される腐肉。
空間が歪んだ様に感じるその歩み。
「サテ…次ハ“本体”ダ……」
視線は神鏡の間の奥、そこにいるのはーー
光に包まれ、同調処理を受けている葛城澪。
「…っ!させないわ!」
クロエがゾンメルに向かう、次いで紅華も転がるように向かっていく
しかし、ゾンメルは触手で紅華とクロエを薙ぎ払う。
2人は床を転がり、壁に叩きつけられる。
雷蔵が、叫びながら拳を振り上げゾンメルに向かう。
「オラァァ!!」
しかし、本体に届く前に雷蔵も吹き飛ばされる
「…グハッ…!!」
床を転がり、嘔吐する
クロエは膝をつき、肩で息をしながら、前を見る。
(……駄目だ、全く…歯が立たない…)
ゾンメルは、死鎌を振り上げる。
こはるが、唇を噛みしめる。
「……澪ちゃん……」
雷蔵が、拳を床に叩きつける。
「……待てや……行かせん……!」
だが、身体が言うことを聞かない。
葵が、かすれた声で言う。
「……このままじゃ…葛城さんが…」
ゾンメルは、ゆっくりと背を向ける。
「安心シロ。彼女ハ“救ワレル”、ノダ…」
まるで地獄から這い出た死者のように嗤う。
「ーー素材トシテナ」
戦場に、完全な絶望が落ちた。




