38. 排斥派との決別【アンセルside】
大広間から出てきたフィリオ伯爵の顔は、やつれたように生気を失い蒼白になっていた。
外で待機していたアンセルは、その時点では何が語られたのかを知らない。しかし絞り出されたように聞かされた内容は、連合王国の樹立という、新たな歴史が刻まれたものだった。
(これはどういうことだ?)
アンセルは混乱する。この急転直下の展開は、きっと誰も予想ができなかっただろう。
これは兄が仕掛けたものではない。他国と盟約を交わすとなれば、長期にわたって綿密な調整が行われていたはずだ。たかが子爵家の三男、魔法院では中位に属する魔修士の彼に、そこへ介入する余地などあるはずもない。
周囲を見渡せば、動揺しているのはフィリオ伯爵や父である子爵を含めた一部の貴族だけだと気付く。
それに対して他の有力貴族たちは、動揺することなく落ち着いた様子を見せており、すでに根回しをされていたのだと察した。
これは、排斥派貴族への明確な決別宣言だ。国王がはっきりと立場を示したことによって、排斥派の貴族たちは身の振り方を考えなくてはならなくなった。
王宮から伯爵邸に戻る馬車の中で、フィリオ伯爵は頭を抱えて苛立ちを隠そうともしなかった。
そして邸につくなり、伯爵領にいる領主代理と公爵のもとへ使いを走らせるよう周囲に命じた。領主代理には、兵を集めていつでも出兵できる準備をしておくよう伝令を出し、そして公爵領には今朝の内容と援軍を出す旨を報告するよう使者を送ると。
そして、公爵への使者にはアンセルが名乗りを上げた。
侍従補佐という動かしやすい立場にあり、若く体力もある。そう申し出てみたら、伯爵は頷いてすぐに向かうよう命じた。
アンセルは簡素に身支度を整え、すぐに王都を後にする。
馬を走らせ、公爵領へと急いだ
◇
「フィリオ伯爵の侍従補佐、アンセル・クイードと申します。今朝方、国王陛下から重大な布告があり、そのご報告とフィリオ伯爵の意向をお伝えに参りました」
早々に駆けつけたつもりだったが、それよりも先に公爵直属の使者が到着していたらしい。邸内はすでに騒然となり、公爵自身も焦りを隠せない様子だった。
それでも他の貴族の使いが続けて到着すると、公爵は少しずつ落ち着きを取り戻した。今も公爵を支持する貴族がいたことを安心したのだろう。
公爵はアンセルを含めた使者たちに、すぐに援軍の用意をするよう言い渡した。そして彼らがそれぞれの主人のもとへ帰っていく中で、アンセルは帰るふりをして邸内に残る。
上着を脱いで適当な場所に隠し、不安気な様子の使用人たちに紛れた。
使者として名乗りを上げた時点で、アンセルは伯爵邸に戻るつもりなどなかった。フィリオ伯爵とはそれが最後、決別したつもりでここに来ている。
「ルヴィアはどこへ行った、警護兵は何をしている!」
夕刻に空が色付き始めた頃、アンセルは公爵が邸内を歩き回って騒ぐ様子を目にした。
その頃にはすでに多くの人々が往来し、各々の連絡や配置の移動で入り乱れ雑然とした状況だ。アンセルが隠れ紛れていても不審に思う者はいなかった。
「オ、オスガル様が公爵様がお呼びだと言って、先程お連れになられましたが」
「オスガル? あれにはそんな役割など与えておらん!」
「しかし、ハイラドの公爵様の領地へ急遽移動なさると仰られていましたが……」
「そうだ、その為にルヴィアを探している。しかしそれならば、なぜオスガルとルヴィアが見つからんのだ」
公爵は混乱したように喚く。
ハイラドの公爵領、それを聞いてアンセルは状況を察した。公爵はこの地以外にも大小合わせたいくつかの領地を持っている。その内の一つに、ガルダンと隣接するハイラドという辺境地があった。
そこへルヴィアとエマを移すという計画は以前から聞かされていたが、どうやら焦って前倒しで送り出そうとしたらしい。
公爵と同様にオスガルを探していたアンセルは、それらのやりとりを目にして、兄が動き出したのだと理解した。
もしかしたら、ルヴィアはもうこの邸内にはいないかもしれない。
しかしエマはどうなった? 公爵の口からは何も語られていない。今も塔の牢に閉じ込められているのか、それとも一緒に逃げたのか分からない。
今は人気のない塔に行くのは目立ちすぎるため、もう少し辺りが暗くなってから探しに行くことにした。
そんな時、どこからともなく声が聞こえた。
王国軍の兵がすぐ近くまで来ていると。
それが事実だとしたら、あまりにも到着が早すぎる。つまり今朝のことは、すべての準備を整えてから宣言をしたということだ。始めから公爵が退かないことを想定した上で、軍を向かわせてた。
それはアンセルにとって朗報だった。この国がアルト支援国となった今、エマは確実に助けられる。まだこの場に残っているなら、早くその身を保護して公爵邸から脱出させなければならない。
そんなことを考えていると、またすぐに別の話が舞い込んできた。それは、伯爵がハイラドに撤退を始めたという内容。
