39. 丘の上の本営
月明かりの下、闇夜の中を馬が駆けてゆく。
程なくして辿り着いた所は、公爵邸から少し離れた小高い丘の上。
そこには百人あまりの兵士が揃えられ、公爵邸とその周辺の全体を眺められる場所だった。
その最奥に、重装備の騎士に囲まれた男が一人座っていた。
「王弟殿下にご報告に参りました。ただいまアンセル・クイードという者が後方部隊の前に現れ、アルト民『エマ』を名乗る女性の保護を求めにきました。現在アンセル・クイードは捕縛し、第三隊長の命令により女性を連行いたしました」
兵士は馬から私を降ろし、王弟殿下と呼んだ男の前で挨拶をした。
「王弟、殿下……」
私はその言葉に驚いて、どう振る舞えばいいのか分からず祈るように両手を組んで頭を下げた。
「そなたが『エマ』か。魔法院から姿を消したという」
「はい」
それ以上話すと無礼になりそうなので、言葉少なに答える。
「話は聞いている。ではこの女性をルヴィア・ステラード嬢のもとまで案内せよ」
「ルヴィアさんはここにいるのですか?」
思わず彼女の名前を聞いて、つい口を開いてしまった。アンセルは邸内から姿を消したと言っていたけれど、無事に脱出していたということだったのか。
王弟は気を悪くした様子もなく、後ろの馬車の中で休んでいると答えくれた。まずは彼女の無事が確認できてほっとする。
そのルヴィアに会わせるというので、すぐ近くに停めてある馬車まで連れて行かれた。幾人か兵士に守られている馬車の中に案内される。
「お久しぶり、エマさん」
顔を見せると、以前と変わらないルヴィアが座っていた。魔法院を出てから約二週間。やつれている様子などは今のところ見えない。
相変わらず美しく微笑む彼女を見て、やっと味方の所に戻ってきたのだと実感した。
「王弟殿下には、彼女は間違いなく魔法院で保護していたエマだと伝えて。このまま少しお話をさせてね」
ルヴィアはそういって連れてきた兵士を戻し、私に座るよう促した。
「アンセルから、ルヴィアさんの姿が消えたと聞きました。すでに逃げられていたんですね」
「オスガルと……ああ、その人はリゼルのお兄さんなのだけれど、彼と一緒にね。私を脱出させられる準備をしてくれていたから、すんなりと逃げられたわ。……実はあなたが公爵邸の牢にいたことを、ここに着いてから知らされたの。オスガルはあえて私に話さなかったみたい。でも、あなたも無事で良かった。アンセル君に助けられたのよね?」
「はい。でも……そのオスガルさんは今どこに?」
そう聞いて気になった。アンセルが捕縛されたということは、公爵の騎士だったお兄さんも例外ではないはずだ。そう思って尋ねると、ルヴィアは軽く目を伏せた。
「今は捕えられているわ。公爵家に仕える騎士だもの。何もなく放免するわけないのよ」
「でも、お兄さんやアンセルが排斥派側の貴族に仕えていながら、こうして私たちの味方をしてくれています。それを訴えても駄目なのですか?」
「もちろんそれは私も伝えたわ、魔法院側の内通者として働いていたって。でもそれはあくまでリゼルとの間の話であって、国王陛下には関係がないの。それに、クイード家も排斥派にいるのだから、余計に面倒なことになるわ」
「でも、それでは……」
やっと、アンセルと会えたというのに。どうしてこんなに上手くいかないのだろう。
そう思うと、涙が滲んでくる。
「後はリゼルに任せましょう。彼はクイード家の人間ではあるけれど、排斥派と対立する王立魔法院の魔修士でもあるわ。それに私にもステラード家総領の姪という肩書がある。この国がアルトの支持を表明したなら、私の発言を無視しないと信じたい」
そう言いながら、わずかに顔を曇らせている。それほど難しい話なのだろうか。私は貴族社会のことをよく知らないけれど、国王の味方というだけでは許されないの?
「あの二人は、きっとそれを承知の上で私たちを助けていると思うの。最悪の事も覚悟して王国軍の前に出て行ったはず。だから私は、彼らの為に出来るかぎりのことをするつもりよ。それはエマさんも同じよね」
私は大きく頷き、二人のために力になりたいと強く訴えた。
◇
◇
◇
あの波乱の一夜が明け、公爵邸を制圧したという報告がされてから、私とルヴィアだけが王都に戻されることになった。
結局アンセルたちがどうなったのかわからないまま、馬車に乗せられて公爵領を後にする。
捕虜となった二人のことが心配で気が休まらずにいたけれど、ルヴィアは別のことに考えていたらしい。
「そういえば今回のことって、リゼルはどこまで考えていたのかしら」
呟くようにそう話す彼女に、私も気になって同調する。
「以前の話では、リゼル様は王様に白黒を付けさせたいと思っていたのですよね? それで王国軍が来てくれたのではないですか?」
「ああ、……そうね。あなたはまだ今の状況がわかっていないわよね」
頷いてから、何も把握できていない私に説明をしてくれた。
「実はね、昨日の朝、諸侯を集めて国王陛下が大変なことを仰ったらしいわ。それは、ラダクール王国とセダ王国が連合王国になったというもの。これほどの規模の話に、リゼルの思惑が絡むとはとても考えられない。でも、その兆候は捉えていたのかしら。どこまで彼が考えていたのか私も分からなくて」
そういえば、私を助けてくれた看守がそんなことを言っていたことを言っていた。でも連合王国って、つまり二つの国が一つの大きな国になるということでいいのだろうか?
「だとしたら、王様は初めから私たちアルト民の味方だったということなんでしょうか」
「私も、何がどうなっているのかさっぱり。陛下とはこの国に来たとき以来お会いしていないから、何とも言いようがないわ。でも、これまでの話に間違いがなければ相当なこと。しかもここまで周囲に悟られることがなかったようだから、余程慎重に進められていたようね。手紙や密使のやりとりだけで合意に至ったのだとしたら、かなりの時間をかけたのだと想像がつくわ」
では、ルヴィアが公爵についていった決意や、アンセルたちのこれまでのこうどはすべて無駄だったということなのだろうか。
今の話を聞く限り、早い段階で国王の意志は固まっていたように思える。
捕えられたアンセルの姿を思い出して、複雑な気持ちになった。
「王都に戻れば、きっと色々とわかるはずよ。まずは帰ってから考えましょう」
私を励ますように、ルヴィアは明るく語りかけてくれた。




