猫を愛しすぎた女
猫みたいな女の子。
気がつくと遠くを見ている。
目が大きい。すぐどこかに行ってしまう。そして何より雰囲気が猫っぽい。
きっと彼女の知り合いに「彼女を動物にたとえると?」という質問をしたら「猫」と返ってくるだろう。
彼女を知れば知るほど猫に思えてくる。
猫舌で、昼寝をよくするし、猫まんま好きだし、前世は猫だと思う。
見ていると頭を撫でたくなる。可愛い猫を見ると撫でたくなるような…そんな感じが彼女にはある。
でもたまに怖く感じる。猫を可愛がっている彼女はどことなく。
どこか別の世界の生き物に見える。きっとこんなことを思うのは俺だけ。
でも彼女が猫に笑いかけている時の目が笑っていないように見える。
その瞬間背筋に寒気がする。なぜだかよく分からないけど…。
彼女の存在を知ったのは大学一年生の時。
大学の食堂。うちの大学の食堂は中庭と繋がっていて、眺めがいい。
よく中庭には野良猫が紛れ込む。
食堂で食事をしている時不意に中庭を見ると野良猫が紛れ込んでいた。
野良猫に一人の女の人が近づいた。
なつかないと言われる野良猫がなついている。
むしろ野良猫の方から彼女の方へ近づいてきた。
まるで何かに吸い寄せられるように…。
猫と戯れるなんて微笑ましい風景なのに、なぜか背筋に寒気が。
彼女が猫に微笑みかけているけど、どこか薄気味悪い感じがする。何故だか分からない、分からないけど怖い。
俺のほうに振り返った彼女は凄く可愛い子。少しドキッとした。
「よぉ秀治。ここいいか?」
「おぉ章。いいよ」
「何見てんの?あぁ亜由美ちゃんか。いい子だよな、亜由美ちゃん」
「お前知ってんの?」
彼女の名前は大熊亜由美。
俺と同い年。彼女がいい子言われるのは野良猫を拾っては自分で育てているらしい。
確かにいい子だ。でも何となく猫たちがどうなっているか不安になった。
あの薄気味悪い笑顔のせいで…。
彼女との初接触は中庭。
芸術大学だから中庭でスケッチをしている学生が多い。
俺も中庭で野良猫をスケッチしていた。
動く物をスケッチするのは難しい。猫じゃらしと餌で何とか自分の前にいさすので精一杯。
「この猫をスケッチしているの?」
振り返ると彼女が立っていた。
「あ…うん」
「ふ~ん」
彼女が猫を触ると猫は一番いい顔をする。
でも彼女は怖かった。
きっと周りから見たら彼女は凄くいい笑顔をしているだろうが、俺には笑ってるようには見えない。
猫…いや人を嘲っている。
瞳の奥はどす黒い闇を抱えている。むしろ彼女が闇。
猫に触っていない彼女は凄く可愛い女の子。
誰も彼女のことを怖いと思わない。何で俺だけ…。
「絵見せて」
「あ…どうぞ」
「可愛い…」
あっ…笑った…。
これが彼女の本当の笑顔?可愛い顔だから笑うとさらに可愛い。
こんなに可愛い笑顔をする子がなんであんな怖い笑顔を…。
「これ貰ってもいい?」
「あっ…どうぞ」
それ以来彼女との接触が多くなった。
彼女は本当に可愛いと思う。
朝に弱いから、朝に話しかけても気付いてもらえない。
ジャンプ力がいようにいい。
よく飛び回っている。
こんな言い方をしたら変人と思ってしまうかもしれないが(まぁ実際変人なんだが)そうではない。
うちの大学には段差や塀が多い。
その段差や塀をよく飛び越えている。
普通の道を通ればいいものを…。
彼女が飛んでいる姿は見てしまう。
きっと塀の上を飛び回っている猫を見てしまう感覚なのだろう。
飛んでいる姿が時々猫に見えて、呆気にとられる。
彼女は突然絡んでくる。
大学の図書館でモネの全集を読んでいると、いきなり後ろから
「何読んでんの?」
とにゅっと出てくる。ビビりな俺は
「わっ!!」
と大きな声を出してしまう。
図書館で大声を出すと当然睨まれる。
そんな俺を見てはケラケラと笑う彼女。
この時の彼女は凄く可愛い。
まるで悪戯好きの子どものようだ。
きっとあの怖い笑顔は俺の勘違い何だろう。そう思うようになってきた。
「絵のモデルになってくれない?」
思い切って頼んでみた。
「いいよ」
あっさりOKを貰えた。
これは俺の賭。俺は人物画を描く時変な能力が発揮する。
モデルの本来の姿が見える。
中身がいい人はいくらブサイクでもキレイに見えるし、
身が悪い人はいくらキレイでもブサイクに見える。
これで彼女のことがわかる。
ずっと心に引っかかっていた。
彼女のあの怖い笑顔が。彼女が天使なのか悪魔なのか…。
デッサン当日。
こんなに緊張した日はない。
彼女は椅子に座りスタンバイOK。
キャンバスを置いて深呼吸。
目をつぶって精神統一。
目をあけて彼女を見る。
彼女の笑顔が少しずつ猫を触っているときの笑顔に…。
悪魔だ…。
多くの芸術家たちが思い思いの悪魔を描いてきた。
今まで見てきた悪魔で一番邪悪で、一番恐ろしい。
何で彼女はこんなに恐ろしい悪魔なんだ!?