ここまで王国側が進軍していることに慄いたのだろう。こちらは兵の数が整わず、援軍は見込めてもまだ数日はかかる状況。
こうなっては公爵の選ぶ道は限られていた。排斥派の旗を降ろし国王の決定に従うか、この場を一度撤退し、態勢を立て直してから応戦するか。
おそらくハイラドに向かったのは、ガルダンの援護を期待してのことだろう。
それならば、もう隠れる必要はなかった。
アンセルは隠していた上着を取りに行き、再び着衣してから塔の方へと向かう。そして周囲にいる者たちに身分を明かた。
「フィリオ伯爵から遣わされた、アンセル・クイードです。公爵から応援要請があり微力ながら協力しています」
統率されている騎士や兵士には近づかず、なるべく不審に思われないよう地位の低い警備兵や使用人たちに話しかけた。
「ここにエマという捕らわれた魔女がいるはずです。公爵様から、その魔女を人質にするよう命じらました。彼女を牢から連れ出し、騎士長の元へ連れていくので鍵を渡してほしいのですが」
その場で少しばかりざわついて、こちらを窺う様子を見せている。話が強引だったか、と冷や汗をかいていると一人の警備兵が話しかけてきた。
「アンセル・クイード様……ああ、近衛のクイード中隊長の身内の方ですね」
「彼は私の兄です。とにかく今は緊急を要しています、できれば早く」
そう伝えていると、外から大きな破裂音が響き渡った。火が放たれたのか、窓から見える庭が徐々に灯りが広がっている。
「なんということだ」
「この館も焼かれるぞ!」
突然の轟音で、外の異変に気付いた警備兵や使用人たちが激しくうろたえ始めた。門を突破した王国軍がなだれ込んでくる様子に、やっと危機が迫っていると理解してきたようだ。
しかしアンセルはそれらに構っている暇はなかった。まだエマがここにいるならば、本当に人質として引きずり出されてもおかしくない。まずはエマがここに残されているのかを確かめないといけない。
「早く、牢の鍵を!」
「看守が鍵を持っているはずです、向かいましょう」
焦りをみせた警護兵は、アンセルに言われるまま塔の詰所に案内した。しかしそこには誰もいなかった。
「……看守の姿がありません。この状況なので、持ち場を離れたのかもしれません」
「鍵は?」
「この中にも予備が保管されているはずですが、それも見当たりません」
警護兵が中を確認して焦りをみせる。
「わかりました。あなたは一度邸内に戻って看守を探してきてください。私も周辺を見てみます」
そう言って警護兵に看守を探させているうちに、アンセルは塔の上へと上がっていった。
長い階段を駆け上がり、牢のある場所にたどり着く。しかし目の前には、扉が開いてもぬけの殻になった空間があるだけだった。
これは、オスガルがエマを連れて逃げたと見ていいのか? それともすでに公爵の兵士に連れて行かれたか?
この空の状況をどう捉えればいいのか分からずに、戸惑うしかなかった。
助けられていればそれでいい。しかし、もしそうでなかったら。嫌な考えが頭に浮かび、居ても立ってもいられずに塔を飛び出た。
暗闇の中に目を凝らし、周辺を探す。もしそれで見つからなければ、意を決して公爵兵の前に姿を現すつもりだった。
初めは塔周辺、そして建物沿いに人の影を探しながら走った。
そして、見つけた。
警備兵に腕を掴まれ、抵抗するエマの姿。逃れようともがいている彼女に、警備兵が手を振り上げた瞬間に駆け出した。
「このまま彼女を見逃すなら、命までは取りません」
警備兵の腕を叩き払い、体当りで倒れ込んだところで剣を突きつけ、そう告げる。
逃げ出した警備兵を見送り、立ちすくむエマを振り返った。
やっと会えたけれど、正面から顔を見ることができなかった。
「エマ、ごめんね」
この手で、フィリオ伯爵領に引き渡した。そのせいで酷く辛い思いをさせてしまった。たくさん謝りたい気持ちがあるというのに、今はそれだけしか言えない。
再会を果たしてから、オスガルに教えてもらっていた秘密の地下道を目指した。警備兵の追っ手はないようだから、エマの歩調に合わせて脱出を図る。地下道を抜け、林を通り、そして王国軍を見つけることができた。
そこまで行けたら、エマは守られる。
アンセルはやっと、自分の役目を果たすことができて満足した。後は彼らに任せよう。
「待ってください、アンセルは敵ではありません! 魔法院にはリゼルという彼の兄がいて……」
自分の捕縛命令が下されたとき、エマは必死に庇おうとしてくれた。しかし、アンセルはその気持ちに対して申し訳なく思う。
王国軍に身を晒せば、こうなることはわかっていた。クイード家の四男としてフィリオ伯爵に仕え、その指示により公爵に付いていたのだから当然だ。
それに、こうなったからにはクイード家の行く末もどうなるかわからない。
エマの、一緒に帰りたいという希望は叶えてあげられないかもしれない。
それでもエマが平穏に幸せに生きていけるなら、それでいいと心から思っていた。




