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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

パラダイス SNS

サトシはサキに会いたくていつも病院に出かけていた

サキもサトシに助けて欲しくてつながりを求めていた

悪いのはいつだって大人である


SNSで人を殺してしまおう


びっくりするくらいあっけらかんとした人の営み

サキとサトシのひと夏の出来事

 

2010年8月 夏休みの終わり 


(あの子猫はどちらにしても生きていけなかったんだろうなぁ・・・)

サトシはぼそりと独り言を言った 


「ちゃんと撮れてる?」


今日のために準備した白いワンピースを風になびかせて、サキは5メートル先のサトシに話しかけていた 風の音に邪魔をされているし、声の大きさは普段と一緒なのだがサトシの耳にはサキの声が良く響いた

 

サトシはゆっくりと頷いた 


サトシはビデオカメラのレンズ越しにサキをみていた 張り詰めた神経をサキの方向に集中していたので、もしかしたら聞こえていたわけじゃなくて唇の動きを読んで理解したのかもしれない 

サキは今から発する自分の言葉の意味と発する声のイントネーションのギャップを想像して頭の中で何度か言葉を繰り返した 


「・・・ふぅ 今からここから飛び降りて死にまーす」


人間どんなときでもカメラの前に立つと少し演技がかかるのかなとサトシは思った 

サトシはできる限り手に持ったビデオカメラが手ブレしないように慎重に近づいた 


一瞬だった 


突っ伏して倒れこみ、サキは病院の屋上から飛び降りた 


(生きていちゃいけなかったんだろうなぁ・・・)


サトシは白いワンピースをひらひらとばためかせながら落ちていくサキの一部始終をビデオカメラに撮り納めていた 


 2009年12月 冬休みのクリスマスイブ


サトシは一瞬、目の前で今何が起きたのかが分からなかった 

いつものようにビデオカメラを持って外を歩いていて路地裏の方へ向かうとどんつきの所で猫の親子に遭遇した 

ブルーのポリエスチンのごみ箱が二つ並んでいる隙間で北風から逃れて埋もれるように存在していた 

子猫は小さくて可愛かった しかし母猫は酷く痩せていて汚れていた 

子猫をもっと近くで撮影したいと思い、カメラを回して猫の親子に近づいた 

母猫はサトシに気付いて目線をサトシに合わせて威嚇をした 近づいてくるカメラを持った人間に対して母猫は間髪を入れずに容赦なく飛び掛かってきた 

サトシは母猫の咄嗟の行動にびっくりしてビデオカメラを落っことしてしまいそうになった 

のけ反って背中から倒れてしまったのだが、ビデオカメラは自分の胸元でしっかりと受け止めたのだった 


もうこれ以上近づくのはやめた方が良いと思った ビデオカメラは下げて、もう一度子猫に目をやった 

外敵を退治するために母猫は子猫から少し離れてしまっていて、子猫が取り残されている 

母猫がものすごく怒っている サトシは悪いことをしたなと思った 

一方、子猫は今まで母猫の傍で暖かく寝ていたのに、急に母猫がいなくなってしまい寒くなってしまったことに不安を覚えて母親を求めて鳴き出した 

子猫は鳴きながらよろよろと歩き出した 

子猫はたぶん目が見えないのだろうとサトシは察した 母猫の方向を捉えることができず明後日の方向に向かって不安そうに歩いている 

サトシは子猫を助けるつもりだった 

サトシが子猫に近づいたそのとき、母猫は子猫に勢いよく走り寄って子猫の首元をかみ切って殺してしまった 


あっという間だった 


母猫は死んだ子猫を置き去りにして塀を飛び越えて消えてしまったのだった 

サトシはその場から動けずしばらく呆然として、動かない子猫を見つめていた 

どれくらいの時間が経ったのだろう サトシはふと我に返り、その場を後にした 

サトシが次の日、同じ場所に行ったときには子猫の屍はなくなっていた 

昨日の事はもしかしたら嘘だったのかもしれない そう思いたかった 

しかし現実にはビデオカメラに昨日の動画が録画されていた

 

