34. 塔の牢
小刻みに揺れる馬車の中で、私は身動きもせずに沈黙していた。
兵士に囲まれ、人生で二度目となる捕縛にただ黙って従っている。
カーラの思わぬ裏切りに動揺はしたけれど、今までのことを振り返れば納得している自分がいる。
あの時の、私を見下した視線と言葉。それを目の当たりにして、なぜ彼女が私を嫌っているのかをようやく理解した。
どう見ても私より教養があり、洗練されていたカーラ。礼儀も分からない田舎娘の世話係をするなんて耐えられなかったのかもしれない。
フジムでもメサイムでも、周囲の人たちに身分差なんてなかったから、複雑な立場の違いなど考えたこともなかった。そんな私の無知と鈍感さが、もしかしたら彼女を傷つけ苛立たせたのだろうかと振り返る。
(だけど、ここまでされる覚えはないけどね!)
そう思って強く憤る。私だってカーラに対して気を遣ってきた。上だとか下だとか意識もしていなかったから、自分にできる範囲のことはやろうとしてきた。世話になりっぱなしという環境に慣れず、彼女の上に立つなんていう発想もなかった。
でもカーラの言い分では、私の保護そのものが気に食わなかったのかもしれない。
そんなことをつらつらと考えていたら、沸々と怒りがこみ上げてきた。本来の性分の負けん気が頭をもたげ、へこたれるもんかと振るい立つ。
伯爵領に連れて行かれたときと違って、今の私は気持ちが沈んでなどいなかった。何もわからなかったあの時とは異なり、今はすべてを知った味方もいる。
同じアルト出身のルヴィア、魔法院にいるリゼル。それに彼の話を信じれば、アンセルだって――きっと。
馬車はやがて王都の城壁を抜け、見知らぬ地へと進んでいった。暗闇に目が慣れてからは、なるべく周囲の特徴を目に焼き付けるよう意識する。もし逃げる機会があるとしたら、方向を見失わないためだ。
そして案の定、移動には長い時間が掛かるようだった。兵士たちは交代で仮眠をとりながら、所々で休息を挟み長い道を進んでいく。深夜だと思われる時間にも走り続け、やがて外の景色が白んできたことに気が付いた。
メサイムにいた頃は当たり前のように眺めた夜明け。緊張と興奮のせいか、眠気に襲われることなく一夜を過ごしてしまった。
それから馬車はさらに進み、点在する村や町が幌の後ろに見えるようになってきた。それから程なくして、馬車は目的地へ辿り着いたようだった。
停められた馬車の中でしばらく待たされていると、急に忙しなくなった兵士から「降りろ」と命令された。そしてそびえ立つ塔の前まで連れて行かれる。
見上げると、それは城と言ってもいいような大きな館の端にある塔だとわかった。
ここが、公爵の邸宅なのだろうか?
辺りを見渡すと、他の幌馬車は離れた場所に停められていることに気が付いた。そして、ルヴィアとアンセルが乗っていたであろう高級そうな馬車も、遠く離れた場所にある。
そう観察できたのも束の間、私はすぐに兵士に腕を掴まれ、塔の中へと連れられていった。長い階段を上ると、左右と前方に鉄柵と石で仕切られた牢が三つある。そのどれもが空で、正面の一つに放り込まれて鍵をかけられた。
人生で二度目となる投獄に、乾いた笑いが込み上げそうになる。
十三歳のあの日まで、何の変哲もないありふれた毎日を送る普通の子供だったはずなのに。なかなか波乱万丈な人生だと、ちょっと呆れて笑えてしまう。
でも、こうして振り返られるくらいには心に余裕を持っていた。慣れもあるだろうし、自分は一人じゃないという気持ちがあるからかもしれない。
私は気を取り直して周囲の環境に目を向けてみた。
小さな牢だけれど、あのフィリオ伯爵邸の地下牢と違って随分と清潔に見える。じめじめとした湿気もなく、床には砂埃さえない。それに、新しいものと思われる簡易的なベッドも置かれていて、それだけでも十分に恵まれているように思える。
手の届かない高い場所には小さな窓があり、そこからは陽が明るく差し込んでいる。少なくとも、時間の経過がわかるだけでもありがたかった。
私は誰もいない牢の中でベッドに腰掛けた。日光が入るせいか暖かく、そういえばもう春が近いのかと暢気に思いを馳せた。
あのままメサイムにいられたら、そろそろ薬屋を開店させられた時期だろう。
そう思うと、少し悲しく寂しい。
なんとなくクロークを脱ぐ気にならず、そのまま身を包むように開いた前を手で閉じた。




