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32. 裏切り



 ルヴィアの決断によって。話はあっさりと終わることになった。

 公爵の騎士に連れられ、魔法院を後にするルヴィアの後ろ姿を見送る。彼女は花園(かえん)で相手側に乗る計画だと話していたけれど、本当にこれで良かったのかと不安になった。


 公爵たちが立ち去った後、総院長がその場にいた人たちに指示を出した。一部には公爵の後を追わせ、そしてすぐにこの場で魔導士たちによる緊急会議を開くことを告げる。

 そして周囲が慌ただしく動き出したことで、私は弾かれたようにリゼルに駆け寄った。


「リゼル様、本当にこれで良かったのですか? 私……」


 そう言いかけると、リゼルはさりげなく人差し指を口に当て、しゃべらない仕草を見せた。そして、魔導総院長に声を掛ける。


「エマを部屋に帰してもよろしいでしょうか」

「ああ……そうしてくれ。そしてお前にも確認したいことがある、送り届けたら速やかに戻るように」

「承知しました」


 リゼルは軽く礼をすると、私を連れて総院長室を後にした。




「ルヴィアから話は聞いただろう? これでいいんだ」


 公爵の兵が立ち去った後の、ガランとした廊下を歩きながらひっそりと私に話しかける。


「でも、あの様子では」

「さっき、私を怒鳴りつけた男がいただろう。彼も言っていた通り、あれは私の兄でね。情報を流してくれた張本人でもある」

「えっ」


 リゼルがサンベルグ公爵の計画を知ることになったのは、公爵筋から手に入れたとルヴィアが言っていた。それがお兄さんだったということか。

 あの場面では二人は完全に対立しているように見えたけれど、実は裏では繋がっていたと知ってほっとした。


 でも思えば、家族間で情報が漏れることはありえそうなことだ。公爵は、そのあたりの危機感を持たないのだろうか?


「公爵の言葉の通り、私はクイード家の異端児だ。父親である子爵は排斥派側の貴族で、当然長兄と二男そしてアンセルもそちら側についている。あくまで私一人だけが変人だから、警戒するに値しないと考えているのだろう」


 まるで私の思いを読んだように、リゼルは話を続けた。


「クイード家がさほど力を持たない小貴族であることも幸いしているんだろう。それに、はみ出し者の弟のために、公爵の騎士が裏切り行為をすると普通は考えない」


 そう話す彼は、いつもと変わらない様子だ。

 でもそれとは別に、私は魔法院に対してもちょっとだけ不信感が芽生えた。

 公爵の言い分を聞けば、私を保護したことは魔法院による敵対行為ともとれる。それに対する報復を恐れなかったのだろうか。


 そんな疑問をぶつけてみると、リゼルは少し気まずそうに顔を逸らした。


「まあ、それに関しては私や兄が焚き付けたところがあるから。だから魔法院が浅はかだったとは私は言えない。これ以上は、君が不快になるかもしれないから言わずにおくけれど」

 

 彼の中では、これも予定通りなのだろうか。その内容は知る由もないけれど、私は連れて行かれたルヴィアと、そしてアンセルのことが気になってしかたがなかった。

 だから思いきって聞いてみた。


「リゼル様。実はここに来る前にアンセルに似た人を見たんです。騒動に気が付いて窓の外を見たら、彼にそっくりな人がいて……彼は今、王都にいるのですか?」

「アンセル?……ああ、あいつは今、父のところへ一度戻ってフィリオ伯爵家に仕えることになったよ。ここに来ることは聞いていないが、伯爵に協力を求めていたら可能性はあるかもしれないな」


 フィリオ伯爵? さらりと出たリゼルの言葉が、ズキリと心に突き刺さった。

 彼がリゼルに手紙を書いてくれた時は、まだ私がアルト民だということを知らずにいた頃の話だ。そして今、私を捕まえるよう命令をした人のもとにいるということは……。 


『疑いさえ晴れれば、すぐに帰してもらえるはずだから』


 そう言って、安心させるように微笑んでくれたアンセル。

 彼を騙すつもりはなかったけれど、アルト出身であることを最後まで打ち明けなかった。そして、今はもう私が『魔女』であることを知っているはず。

 信じてくれていたアンセルの気持ちを裏切ったことと、秘密を知られてしまった悲しさで胸が苦しくなった。


「……大丈夫。アンセルがあちら側にいるのは、私がそう命じたからだよ」


 ハッとして隣りを歩くリゼルを見上げる。この人は少々意地悪に思うこともあるけれど、時々今のように優しい顔を見せる時がある。

 慰めるようにそう教えてくれて、悪い方へと流れかけていた気持ちがすっと止んだ。


 


