違和感
警告音が、研究室全体に反響している。
〈ーー防衛モードに移行〉
〈ーー総員【神鏡の間】の警護にあたること〉
赤いラインが床を走り、天井の照明が落ちる。
空気が一段、張りつめた。
「……時間が無いみたいね」
クロエが、低く言った。
意識は完全に戻っている。声も、目も。
紅華は周囲を一瞥し、即座に判断する。
「このままの格好では外に出られん。まずは衣服を探す。武装は最小限じゃ」
医療ポッドの並ぶ区画を抜けた先の壁際に、収納ラックが並ぶ。
中には白を基調とした制服がまばらに並ぶ。
フードと外套が一体化した上着に、戦闘服。足元にはジャンプブーツ、棚にはグローブ。
ーー白仮面たちの装備だ。
「……これで行く」
紅華の言葉にクロエは頷く。
シンプルなデザインで、一番下に着る生地はタイツの様に柔らかな素材で、伸縮する。そのため動きを損なわないが暖かい。
「これは…なんと言うか、不思議な素材じゃな」
紅華が袖に手を通しながら呟く。
紅華とクロエは身長も体型も異なるが、まるでオーダーしたかのように2人の身体にピッタリとフィットする。
その上から、2人それぞれに合わせた七分丈のズボンとシャツを着たあと、髪をまとめてフード付きの上着を羽織る。最後にブーツとグローブを装着した。
クロエがラック隣の武器棚を確認していた。
「…む、鍵か…」
紅華のその問いには答えず、クロエは認証パネルに手をかざす。
ーーACCESS DENIED
ーーBIOMETRIC AUTH FAILED
ーーCLEARANCE REQUIRED
「…生体認証は通らないみたい…」
そう呟き、少し考えたあとにパスワードを打ち込む
>PASWORD : ******
ーーAUTHENTICATION SUCCESS
ーーACCESS GRANTED
ーーLOCK RELEASED
ロックが外れる音がして、パネルが開く。
少し驚いた表情のクロエに紅華が声を掛ける。
「なんじゃ? 何か気になることでも?」
「…まるで……いえ、何でも無いわ」
棚の中には銃剣、散弾銃、軽機関銃、制式小銃、スタンガン、発煙筒、閃光弾、短銃、色々な種類の小型ナイフ、予備弾倉、簡易ホルスターなど、様々な銃器類が並ぶ。
紅華は銃を一瞥し、首を振る。
「銃器は音が出る。不要じゃ」
「そうね」
クロエは折りたたみ式のナイフを手に取る。
刃は簡素だが、よく研がれている。
「妾はこれにしておこうかの」
紅華は小さめの蛮刀を2つ選ぶ。
それぞれナイフを腰のホルダーに収め、フードを目深に被る。
クロエが出口の扉へ向かい、外を伺う。
外部に人の気配は無い。通路の奥では案内表示等がチカチカと明滅している。
「大丈夫、誰もいないわ」
操作パネルを起動し、ドアを開く
フューンと言う音を立ててドアがスライドして開く。廊下ではアナウンスが繰り返されている。
〈ーー防衛モードに移行〉
〈ーー総員【神鏡の間】の警護にあたること〉
部屋の識別盤に浮かぶ文字を見てクロエの視線が、わずかに鋭くなった。
〈Z-02:Zommel Second Laboratory〉
「……ゾンメル第二研究室」
紅華が、低く息を吐く。
「やはり、あの男のラボか」
そのときーー
ドン、と腹に響く轟音が、遠くから伝わってきた。
続けて、金属が軋む音。空気を震わせる、連続した衝撃。
クロエが、即座に顔を上げる。
「……戦闘音、しかも激しい」
紅華は、音のする方へと駆け出そうとする
「皆が、まだ持ちこたえとる可能性が高い」
「急ぐぞ、栞!」
クロエは一瞬だけ頷き、その背に並んだ。
通路へ出る直前、クロエの足が止まった。
壁際の端末。
非常灯の赤に照らされ、画面だけがまだ生きている。
「……待って!!」
クロエが、無意識に近い仕草で覗き込む。
スクロールされかけた研究ログ。
専門用語が多く、すべては読めない。
それでも、いくつかの単語が目に刺さった。
〈E.V.F.代替循環〉
〈自律再構成位相〉
〈外部供給:不要〉
〈臨界点到達後、安定化〉
研究室を出かけた紅華が戻ってくる。
「なんじゃ?」
覗き込み、眉をひそめる。
「……ほう?」
クロエの指先が、わずかに震える。
喉が、小さく鳴った。
「これは……何だか……変だわ」
紅華が、低く問う。
「E.V.F.無し…とは?」
「ええ」
クロエは、スクロールする画面から目を離さない。
「少なくとも、私…私たちはE.V.F.無しでは生きられない…」
一行、赤字で追記された注釈が、照明の明滅に合わせて浮かび上がる。
〈※第2世代以降、条件付きで達成〉
クロエの視線が、すっと細くなる。
「……条件…?」
紅華は、端末を一瞥しただけで背を向けた。
「今は考えるな」
強く、短く言う。
「だがーー覚えておけ」
クロエは一瞬だけ迷い、それから画面を閉じた。
「……ええ」
遠くで、あの轟音がまた響き、紅華が走り出す。
「行くぞ。答えは、あとで取り返す」
クロエは、最後にもう一度だけ振り返った。
消えた画面の、黒い反射。
そこに映った自分の瞳が、ほんの一瞬瑠璃色に見えた気がした。
気のせいだ、と切り捨てる。二人は通路へ踏み出す。
まだ誰も知らない違和感を、胸の奥に残したまま。
二人は走り出す。轟音のする方へ。
戦場があると、確信できる方向へ。
ーー合流は、まだ先だ。
だが、戻る道はもう選ばない。
〈ーー防衛モードに移行……〉
無人の廊下にアナウンスが繰り返し響いていた
【あとがき】
とうとうep.100です。ここまで続けられたのは、ひとえに皆様のおかげです。ありがとうございます!
最終話までのプロットはできているので、あとは文章に起こしていくだけ。
だけ、なんですがそれが、難しいですw
今後とも宜しくお願いいたします。




