22. 王都への旅路②
翌日、久しぶりに全身を伸ばして眠れたおかげで、身体の不調はかなり治まったようだった。まだ少し歩くだけで疲れてしまうけれど、きちんと食事を摂っていけばそれも良くなっていくだろう。
朝になって着替えが用意されると、以前私が来ていた服とそれほど違わないデザインのものが新調された。しかし色合いや質感は明らかに上質のもので、それだけで随分と垢抜けた印象になる。
「本当にこちらをいただいてしまっていいのでしょうか?」
「さすがにあの服で王都に行かせるには気が引ける。こちらも事情は把握していたから、着替えの服を用意させてもらった。外套も相当汚れていたけれど、アンセルからの贈り物らしいからね。私としても大切にしてほしいと思ったから、これだけはなんとか汚れを落としてもらったよ」
出発を前にして、リゼルと顔を合わせた時にそんな会話をした。お礼を言いつつ、会話の中でほのかに感じる兄弟愛に心が少し温まる。
思った以上に綺麗に蘇ったクロークを羽織り、私たちは再び長い道のりを移動することになった。
リゼルとジークはどうも話好きらしく、尽きない二人の雑談を聞いていたり、たまにこちらにも話を振られたりしているうちに時間があっという間に過ぎていく。
そしてのどかな景色が夕陽に色付いてきた頃、二日目の宿泊先である修道院へと辿り着いた。広い敷地の前で馬車がゆっくりと停まり、私たちはその庭先に降り立つ。
「今夜はこちらの修道院に宿泊させてもらう。さすがに昨日のような待遇はないからそのつもりでね」
庭を通されて修道院を見上げた。メサイムのものより大きいけれど、どこか懐かしさを感じる建物の造り。格式高い貴族のお屋敷はたしかにすごいと思うけれど、私としてはこちらの方が馴染みやすくてほっとする。
修道院長に出迎えられ、ここでももてなしを受けるとこになった。食事は素朴だけれど、たくさん野菜が使われた贅沢なものだ。
院長も同席して食事中の談話を聞いていると、この修道院は派閥に寄らない中立を保つ貴族の領地にあることがわかった。どうやら排斥派の地を迂回して移動しているらしく、私が悪いわけではないけれど何だか申し訳ない気持ちになる。
「何も気にすることはないよ。むしろ君は貴族たちに振り回されている側だろう」
リゼルは一見すると、美しさと辛辣さが合わさって冷酷そうに思えるけれど、助手のジークが言っていた通り悪い人ではないみたいだ。あのアンセルの兄なのだから、当然なのかもしれないけれど。
食事を終えると、まだ体力が完全に戻りきっていない私は早めに休ませてもらうことにした。リゼルたちは話が尽きないらしく、まだここに残るようなので一足先に寝室に戻る。
昨日と違って質素な作りの部屋が、とても居心地が良くて快適だ。やることもないのですぐにベッドに入ると、吸い込まれるようにいつの間にか眠ってしまっていた。
翌朝、早い就寝だったせいか、それとも花売りの習慣のせいか、まだ日の出ていない早朝に目が覚めてしまった。窓の外を見れば、暗い空の端はやや明るくなってきているけれど、まだ人が起きる時間ではない。
私は静かに身支度を整え、掛けてあったクロークを羽織って部屋をそっと抜け出した。
昨晩の食事の席で、メサイムの修道院で薬学の実習を学んでいたことを院長に話したら、是非見ていってほしいと薬草園の見学を勧められたのだ。
いつでもご自由にと言われていたので、せっかくだからと向かうことにした。
教えられた通り建物の裏側に回ると、そこには大きな菜園と薬草園が広がっていた。私はのんびりと近付いて、どんなものを育てているのかを見ながら歩いていく。
やはり冬で一番寒い時期のせいか、育てている植物の種類は多くない。それでも、中には図鑑でしか見たことがない珍しいものも見つけて、実物を丁寧に観察していた。
「おはよう、エマさん。随分と早起きだなぁ。ふぁ……」
突然後ろから声を掛けられて、思わず体がびくりと跳ねた。
「ああ、おはようございます、ジークさん。どうしてここに?」
「これでも君のお目付け役だからさ。一応仕事はしておかないとね」
白い息を吐きながら、ジークが眠気を飛ばすように腕を上げて大きく伸びをする。