「しばらくしたら、またこちらから連絡を入れる。それまでに何かあれば、私かジークの元へ使いをよこしてほしい」


 部屋に辿り着くと、私をカーラに預けてリゼルは廊下を引き返していった。

 その後ろ姿を見送った後、私は再び窓辺に駆け寄り外を見下ろした。彼らもまだ下に降りていったばかり、まだ去ってはいないだろうとルヴィアとアンセルの姿を探した。

 停まっていた高級そうな馬車の一台に、ちょうど乗り込もうとしているルヴィアを見つけた。そして彼女に手を貸す男性は、先程見たアンセルの姿。


「アンセル……!」


 あの仕草、動きを見たらはっきりとわかる。


「どなたかお知り合いが?」


 きっとただならぬ様子を感じたのだろう、珍しくカーラから私に話しかけてきた。

 いいえ、と誤魔化したかったけれど、声が発せられなかった。ただ馬車の中に消えゆく彼らを目で追っていた。


「……何か気になられるのでしたら、下まで足をお運びになってみてはいかがですか」


 カーラが私にそう勧めてくれた。馬車はまだそこに留まっている。流れがあまりに自然だったから、私は何も疑うことなくカーラの提案に頷いた。


「そう……そうですよね」


 せめて一度だけでも目を合わせられたら。

 すぐ目の前にアンセルがいるのだから、会いに行けばいい。


 冷静さを失っていた私は、急かすカーラに疑問を持たずに聖堂の玄関へと向かった。一階では混乱した様子の修道士たちが右往左往し、魔法院の衛兵は公爵一行の様子をただ遠巻きに眺めている状態だ。


 こちらです、とカーラは私の手を取り裏口から外に出る。そして遠回りして表玄関の方に向かうと、ルヴィアとアンセルを乗せた馬車はすでに出発してしまっていた。

 そして兵を乗せてきたであろう数台の幌馬車も、相次いで走り出そうとしている。


 私は気が抜けたように遠くに行ってしまった馬車を見送っていると、ふいにカーラに腕を強く掴まれた。


「カ、カーラさん?」


 ここでようやく、彼女の様子がおかしいことに気が付いた。私を振り返りもせずぐいぐいと腕を引いて、出発を待つ最後尾の幌馬車に近付いていく。


「あなたたち。この女がフィリオ伯爵領から連れてこられた魔女よ。どうして連れていかないの?」

「何?」


 すでに幌馬車に乗り込み出発を待っていた兵士は、突然のことに驚いた様子でざわついた。私はカーラの突然の裏切りに、このままではまずいと焦りだす。

 とにかく、今は味方である修道士たちのいるところへ、そう思ってカーラの手を振りほどこうと強くもがいた。しかしやっと手が離れた時には、すでに幌馬車から降りて来た兵士に取り押さえられることになる。


「隊長に連絡を!」


 後ろ手に掴まれ身動きを取れなくされた私を、カーラは蔑むように見下ろしていた。冷ややかで、つまらない者を見るような視線。

 今まで好かれていないことはわかっていた。それでも身の回りの世話をして、毎回毒見役までこなしてくれていたカーラのことは信頼していたのだ。


「ただの卑しい平民風情が、ルヴィア様と同等の扱いを受けるなんて図々しくおこがましい。本来のお前は、私の下に付くことはあっても上に立つなどありえないのよ」


 心底軽蔑するように私に言葉を吐きかける。

 そんな彼女を呆然と見つめていると、この場を離れていた兵士がすぐに戻って来た。


「駄目だ、すでに前列の馬車は出発してしまって追い付けない」

「……仕方がない、確認は取れないが連れて行く。魔女を差し出されて、置いていく理由はないだろう」


 私はここでやっと、声を出さなければと思い至る。


「誰か――」


 このままでは連れて行かれてしまう。声を上げようとしたけれど、すぐに口は塞がれた。屈強な男たちに囲まれたら逃げる術もなく、幌馬車の中に引き込まれた。


 



 

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