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4. 薬師の道



 さて、どうしようか。

 

 夕食を終えて、就寝前に安眠効果のあるハーブティを飲みながら考えた。

 アンセルから提案された薬師について。話としては魅力的であることは間違いない。

 何しろ薬師になれば、扱える薬草も増えて豊富な種類を取り扱えるようになる。その分今よりも安価で薬を提供が出来るようになるだろうし、町の人たちのためにもなると思う。


 私が気にしていることはただ一つ、ローラさんのことだ。私が薬師になることで彼女の負担が大きくなってしまうこと。

 私が来る前にはすでに引退を考えてたという話だったから、年々仕事が辛くなっていたのだろう。私が薬師という道を選ぶことによって、どう時間が割かれるかもわからないまま返事をすることは出来ない。


 でも逆に言えば、その懸念さえ取り払われれば話を受ける価値があるということだ。

 アンセルとは三日後に修道院で会う約束をしている。その時に私の答えを聞きたいと言っていたので、私も色々と質問をしてみようと考えた。




 そして当日。

 私は店番をしているローラさんに、帰りが少し遅くなるかもしれないと伝えて出発した。


 修道院に着くと、アンセルはすでに到着していて私を待っていたようだ。

 まずは自分の仕事である礼拝堂の花の入れ替えを済ませ、院長がいるという応接室へと向かう。


「おはようございます。花の入れ替えが終わりました」


 部屋に入ると、エルミン院長とアンセルがソファに座り真剣な顔で話し合っていた。


「おはよう、エマさん。今あなたのことを話していたのよ」


 隣にいたアンセルもおはようと私に声をかけると、院長の隣に座るよう促した。

 言われるがままソファに腰を下ろし、アンセルとテーブルを挟んで対座する。

 この場を院長ではなくアンセルが仕切っている姿を見て、やはり彼は偉い立場の人なのだと改めて実感した。先日のミルと戯れている時の顔と違って、引き締まった表情をしている。


「エマ、薬師について考えてきてくれたかな」

「そのことですが、もっとお話を聞いてから答えを出したいと思っています」


 そして私は花売りと兼業していけるのかということ、仮に兼業できたとしてもローラさんに負担をかけられないという事情を相談した。


「その辺りのことは私からもアンセル様に話してあります。ローラさんのことは私も気掛かりでしたから。それで色々と話し合っていたのですよ」

「うん、僕も君に花売りを辞めてほしいとまでは考えていない。ただその分君の負担が増えてしまうかもしれないが、それを軽減できるようこちらも配慮するつもりだ」


 そして彼は、週に一度訪れる修道院で昼まで実務を含めた勉強してもらうこと。それとは別に薬学の本を提供するので自習をしてもらいたいとのことだった。


「花売りとしてある程度は植物の知識があるようだから、一から学ぶよりも吸収が早いだろう。それがエマに白羽の矢を立てたという理由でもある。急いでいるわけではないから、勉強期間中は今とそれほど変わらない生活を送れるはずだよ」


 確かにそれならば問題はなさそうだ。薬師になるには厳しい勉強と資格が必要だと思っていたことを伝えると、それは王都や商業ギルドのあるような大きい街でのことだと教えてくれた。


「ここのような小さい領地ではそこまで厳格ではないよ。薬師に師事していたか修道院から能力を認められれば、領主の許可だけでその地域で仕事に就くことができる。それからもう一つ、メサイムの薬師には新しい環境を提供することも考えているんだ」

「新しい環境ですか?」

「うん。メサイムのすぐ近くにクイード家所有の家がある。その庭を解放して新たな植物園を作ることを考えているんだ。それなら修道院に通わなくてもそれなりの種類の薬草を育てられるだろうし、時間を有効に使えると思う」


 町から少し離れた場所に大きな家が建っているのは知っている。もしその家だとしたら歩く時間も省かれるし、良い案に思えた。

 私としては、ローラさんの身体の負担となる花摘みと修道院通い、それから店の開店と片付けさえ自分が引き受けられるなら問題はない。


「そういうお話でしたら、私も是非お受けしたいと思います。……それにしても随分と具体的に考えていたのですね」

「君に話を持ち込む以前から、新しい薬師を求めて考えていたからね。町や村を見て回っていると、どうも目が行き届いていないような……いやごめん、今のは忘れて」


 少し顔をしかめてその話を切り上げた。それからは私が話を受け入れたことにより、薬師になるまでの計画を三人で話しあった。




「彼、とても真面目な青年でしょう?」


 エルミン院長は、話を終えて帰っていったアンセルについてそう語った。


「今までこの修道院には、クイード家に仕える役人しかお見えにならなかったの。それも月に一度の経理報告の時だけで、活動内容はあまり気にされていなかった。それが三か月前にアンセル様が王都から戻られてからは、修道院だけでなく町や村にも出向いて現状を見て回っているらしいわ。まだ自由が利く身であるから出来ることなのでしょうけれど、若い情熱に溢れている方なのですよ」


 エルミン院長が褒めているのできっと良い人なのだろう。私自身も彼に対して悪い印象は持っていない。


「すべては領主様次第とはいえ、彼が正式に領主代理人となれば色々と改善されていくかもしれませんね」


 私にはあまりピンとこなかったけれど、エルミン院長にはこれまでのことに何かしら思う所があったようだ。

 私はメサイムの町と、この修道院のことしか知らない。領内にはメサイムより栄えた町もあるらしいけれど、ひっそりと変わらない毎日を過ごしたい私には必要としない場所だ。


「エルミン院長。これからは薬学でもお世話になりますが、よろしくお願いします」

「こちらこそ。是非勉強を頑張って、たくさんのことを覚えてね」


 そうして、私の薬師への道が開かれることになった。



 


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