年が明けた 


サトシはあの時の母猫を何度か見かけたときがあった 

母猫は酷く痩せた状態ではなく健康的に肥えていた 若返ったようにも見えた 

サトシは興味が沸いてその母猫を録画し続けた 


 2010年8月 夏休みの始まり


サトシはビデオカメラを持って病院の屋上を見上げていた ただ何となく見上げた先に女の人がいた 

女の人は屋上で冊の外側を縁取るように歩いている

サトシはこの女の人をビデオカメラで撮影をしていた 

何か得体の知れない好奇心から行動していた 病院の中に入り、黙って屋上に向かった 

屋上に続く階段は薄暗かったが、扉は少し開いていてそこから外の光が集まってきている 

外の光を目指してサトシは進んだ 

階段の途中、踊り場に差し掛かると屋上にいる人間の声が聞こえた 女の人は誰かに対して大声をあげている 


「近づくんじゃねえよ、きもいんだよっ!」


女の声は力強く誰かを威嚇している サトシは何事だろうと近づいた 持っていたビデオカメラを右目に当てて録画を開始しながら慎重に進んだ 


「おい、サキっ!落ち着きなさい、危ないからこっちにおいで」


カメラのレンズ越しには白衣を着た男の背中とその先に冊の外側で対峙している女の人が映った 


「気安く下の名前を呼ばないで!」


女の人はだいぶ興奮している 男は恐らくこの病院の先生なのだろう 治療か何かで不安な思いをしてパニックになった患者をなだめようとしているのだろうとサトシは察した 


「そんなこと言うなよ サキ 俺はお前の・・・」


男はサキの視線が自分よりももっと後方を見ていて驚いている様子だったので言いかけた言葉を止めて後ろを振り返った 

男は男の子が少し離れたところで右手にビデオカメラをぶらんと持っている姿を確認した 男はこの状況を驚かずにはいられなかった 


「誰だよ?なんでいるの?」


驚きとイラつきで畳みかける早口で男はサトシに向かって言い放った 

男はサトシに詰め寄った 視線はサトシの右手に持っているビデオカメラを見ていた 

サトシは男の左胸に付いているネームプレートを見つめた 


「・・・コジマせんせい・・・」サトシはぼそっと呟いた 


「どこまで聞いていた?それで録画した?」


コジマは先程までとは一転して冷静に落ち着いた口調でサトシに話しかけた 


サトシは突然しゃがみ込んで嘔吐した 


「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい」


サトシは涙を流しながら苦しそうに四つん這いになって言葉にならない声を発した 

コジマはサトシの状況をみて、医者として手当てをしなければと思い近づこうとした 

しかし、コジマの横をスッと通りすぎたサキが先にサトシにたどり着いた 

サキはコジマの前に立ちはだかり、サトシに近づけまいと制止した 


「この子は私の弟だから私が面倒をみます コジマ先生はそろそろ仕事に戻った方が良いんじゃないですか?」


サキはサトシを怯えさせない様にコジマに対して冷静で落ち着いた物言いをした 


「とにかくサキが落ち着いてくれたから良かったよ でもサキに弟がいたなんて初耳だなぁ 」


コジマはサキとサトシの顔を見比べた 


「ごめんね 急に後ろにいて僕らの会話を撮影していると思ったから 怖がらせるつもりはなかったんだよ ねえサキ、弟君の名前は何て言うの?」


「答える必要はあるんですか?」


サキはとても冷たくコジマに言い放った 


「オカダ・・・サトシです 」


サトシは答えた 

サキはサトシの返答に困ってしまった 

なんでこいつに応えるんだよという思いだった 


「ふうん サトシ君だねこれからもよろしくね じゃあ僕は仕事があるからこれで失礼するよ 田中さんは後で「診察」が必要だね 退院が長引かなければ良いけど 」


コジマはサトシには目もくれず、不敵な笑みを浮かべて屋上の扉から出ていった 

屋上でサキとサトシは二人きりとなった 

サキはサトシが自分に目を合わせてくれるまでじっと見つめて黙っていた 

しばらく時間が経ってサトシの目線が一瞬だけサキを捉えた 

サキはその一瞬を逃さずに目が合ったと思うとサトシの両手を捕まえた 


「助けてくれてありがとう 」


サキの言葉はサトシには理解できないようだった なぜ感謝されているのかが不明のような面持ちだ 

もっというとお医者さんに対してあまりにも乱暴な口のきき方をしているこの病人は恐らく頭がおかしいから相手にしてしまうと厄介なことになってしまうのではないかと思っているんだろうなとサキは勘繰った 


