23. 王立魔法院
「では皆さん、ありがとうございました」
王都への出発の時間を迎え、リゼルたちの挨拶の後、私からもお世話になったお礼の言葉を伝えた。
庭先まで見送りに来てくれた修道院の人たちに手を振り、馬車は再び旅の続きへと出発した。リゼルの話では、夕刻前には王都に到着する予定らしい。
初めて目にする王都、初めて訪れる魔法院。そこでは何が待ち受けているのか想像がつかなくて、大きな不安と小さな期待で心が落ち着かなかった。
馬車の中では相変わらずリゼルとジークの話題は尽きず、それが良い具合に気持ちを逸らしてくれて助かった。
殆どは仕事の話のようで理解はできなかったけれど、それでも静まり返っているよりは気が紛れる。
「見てごらん、そろそろ王都だ」
ふと、リゼルが窓を指さして私に話しかけた。のどかだった風景から次第にぽつぽつと小さな町が見え始め、やがて大きな街に入ったあたりでそろそろだろうと思っていた。小窓から外を眺めると、街の向こうに立ちはだかる大きな壁が目に入った。
「あの壁は? もしかしてあそこが王都なんですか」
「そう。王宮を中心に囲んだ大きな城壁だ。数百年前まではよく戦争が起きていたからその名残だね。当時は国王の権力が絶対的であったから、これだけのものが作れたのだろう」
しばらくすると城門に辿り着き、開かれた門の中に入っていった。思った以上に高くそびえ立つ壁に圧倒されていると、その先には立派な建物が並ぶ大きな街があった。通る道は全て敷石で舗装され、馬の歩く音が心地よく耳に響く。
初めて目にする王都は新鮮で、つい興味の赴くまま街の景色を眺めた。外を歩く人たちの多くはそれなりの身なりをしていて、田舎町との差を肌で感じてしまう。それを考えて、王都に馴染むような新しい服を用意してくれたのだろうか。
中に入ってしばらくすると、開けた大通りへと抜けた。そこで目にしたものは、これまで見たこともないような大きな建物と、それを広々と囲う長い塀。見るからに、あれが王宮なのだろう。
「あのすごい建物に、王様が住んでいるのですか?」
「王様……うん、そうだね。国王陛下が住まわれる処だ。そしてこれから私たちが向かう場所でもある」
「行き先は魔法院じゃないんですか!?」
行き先がこの王宮だと知って、驚きのあまりつい聞き返してしまった。まさかこんな場所を訪れるとは思わず、急に怖気づいてしまう。
「エマさんはそう言われても疑問に思うよね。実は魔法院はこの敷地の中にあるんだ。もうすぐ着くよ」
ジークが私の質問に答えてくれたあと、その言葉通りに馬車は敷地内に入っていった。
立派な正門を通り抜け、綺麗に整えられた庭園をぐるりと回り、宮殿を迂回するようにして通り過ぎる。そして正門とは反対側の後方に回ると、そこにもう一つの建物が見えた。
道はそこまで続いるので、あれが目的地なのだとわかる。
「着いたよ。ようこそ、王立魔法院へ」
二人に続いて馬車から降り立つと、教会を大きくしたような外観の建物が目の前にそびえている。今通り過ぎてきた宮殿に比べると規模は小さいものの、その存在感は負けていない。
「ここはね、昔から王家の人々が神に祈りと供物を捧げる場所だったんだ」
リゼルが説明をしている前で、玄関扉の前に立つ番兵の一人がその扉を開けた。
「約三百年程前、魔法というものが世に発見された。それからあらゆる国で研究をされるようになり、この国も他に遅れをとらないようこの魔法院を作った。しかし当時はまだ研究も進んでなく、極秘として慎重に扱う必要があった。それで決まったのが、この国で一番安全な場所にある聖堂に魔法院を入れたわけだ」
