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36. 波乱の中の再会



 放たれた灯火は塔まで届かず、夜暗の中を目立たずに移動することができた。看守の言うとおり人が手薄になっているのか、今のところ誰にも会うことなく裏手に回りこむ。


 塀に沿って歩きながら、改めて大きな館を見上げた。看守から聞いた話では、ルヴィアはここのどこかにいるらしい。

 彼女は今どうしている?

 そしてアンセルは?

 二人のことが気掛かりだったけれど、まずは出口となる裏門を探し続ける。

   

 そうして慎重に歩いていると、前方で人々が怒鳴り合う声が聞こえた。一瞬兵士かと身構えたけれど、男女入り混じった声はどうやら使用人のようだった。逃げようとする彼らを警備兵が押し戻しているようで、喧嘩のようなやりとりをしている。


 ということは、もしかしたらあの辺りが裏門なのかもしれない。

 でも、そうだとしたら逃げ出すのは無理だ。たしかに警備の目は薄いようだけれど、これではとても近付けない。


 このまましばらく身を隠す?

 とはいえ、争いがどこまで及ぶかわからない状況で、長くこの場に居続けるのは危険な気がする。今は正面側に集中しているけれど、いずれはこちらまで火が回る可能性だってある。


 私には兵士の見分けなんてつかないし、乱戦の中に飛び込む勇気もないから、王国軍に助けを求めることもできない。

 そう考えると、どこかで隙を見つけるしかなさそうだ。

 

 

 目の前で揉めている彼らに見つからないよう、ゆっくりと引き返すことにした。

 裏門の他に、塀の外に出られる場所はないか。塀を登れるような場所でも、崩れて開いた穴でもなんでもいい。


 闇に目を凝らして手探りで見て回っていると、塀の石が大きくズレて飛び出している箇所を見つけた。これを足掛かりにして、どうにかよじ登れないだろうか。

 そう思って塀に顔を近付け立ち止まっていると、突然背後から冷えきった声が降ってくる。



「そこで何をしている?」


 兵士が私を見下ろしていた。

 思わず顔を強張らせ、息を呑む。そしてその格好が警備兵だと気付いて血の気が引いた。とうとう見つかってしまった。

 返事を言い淀んでいると、兵士が「ん?」と首をひねる。


「お前、王都から連れてこられたアルトの女だな。どうしてこんなところに」


 兵士は私の腕を強く掴むと、先程の裏門の方へ歩き出した。そっちにはまた別の警備兵がいたところだ。

 そこで囲まれたらもう逃げられない。私は慌てて腕を振り払おうともがいたけれど、男の手から逃れることはできなかった。


「暴れるな!」


 警備兵が手を振り上げるのを見て、咄嗟に身を竦ませて目を瞑る。

 しかし、それは待ちかまえていても振り下ろされることはなかった。急に掴まれていた手が離れたかと思うと、何かが強くぶつかったような音がした。


 何が起きたのか分からなくて、恐る恐る目を開ける。すると、そこには横倒れになった兵士と、それに剣を向けて立っている男がいた。


「ど、どうしてあなたが……」

「今すぐこの場を立ち去ってください」


 落ち着いているけれど、有無を言わさない言葉が耳に届く。

 その声を聞いて、体が震えた。顔も見えず後ろ姿だったけれど、私には懐かしい見慣れたシルエット。


「公爵を裏切る気なのですか! ……いや、まさか初めから? ルヴィア様の姿が見えないのも、もしかして」

「このまま彼女を見逃すなら、命までは取りません」


 剣を兵士の首元に突きつけたまま、彼は冷たく硬い声で伝えた。


「わ、わかった。わかりました」


 兵士は上ずった声でそう言うと、仲間の兵士の元へ走っていった。




「アンセ……」


 目の前に彼がいることが信じられなくて、名前を呼ぼうとしても最後まで言えなかった。

 剣を降ろし振り向いた彼は、辛そうな顔をしたままぎこちない笑みを浮かべる。


「エマ、ごめんね」


 どうして謝っているの、何を謝っているの。

 わからなかったけれど、気が付けば涙が流れていた。やっと彼に会えたというのに、上手く喋れない。


「ずっと、アンセルに会いたかった。メサイムに一緒に帰りたかったよ」


 それだけを言葉にすると、彼は剣を納めて私に近寄り、励ますようにそっと背中に触れた。


「もう大丈夫だから、ここから逃げよう」


 アンセルがそう言って、私の手を引いた。

 人目を気にすることなく本邸の使用人玄関のような所へ向かうと、迷わずに中へ入っていく。

 外に逃げるのかと思ったら、まさか建物の中に戻るのでびっくりした。


「公爵様がいなくなったって本当かい?」

「ねぇ、あたしたちはどうなるのさ」

「騎士や兵士たちが戦ってくれているんだ、どうにかなるさ」


 使用人たちが不安そうに語っている横をすり抜け、導かれるままについていく。そして階段を下った先に、地下倉庫のような場所に辿り着いた。


「この奥にある隠し扉から地下道に出る。明かりがこれだけしかないから足元に気を付けて」


 そう言うとアンセルは火のついていないランタンを見せる。そして奥の棚の前に立つと、それを横に滑らせた。

 目の前にはぽっかりと開いた穴が現れ、その中に入るよう促される。二人で真っ暗な穴に足を踏み入れると、アンセルが持っていたランタンが突然明るく灯ったので、思わず小さな声を上げてしまった。