「怖がらないでよ 別に取って食べたりしないんだから 」


サキの話し方がさっきまでの雰囲気とはまるで違うので、サトシはもう一度サキの顔を見つめなおした 

肩まである長い髪がサラサラと風に揺れている 白くて透明感のある肌はテレビで見たことのあるような女性の雰囲気だった 

サキの瞳はサトシを真剣に凝視していて、サキの口元はサトシの表情次第で如何様にも変わってしまうような脆さと敏感さを持っていた 

サトシにはサキが悪い人には見えなかった 自分よりも年上なのになんとなく弱くて脆そうで可哀そうな気持ちをサキに覚えた こんな気持ちを人に対して感じたことは今まで一度もなかった 


「助けてくれてありがとう 」


サキはもう一度丁寧にゆっくりとサトシに伝えた 

サトシはサキの言葉の意味を本当に理解したような気持ちになった 


「さっき弟とか言っちゃったけど、友達からよろしくお願いしまーす 」


サキは急におどけた口調で姿勢を正し、頭を下げ、サトシに両手を差し出した 

ミンミンゼミが力強く鳴き続ける 太陽は照り付けて雲一つない青空だった 

サトシはどうしてよいかわからず俯いた また無音の気まずい状況になった 

サキは笑いながら、サトシの左手を両手で掴み、大げさに上下に揺らした 


「サトシ、明日も来てくれる?それで何を撮ったの?私にも見せてよ 」


サキは顎でサトシのビデオカメラを指した 

サトシは小さく頷いた 

サトシはサキに明日の午後、病室にビデオカメラを持って遊びにいくこと約束をした 


 2010年8月 夏休みの夕立


ビデオカメラを持ってサキの病室にまで来るのは骨が折れた 


最初はぽつぽつだったけど、アッという間に雨が強くなってサトシは近くのコンビニに避難した もうずぶ濡れだ 店員にも客にも少し変な目で見られた 

Tシャツの中にビデオカメラを雨に濡らさないように隠していて、サトシ自体はびしょ濡れになっているので仕方がない 

コンビニの空調がサトシの濡れた衣服を冷ました サトシは寒くなった 

何も買わずにコンビニの外に出て、空を見上げ、コンビニの屋根で雨宿りをした 

地面を打ち返す雨がサトシの靴に掛かって靴を光らせた 

雨の勢いは次第に弱まり、空は晴れ間をのぞかせた 

雨が止んだのかを右手の平を空にかざして確認した サキの病院はすぐそこだった 

サトシはスキップをしながら病院に向かった 

サキはサトシのTシャツを脱がし、タオルでサトシの髪をワシャワシャと拭いた 

靴下は水洗いして絞り、きれいに洗面台に広げていた 

二人はサトシが撮りためた動画をベッドに横並びになって眺めていた 


「過激だねぇ」


サキはニヤニヤしながらサトシに顔を近づけた 

一度だけ友達に自慢したくて見せたことがあったが、その時の反応は悲鳴に近くて、それ以降友達はサトシを遠ざけるようになったのだったが、サキの反応はそれとは明らかに違った 年上だからなのかもしれない サトシはそのときはそう思った 