中に入ると、広々とした祈りの場があった。リゼルはそこには向かわず、部屋の両端にある右側の階段上がっていく。
「一階は昔のまま今も礼拝堂で、二階から上が魔法院になっている。だからここには聖職者や修道士、そして私たちのような魔法を研究する者が出入りしているんだ」
二階に行くと、確かにそれらの人たちが混じり合うように廊下を歩いている。そして彼らとすれ違えば、軽く会釈をしてくれて私を警戒する様子を見せない
リゼルたちが話していたことは本当なんだと、ほっと胸を撫で下ろすと同時に疑問も湧く。
魔法院は味方だと言っていたけれど、得体のしれない田舎娘を、これほど簡単に国の重要な場所に迎え入れてしまって大丈夫なのか?と逆に心配してしまう。
そんなことを考えながら後を付いて歩くと、今度は圧巻とも言うべき物凄い部屋に通された。中にはずらりと並べられた本棚とそれを埋め尽くす数多の本、そして磨かれたテーブルが幾つも置かれていて、まるで修道院の図書室を巨大にしたような空間だ。
その本の量に圧倒されていると、大部屋の一角に中年男性が一人机に囲まれるように座っていることに気付いた。リゼルはまっすぐにそこへ向かい、声を掛ける。
「修士長、フィリオ伯爵邸の地下牢に捕らえられていた女性を保護してまいりました」
姿勢を正し、これまでの彼の雰囲気が変わったように報告をする。私はこの二人の会話を、後ろから心配になりながら見守っていた。これから自分がどうなるのか、ここではっきりとわかると思ったから。
「ご苦労。ではそのままルヴィア殿に会わせなさい。到着したことは私から上に伝えておく。ジークもご苦労、君も学士長の元へ報告するように」
修士長と呼ばれた男性は、私を見ることなく淡々と簡潔にそれだけを伝えた。色々とわからないことだらけだけれど、とりあえずルヴィアという人に会うのだろうか。
二人は一礼をして、すぐに大部屋を後にした。そしてジークが付いてくるのはここまでのようで、私とリゼルに挨拶をする。
「では僕は一度学士室に戻ります。エマさんもお疲れ様。リゼル様も、慣れない人相手にあまり意地悪なことを言わないようにしてくださいよ」
そう言って彼は私たちの元から去っていった。
「……私はこれからどうなるのでしょうか」
とりあえず安心な場所ではあることがわかったけれど。これからルヴィアという人にあってから色々とわかってくるのだろうか。
そんな風に思いながら心細くて尋ねてみると、彼は私に向けていつもの笑顔を見せた。
「それはルヴィアに会ってからの話だね。メサイムに帰れるのか、それともここに残るのかは彼女次第かな」
どこか楽し気な調子でリゼルが答える。
それが今の私にはちょっと不快で、助けてくれた命の恩人といえども思わずムッとしてしまった。今さっきジークが言ったばかりのことが身に染みる。
アンセルの兄だし悪い人ではないとわかるけれど、性格は彼にちっとも似ていない。
「疑問はすぐに晴れるよ。彼女はこの部屋に住んでいる」
リゼルは一つの扉の前で立ち止まり、軽くノックした。間もなく内側から開かれ、修道服を着た女性がリゼルの姿を見てから中へ通された。
白い壁に囲まれた広い部屋。中央にソファがあり、そこには綺麗なドレスを着た女性が一人座って寛いでいる。
「やっと到着したのね。待っていたわ」
その女性は私たちを目にすると、寛いだ姿勢のまま薄っすらと微笑んだ。
黒く艶やかな長い髪と、まっすぐに向ける黒い瞳。滑らかな肌は抜けるように白く、この世の人とは思えない美貌の持ち主だった。
この人は『魔女』だ。
すぐに悟った。どこか異質な空気を纏い、私を見定めるようにじっと見つめる。
「初めまして、エマさん。私はルヴィア・ステラード。よろしくね」




