プロローグ
敗者は世界から完全に忘れられる。
命と存在を賭けた異能サバイバル試験を描く、緊迫の群像劇。
少女は“記憶”と“証明”を武器に、生き残りを目指す。
敗者は、“禊”によって世界から完全に消える。
死ぬよりも恐ろしいと思った。
それは、自分が「誰の記憶にも残らなくなる」こと。
呼ばれることのない名前、思い出されることのない顔。
存在しなかった人間として、静かに世界から剥がされていく。
私は、まだここにいるのにーー目の前では、仲間が一人、霧のように消えていった。
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ーー敗者は、世界から完全に消える。
そんな噂を思い出したのは、バスの車窓の外に緑一色の景色が流れていたときだった。
ひび割れた舗装の上を、ゴトゴトと揺れる車体。舗道は草木に侵食され、どこか廃墟のようだった。
思いを馳せる少女の名は葛城澪。澪は思っていた、なぜ自分はここにいるのか。別に来たかったわけじゃない。ただ、行く場所がなかっただけだ。
澪は己の掌に視線を落とす。その手は高校生とは思えないほどに荒れていた。そして、その手を見ながらふと思うーー
(おじいちゃん、どうしてるだろう…)
背後ではスマホを触る音がする。澪も散々試したが、圏外は変わらない。
背後では、ため息と共に背もたれが軋む。
バスの車内には教師もガイドもおらず、澪と同じく「施設」に向かう同年代の少年少女だけが座っていた。
誰も話さない。変わらぬ景色に、時間の感覚が薄れていく。
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遡ること数時間前。
「だからね、これしか無いと思うんスよ!私は」
額に脂を浮かせ、歯を見せて笑う男ーー河中。
胡散臭さが服を着て歩いているような人間だ。
「澪ちゃんの将来を考えても、この機会を逃すわけにはいかんと!」
祖父の巌が口を開きかけた瞬間、その言葉を強引にかき消す。
「いいよ、おじいちゃん。私、行く」
自分の口からその言葉が出た瞬間、背筋を冷たいものがなぞった。
机の上の広告には、明るく笑う若者たちと大きな文字が踊っている。
【来たれ!若人!】
【機会は平等】
【未来を切り拓く力】
…そして、小さな文字で書かれた注意書き。
ーー全ての責任は自己に帰すこと。
その言葉の本当の意味を、このときの私はまだ知らなかった。
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唐突なブレーキと停車の衝撃で、意識が現実に引き戻される。
「到着です。前の座席の方から順に降車してください」
抑揚のない不気味な声が車内に響く。
扉が開くと、むせ返すような湿った空気と、草の匂いが鼻腔に流れ込んできた。
足を外に出すと、そこは山奥のような場所だった。
錆びたフェンスに囲まれた広い敷地。その中央に、コンクリート打ちっぱなしの建物が無機質にそびえている。
「……これが、施設?」
無意識に口から漏れる。
窓は少なく、壁面には意味の分からない記号や番号がいくつも刻まれている。
他の参加者たちも降り立ち、周囲をきょろきょろと見回していたが、誰も話さない。
まるで、全員が同じ疑問を抱えているかのように。
そのとき、施設の入り口から、一人の人影が現れた。
全身を白い法衣のような服で包み、顔は仮面に隠されている。
男女の区別もつかないその人物は、ゆっくりと歩み寄り、私たちの前で立ち止まった。
「……ようこそ、G.E.A.R.候補生諸君…歓迎しよう…」
仮面の奥から響く声は、無機質で、誰でもない声だった。
その言葉を聞いた瞬間、私の背中に冷たいものが走った。
ザワザワと木々の葉がこすれる音が響く中、私の存在を試す何かが、ここで始まるーーそんな予感だけが、確かにあった。
河中は借金取りです。