 2010年8月 夏休みの日常


サキとサトシはよく一緒にいるようになった 

サキは高校2年生でサトシは小学5年生だった 年は7つ違った 

最近は約束もなくサトシはサキの病室にいくことが日課になっていた 

たまにサキの病室にお菓子があった とても美味しいお菓子だった ジャンケンして勝った方が食べるという遊びなどをいくつか二人で開発したりした 

何を話すということはなかった でも楽しかった 


「そのビデオカメラさぁ・・・ちょっと貸してくれない?」


「えっ?なんで?」


二人の時間が一瞬止まった 目が合った サキの表情があのときと一緒になった 


サトシにとってこのビデオカメラはとても大切な特別なものだった 


「貸してくれたら、面白いのを撮ってあげるよ」


サキの表情は引き攣っていたので言葉の意味は素直には受け入れられなかった 


「いいよ」サトシは言った 


「ありがとう じゃあ使い方を教えて」


サキはサトシにぐっと近付いて録画の方法と再生方法を教えてもらった 


 2010年8月 夏休みのお盆


サトシは今日もサキの病室に向かった 

いつもは開いているサキの個室に今日は珍しく鍵が掛かっていて、誰も入れなくなっていた 

サトシは何だろうと思ったが、そのままサキの病室の一番近くにある憩いの場で時間を過ごしていると、やがてサキの病室の扉が開いて大人二人が出てきた 

大人二人はサトシに全然気が付いていない様子だった 

大人のうち一人は屋上で会ったことのあるコジマ先生だった 

もう一人は誰だか分らなかったが余所行きの恰好をした女の人だった 

サトシは大人二人が通り過ぎた後に、サキの様子を見に向かった 

サキはベッドに座って両手を強く握った拳をひざの上にのせて、俯いていた 

長い髪でサキの表情は見えなかった 

サトシはサキに話しかけて良いものかわからず、病室の入り口で黙って立ち止まっていた 

サキはサトシの存在に気付いていた 自分の準備ができるまで待ってくれているサトシに対していつもサキはサトシに感謝していた 

しばらくの沈黙のあとサキからサトシに話しかけた 


「サトシは小遣い制?」


「うん」


「いくら持ってる?」


「300くらい」


「勝った!私は5千円くらい持ってる」


「・・・・」


「今日、私病院から抜け出す 」


「えっ?」


サキとサトシの目が会った 

サキの目は充血していた 鼻水も垂れていた 

サキはうすピンク色の病衣を親指と人差し指でつまみ上げて首をかしげながら笑った 


「これしか持ってないんだけど、恥ずかしいかな?外歩くの 一緒に」


サトシは無表情でサキをみている 何も答えなかった 

サキはサトシにもっと近づくように手招きした 


「こっから出れないかも知れない あいつとお母さんが私をずっとここに閉じ込めようとしてるの 助けてほしい どうしたらいいか分からない サトシ、誰に言えば助けてくれるんだろう」


サキは自分のぬいぐるみを抱くように力強く、気安くサトシを抱きしめた 

サキはいい匂いがした 食べ物ではないいい匂い、食べられないけどいい匂い

小さい頃ビー玉がきれいなので思わず口に入れてしまったことがあったがその時の感情がサトシの中で甦った 

サキは声を殺してサトシのTシャツを力強く握りしめて泣き出した 


 2017年8月 サイコパスと愛想笑い


サトシはこの世界では有名だった 日常目にすることができない過激な映像を動画で配信している 

真っ暗な部屋で自分を映して、冒頭に話したいことを少し話してあとは動画を流すスタイルを続けている 他のインフルエンサーの影響を受けてこの形に納まった 


「こんばんは、オカダサトシです 今日の内容ですが、もう7年も前になりますが精神病の女の人と一緒にいる時期があったんですよ で彼女は自殺を考えていたので彼女の最後の願いを聞いてあげることにしたんですね 」


リアルアイムで視聴している人から続々とコメントが流れてくる 

サトシは流暢に視聴者に語り掛けていて、右から左に流れているコメントをたまに拾いながら視聴者に返答してあげるファンサービスも怠らなかった 


「無料の部分は彼女が屋上から飛び降りる映像まで閲覧できます ちょっと刺激が強いので心臓の弱い方はこのままこのチャンネルをそっと閉じてください 有料部分ではなぜ彼女が自殺をしなければならなかったのかを解説していきます 彼女は自分の病室にビデオカメラを忍ばせて、いわゆる隠し撮りをしたいと僕に行ってきたんですね 当時の僕は何かお化けみたいなものが襲ってくるところを撮影するのかなぁと思ったんですが、映像見たときにお化けどころの騒ぎじゃなくて本当にもうびっくりしてしまったんです 」


どんどんと視聴者数が伸びていく 

みな待ち遠しいというようなコメントが並んだ 


「では7年前に配信した動画を再配信します そのあとにアップグレード情報もありますのでお楽しみください 」


サトシは笑みを浮かべた 真っ暗な部屋でそれはとても不気味に映った 

動画が始まると、一瞬コメントが止まったが一人のコメントを口火にコメント内容が集約していった 

ものすごい美人であること、死ぬのもったいなくないかというコメントとオカダは何をしているんだ早く自殺を止めろというサトシの思惑通りのコメントが流れ続けた 


 2010年8月 パラダイスSNS


「ちゃんと撮れてた?」


サキはすくっと立ち上がって、白いワンピースに付いた砂利と埃をはたいた 


「たぶん」


「サトシのチャンネルで流したらものすごい儲けられるんじゃない?」


サキはニヤニヤしながら意地悪な表情でサトシをみた 


「お父さんの首つりくらいはいくと思う わかんないけど」


サトシはサキにそう答えた 


「これと私が隠し撮りしたコジマの正体を流して、あいつを社会的に抹殺してやろう ついでに母親ともこれを機に親子の縁を切ってやる 」


サキは興奮していた 


「そういえばさあ、この間私を騙したでしょ?」


「えっ?いつ?」


「小遣いの下りだよ」


サキは思い出して顔を赤らめた 


 完





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