彼女が悪魔に見えるのは俺の恐怖心がそうさせているのか、彼女が本当に悪魔なのか…。
分からない、分からないけどこんなもの描けない…いや描いてはいけない…こんな悪魔…。
こんなもの描いてはいけない。
こんなもの世に出してはいけない。
息が荒くなってきた…呼吸が苦しい。
そんな俺の異変に気づいた彼女が俺に近づいてきた。
「どうしたの!?大丈夫?」
「触るな!!この悪魔!!」
走って逃げた。
ヒドいことを言ったと思う。
女の子に悪魔だなんて…。
でも悪魔にしか見えなかった。
頭の先から足先まで恐ろしい悪魔。
あの可愛い笑顔の彼女からは想像もつかないような恐ろしい悪魔…。
未だに信じられない。
あんなに可愛い彼女があんなに恐ろしい悪魔だなんて…。
何度も俺の勘違いであって欲しいと思った。
でも俺が人物画を描くときに見た内面は間違ったことがなかった。
それ以来彼女を避けるようになった。
時々脳裏によぎる。
悪魔と言われた時の彼女の悲しそうな顔が…。
雨がさんさんと降ってきたある日。
朝は降っていなかったが急に降り始めた。
参った。傘忘れた。帰れない…。
「入る?」
振り返ると彼女が傘を持って立っていた。
「…遠慮しておく」
正直怖い。あんな恐怖二度と味わいたくない。だって彼女は悪魔…。
「んじゃあどうやって帰るの?」
「…」
「ほら来て」
彼女に手を引かれる形で彼女と相合傘に。
本当はあの悪魔は俺の恐怖心が作った幻だと思いたい。
だって彼女はこんなにも可愛いのに…。
相合傘をしている男女でこんなに無言なのは俺たちぐらいだろう。
彼女はきっと俺に言いたいことは山ほどあるだろうが、何も言わない。
きっと俺から言うのを待っているのだろう。
言うことはもう言った。「悪魔」以外に彼女に言うことはない…。
彼女のマンションに着いた。
「雨止むまでうちで待ってたら?とりあえずタオル貸すからあがって」
彼女に引っ張られる形で彼女の家にお邪魔することに。
女の子の家に入るのは初めて。
少し緊張した。
部屋の中はシンプルな内装。彼女らしい感じ。
「はいタオル。そこに座っていて。今お茶出すから」
すっかり彼女のペースに。
調子が狂う。何で俺に優しくするんだ?
俺はあんなにヒドいことを言ったのに…。
「にゃー」
足下を見ると猫がいた。
この猫どこかで…。
あっ!!俺がデッサンした猫だ!!この猫拾って育てていたんだ…。
やっぱりいい子だ。やっぱりあの悪魔は俺の勘違いか…。
猫をいっぱい拾って育てている噂だけど、他の猫はどこにいるんだろう?
「ピカッ!!ゴロゴロ…」
「にゃあ!!」
猫が雷にびっくりして襖の部屋に逃げてしまった。
「おいっ大丈夫か?」
と言って襖を開けるとおびただしい量の猫の剥製が飾られていた。
ケースに入った猫の剥製が天井まで飾られていた。
よく見ると剥製の猫たちは尻尾が無かったり、目が怪我していたりする。
つまりこの猫たちは…野良猫…。
野良猫の剥製なんて売っている訳がない。
つまりこの剥製は彼女が作った…。
「バレちゃった?」
振り返ると悪魔が立っていた。
「この子たちは私のそばを離れようとしたから、ずーっと一緒にいられるようにしたの。
良かったぁ…美大に入って。
美大に入って剥製の作り方を習って、この子たちを剥製にして
ずっと一緒にいられるようにしたの」
恐怖で足がすくんで立てなかった。
彼女が悪魔に見えた理由が分かった。
彼女は猫を食らう悪魔だ…。
あのときの恐怖…いやあのとき以上の恐怖が俺を襲う。
「く、来るな!」
「最初にあなたに会った時からずっと思っていたの。猫みたいで可愛いて」
「や、止めろ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「みんな新しいお友達よ。ねぇ見て…猫みたいで可愛いでしょ…」
「にゃー」