「ああ、ごめん。魔法院にいたエマなら分かると思うけど、これも魔法で灯しているんだ」

「突然だったからびっくりした。――ねぇ、あの館に残っている人たちはどうなるの?」


 上のいざこざになど関わっていない使用人たちの怯える姿を見て、気になって尋ねてみた。私を助けてくれた看守の人も、どうか無事でいて欲しい。


「相手は王国軍だから大丈夫だと思う。公爵領の領民ではあるけれど、それは国の民でもあるわけだから。無駄な殺生はしないはずだ」


 厳しい表情のまま、アンセルが言葉少なに答えた。本当はもっとたくさん聞きたいことがあったけれど、今は逃げることを最優先にして、狭く暗い通路を通り抜けることに集中した。



 やがて、それほど時間もかからずに出口らしき場所に到着することができた。

 アンセルはそこで足を止めて、ランタンの火を消し周囲を見渡す。ここはどうやら、木に囲まれた林の中のようだった。

 一見するとただの洞穴のような出口。来た道の方向を振り返ってみると、木立の隙間からは赤く染まる公爵邸が小さく見えた。


「エマ、こっち」


 繋いだ手を離さず、再び歩き出した。少し余裕が生まれたのか、足を進めながらアンセルが口を開いた。


「実は今朝、国王陛下からこの国がアルト支援国になることを宣言された。でもまさか、今日のうちに王国軍がここまで来るなんて思わなかった」

「それ、私を牢から出してくれた看守の人から聞いたわ。本当なの?」

「看守?」


 アンセルは一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに質問に答えてくれた。


「そう。そしてその知らせを受けて、公爵は館を脱出している。だからあの場で戦っている兵士は、足止めの時間稼ぎでしかない」

「まさか、皆を見捨てて逃げたというの?」

「それも兵士の仕事なんだ」

「そんな……」


 あまりの無情さに、私は声を失う。当の本人はここにいないのに、戦いが続くなんて。


「初めは公爵も兵を集めて、抗戦の姿勢を見せていた。フィリオ伯爵を含め、公爵を支持する貴族は援軍を用意していたしね。でも王国軍がすでに間近に迫っていたこと、それからルヴィア様が館から消えたことを知って、公爵は撤退の道を選んだ。今はガルダンに隣接する辺境地へ向かっているらしい」

「ということは、もしかしたらガルダンと戦争になるかもしれないということ?」

「それはわからない。ガルダンと公爵の出方次第では、そうなる可能性もあるけど…」


 周囲の気配を探るように注意を払いながら、アンセルは静かに話を続けた。

 それにルヴィアが消えたという話も気になる。私がそれを尋ねようと口を開いたところで、アンセルが声を上げた。


「王国軍だ」


 思ったよりも小さな林だったらしく、視界が開けた先には集団らしき人影が映る。


「エマ、もう少しだ。頑張って」

「うん」


 そこからは歩を速めて、二人で目の前の人たちの元へ向かった。徐々に行く先がはっきり見えてくると、多くの兵がその場に待機していることがわかる。

 王国軍だから大丈夫だと信じようとしても、兵士を前にすると恐怖心が頭をもたげる。

 不安な気持ちのまま手を引かれて近付いていくと、数人の兵士が前に立ち塞がってこちらに剣を向けた。


「誰だ!」

「私はフィリオ伯爵の近侍補佐、アンセル・クイードと申します。勝手ながら、サンベルグ公爵に捕らわれていたアルト民『エマ』を救出し、王国軍へ保護を求めるため脱出して参りました」


 アンセルは右手を胸に置き、大きな声でそう告げる。

 しかし兵士は剣を降ろさず、そのまま前方まで歩くよう指示を出す。

 先頭まで歩かされると、兵士から隊長と呼ばれた人が私たちを迎える。


「――クイード子爵の息子か。そして隣の女性は魔法院から姿を消した『エマ』……。危険を顧みず、ここまで案内したことは評価しよう。しかしフィリオ伯爵の家臣である君は、ここで捕虜にさせてもらう。そして彼女が『エマ』本人であるかも確認しなければならん」

「はい、私は王国軍に従います。とにかくエマを……彼女を安全な場所へお願いします」


 隊長の厳しい言葉とアンセルの覚悟を決めたような答えに、嫌な予感がして声を上げた。


「待ってください、アンセルは敵ではありません! 魔法院にはリゼルという彼の兄がいて……」

「今はそういう話をしていない」


 響くような低い声で話を遮られ、そしてすぐに近くの兵士一人に指示を出した。


「この女性を今すぐ殿下の元へ送り届けてくれ。それで真贋がわかるだろう」


 兵士は隊長に従い、近くにいた馬に私を乗せようと抱え上げようとする。それに抵抗しながら、私は必死に訴えた。


「お願いします、どうか彼に酷いことをしないで」

「僕は大丈夫だから……きっと行く先にはルヴィア様が待っている。だから馬に乗って行って」


 アンセルの切実な声に、私は後ろ髪を引かれる思いで馬に跨った。兵士も同様に私の背後に跨ると、両腕で私を支えるようにして手綱を握り、夜の草原を駆け出した。




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