疑惑
遠くで、重い轟音が鳴った。
床を伝って、低く腹に響く振動。
「……あちらじゃな」
紅華が低く呟く。
白基調の外套の裾を押さえ、歩を早めた。
通路は次第に広く、天井も高くなる。
音へと近づいて行くほどに、白仮面の数が増えていった。二人、三人、やがて小隊単位で行き交う。
白いフード、外套と一体化した上着。
密着気味の戦闘服に、無音で踏み込めるジャンプブーツ。
同じ服。
同じ色。
同じ仮面
二人はフードを目深に被り、顔を隠しながら進む。
クロエは歩調を乱さない。
視線を落とし、余計な仕草を切り捨てる。
(…姉様、視線を周りに向けすぎないで。命令を受けた兵士は、周囲を見ない)
クロエの耳打ちに紅華も囁き返す
(ふむ……なるほどの)
二人は流れに混ざり、奥へ奥へと進んでいく。
すれ違う白仮面たちは、こちらを一瞥するだけで、足を止めない。
戦闘音が、はっきりと聞こえてきた。
雷鳴のような爆音。
金属が砕ける音。
空気そのものが震える感覚。
神鏡の間
その名が、頭の中に浮かぶ。澪がいる場所。
通路が最奥に差し掛かった、そのときだった。
「お前ら、待て」
低く、しかしよく通る声。
二人の前に、一人の白仮面が立ちはだかった。
他よりも装備が異なる。肩部に紋章、腰に指揮用の端末。
ーー隊長クラスと思われる男が、2人に声を掛ける。
「この先は前線だ。銃も持たずにどこへ向かう?
ーー所属と認証を確認させてもらうぞ」
紅華の足が止まる。
クロエは一瞬だけ視線を落とした。
白仮面の視線が二人の胸元に向く。
ーー認証プレート。
隊員の証。
そこに、何もない。
「うん……?」
空気が、ぴしりと張り詰めた。
「認証が無い、な。
ーー貴様ら、どの班だ」
男が端末に手をあてがう
紅華はほんの一瞬だけ口元を歪めた。
「……失礼。急ぎの命が下っておってな。
手続きーー」
「言い訳は要らん」
隊長の声が、冷たく切り捨てる。
「認証無しで最奥に向かう理由は一つだ。
貴様ら、侵入者だな!」
周囲の白仮面たちが同時に足を止めた。
無機質な仮面が一斉にこちらに銃口を向ける。
その数は20を下らない。
クロエが、小さく息を吐く。
「……姉様」
「分かっておる」
二人は、同時に一歩踏み出した。
次の瞬間ーー
紅華の外套が翻り、白い布の下から鋭い肘打ちが放たれる。
「…っ!ぶぉっ!」
仮面が砕け、鼻血を放物線に吹き出しながら隊長が後方へ吹き飛んだ。
同時にクロエが跳ぶ。
低く、速く。
手刀が閃き、白仮面の膝を打つ。
警告音が鳴り響いた。
『ーー侵入者確認。
防衛モード、局地移行』
奥から更に白仮面たちがわらわらと湧いてくる。
「……っち、面倒じゃの」
紅華が舌打ちする。
白仮面たちが一斉に動き出した。
ーーーーーー
警報が、低く、執拗に鳴り続けていた。
《ーー防衛モード移行。非認証個体を排除せよ》
紅華とクロエは、同じ白をまとったまま通路を進む。フードを深く被り、足音を殺す必要すらない。
進むほどに、白仮面の数が増える。
銃口が一斉に向けられた。
「止まれっ…!」
言葉が終わる前に、発砲音が空間を裂き弾丸が走る。
だが、二人の位置は、すでにそこにはない。
紅華の足運びは、舞でも暗殺でもない。
無駄無く弾道の外へ半歩。射線の内へ一歩。
白仮面の肩が弾け、背後の仲間が撃ち抜かれる。
「ぐぁっ!」
「……っ、撃つな!味方だーー!」
白仮面たちの怒号と悲鳴が入り混じる。
遅い。
クロエは低く沈み、床を滑るように距離を詰める。
白仮面の1人が構える銃口が、クロエへと狙いを定め引き金が引かれる。
だが、クロエは軽くいなして、銃口を逸らす。そしてその先には別の白仮面がいた。
至近距離での銃撃は、統制を失うと一気に牙を剥く。
ーー悲鳴。
ーー血飛沫。
味方同士の射線が交差し、倒れていく。
紅華はその混乱の間を踏む。
撃つ者。
狙う者。
躊躇する者。
それぞれの次の動きが、すべて見えているかのような流麗な動きで、白仮面の間を縫っていく。
肘。
膝。
掌。
銃声に紛れて、鈍い音が続いた。
クロエはさらに静かだった。
近づきすぎず、離れすぎず。
ーー弾丸が届かず、銃が意味を持たない距離。
肩を叩く。
向きを変える。
体重を預ける。
白仮面が、別の白仮面へと崩れ落ちる。
まるでドミノ倒しの様に続々と立っている者の数が減っていく。
銃声が、乱れる。
やがて、途切れた。
通路に残ったのは、動かない白仮面たちと、焦げた床の跡だけだった。
紅華は歩みを止めない。
通路の奥、その先にある扉の向こうからは、はっきりと轟音が響いてくる。
雷鳴。
金属が潰れる音。
そしてーー鏡が震える、あの感覚。
クロエが、顔を上げた。
「……あの先が、戦場」
「うむ」
紅華の瞳が、赤く揺れる
「……まだ、間に合うのじゃな」
二人は、同時に駆け出した。
白い通路の先、心鏡の間へ。
そこで何が起きているのかを、まだ知らないまま。