「空気は冷たいけれど、自然の中の早朝って気持ちいいね。王都暮らしだとこんな景色はなかなか拝めないからさ。それに加えて最近の宮廷は殺伐としているから、仕事とはいえこうして外に出られると良い気分転換になるよ」
そうして話しているうちに、薄白んでいた空も随分と明るくなってきている。なだらかな丘の向こうに、日が昇りかけているようだ。
「ジークさんは、アンセルともお知り合いなんですよね?」
ふと聞いてみたくなってそう問いかけた。年齢も彼に近いように見えたので気になったのだ。
「ああ、アンセルは寄宿学校の一年後輩だよ。寄宿舎の部屋も近くて、よく顔を合わて話をしたし仲良くさせてもらっていた。彼がフィリオ伯爵家に仕えることになったことは知っていたけれど、翌年には領地に戻ったんだってね。僕もリゼル様から聞いた範囲でしかわからないけれど」
これまでリゼルがあまりにも貴族然としすぎていたせいで、ジークのことはあまり意識していなかった。でもアンセルと同じ寄宿舎にいたということは、彼もやはり貴族なのだろう。
「ごめんなさい。私、ジーク様が貴族の方だと意識していなくて、失礼な言動を」
「ああ、今更気にしないでいいよ。本当は僕もアンセルより地位は低いけれど、公的な場でなければ敬称なんてつけないし。それに君は彼の友人なんだろう?」
友人。そう言われて躊躇いなく頷いたけれど、ふと思う。
たしかに私とアンセルの間には友情があった。それは仕事を通じて信頼を築いてきたものだ。でもジークの話を聞いているうちに、私は彼のことを殆ど知らないのだと気付かされる。
今まで彼とたくさんの話をしてきたけれど、互いの過去について尋ねたり話すことをしなかった。私は当然昔の話なんてできるわけもないし、彼は彼で貴族生活のことを私に話そうとは思わなかったのかもしれない。だから彼が、フィリオ伯爵家に仕えていたという話も知らなかった。
「……初めてアンセルに会った時も、修道院の薬草園だったんです。院長と二人で薬草について話していた時、私たちの前に現れて。その時に初めて貴族という人を間近で見ました」
ごきげんよう、と言って現れたアンセル。あの時はまだ遠い人のように思っていた。
「貴族と平民が友人関係になるというのは珍しいね。それだけアンセルは領民たちとの距離が近かったということなのかな」
「はい、アンセルはよく領内を見て回って色々な人と話をしていました。それに、私が薬師になるよう提案してくれたのも彼で……。仕事で関わるうちに、友達のように話し合えるようになったんです」
言葉にしながら、一つ一つの思い出が蘇ってくる。私が勉強疲れをしていたら、元気付けるためにわざわざ甘いお菓子を買ってきてくれたこと。メサイムの町役場を訪れたついでにと、時々ミルに魚を差し入れてくれたこともあった。そして寒いだろうからと、このクリーム色のクロークをプレゼントしてくれた。
一緒にカザエラに行ったことや、薬屋の未来を語り合ったことを思い返していると、なんだか虚しいような寂しさが、胸の中に入り込んできたようだった。
「ジークさん。私はいつかメサイムに帰れますか?」
私がそう尋ねると、弱ったような顔をして顔を曇らせる。
「それは僕もわからない。帰れるかもしれないし、帰れないかもしれない。とにかくすべては魔法院に到着してからの話になるはずだよ。こちらとしては君の素性も調べなければならないからね。でもこれだけは伝えておく。君が魔女であろうとなかろうと、魔法院では悪いようにはしない。それは約束できる」
そう言ってジークは、しんみりとした空気を変えるように再び大きく伸びをした。
「さて、空も随分と明るくなってきた。朝食の準備も始まるだろうから、僕たちもそろそろ戻ろうか」
わずかな時間だったけれど、思いがけずにジークと話せたことは嬉しかった。私のせいで早起きをさせてしまったことは申し訳ないけれど、不安に思っていることを口に出せて、少しだけ気持ちが楽になる。
罪人として扱われ、一度は底まで落ちかけたけれど。リゼルとジーク、それから迎え入れてくれた旅先の人たちのおかげで、やっと以前の自分が戻ってきた感じがした。




