21. 王都への旅路①
到着したよ。との言葉で目を覚ますと、隣のジークに思いっきり寄りかかって寝てしまっていることに気が付いた。
「わっ、ご、ごめんなさい! こんなに汚い格好で……」
慌てて身を起こして謝った。二週間も体を拭いていないし、きっと臭いだってあっただろう。
しかし二人とも不快な様子を見せずに、淡々と物事を進めていった。促されて一緒に馬車を降りると、大きな建物が目の前に現れる。ここが、先程話していたユージラム伯爵の家なのだろうか。
「お待ちしておりました、魔修士様。どうぞこちらへ」
ジークが玄関の扉を叩くと、身綺麗な格好の中年男性が出迎えた。外観も内装も今まで目にしたこともないようなお屋敷で、使用人らしき人たちも綺麗な服を身に纏っている。私だけがこの場で酷い格好をしていることに、恥ずかしさと情けなさで消え入りたい気持ちになった。
「今日はこちらにお世話になるよ。でもその前にまずは身体を清めてもらおうか。新しい服も用意されているはずだから、それに着替えてもらうよ。ああそうだ、その汚れた服は処分してしまっても構わないかな?」
そう尋ねられて、私は慌てて否定する。
「申し訳ありませんが、この外套だけは手放せません。これはアンセル…様から戴いたものなので」
私がそう伝えると、リゼルとジークは目を大きくして私を見つめる。
「なるほど。確かにそれなら捨てられないね。ではその旨を伝えておこう」
リゼルは何やら上機嫌な様子で、ではまた後でと言ってジークと共に去っていった。
そしてその後の出来事は、これまで生きてきて二番目に人生観が変わる扱いを受けることになる。
まず幾人もの女性たちに囲まれ、訳が分からないまま部屋に連れて行かれ服を脱がされた。服を剥ぎ取られそうになったので、自分で脱ぎますと訴えてもそれを無視される。
そして湯気が立ち上る浴槽に入れられ、そのまま流れるように髪をすすがれた。その時にはもうされるがままになっていたけれど、ふわりと立ち上るラベンダーの香りに包まれているうちに、いつの間にか身体の緊張が解けているようだった。
そして、ふとその効能を思い出して、深く息を吸いこむ。
ラベンダーは、香りの良さだけでなく不安や緊張をほぐす効果があって、煮出された成分はがさがさになってしまった肌にも効いて……そんなことを思い出しているうちに、いつの間にか目に涙が滲んでいた。
自分なりに頑張って、たくさんの薬草について勉強してきた。修道院の人たちや薬屋のハリーさん、そしてアンセルの協力があって、もう少しで努力が実りそうだったというのに。どうして今の私はこんな所にいるのだろう。
そんな悔しさが今頃になって込み上げてきて、湯にぽたぽたと涙の雫が落ちる。
でも私のそんな感傷なんて誰も気にも留めず、取り囲む女性たちはただ機械のように私を磨いていた。
「随分と見違えたな」
やっと女性たちから解放されてリゼルとジークが待つダイニングへ案内されると、開口一番にそう言われた。二人はすでにテーブルに着いて、飲み物を口にしている。
「慣れない服なので、少し違和感がありますが……」
「大丈夫、それは今夜だけのドレスだから。これから私たちと一緒に食事をしてもらおうと思ってね。明日の出発には別の服を用意しているから心配いらないよ」
そう言って私をテーブルに座るよう促した。まるでお姫様が着るようなドレスで、なんだか自分じゃないような不思議な気分だ。今朝まではみすぼらしく薄汚い地下牢にいたというのに、夜にはまるで貴族のような扱いを受ける。
どうして私が、彼らと同じようなもてなしを受けているのか。目まぐるしく変わる環境に、色々と頭がついていけていない。だから今は余計な事を考えることをやめて、素直に受け入れることにした。
「こちらの伯爵邸はね、私の上官に当たる人の生家なんだ。王立魔法院は、排斥派貴族と対立する共生派の立場を貫いている。だからもし君が魔女だったとしても、ここは君の味方となる領域と思ってくれていい」
夕食が運ばれ、ゆっくりと食事をとりながらリゼルは話を続ける。私はというと、地下牢でパン粥しか食べていない状態が続いたせいか、目の前にご馳走を並べられてもなかなかお腹に入っていかない。
食事もそこそこに、時々飲み物を口にしながらリゼルの言葉に耳を傾けていた。
「よくわからないのですが、フィリオ伯爵が私を捕らえたのは国の命令ではなかったということですか?」
排斥派だとか共生派とか、魔法院のこともよくわかっていないので質問をしてみる。
「ん? その辺りは弟から聞いていないのかな」
衛兵隊長に捕らえられた時。とてもじゃないけれど説明を受けるような状況ではなく、私もアンセルも冷静ではいられなかった。それに、そもそも私は過去を秘密にしていたから、魔女関連の話は今もよくわかっていない。
「アンセル様とは、いつも仕事の話をしていました。私はメサイムで花売りをしていて、その縁で薬師になるようお願いをされたのです。お会いするのはいつも仕事を通じてのことなので、国や魔女のことは殆ど聞いていません」
「そうか。あの手紙の書きようだと、もっと親しい間柄だと思っていた。なるほど、君はあまり事情を知らないわけか」
この人はあの地下牢から助け出してくれた人だけれど、自分の過去を明かすことにはやはり抵抗がある。
「説明をすると、今の宮廷はアルト民の排斥派と共生派に大きく分かれている。まず君を捕らえたフィリオ伯爵というのは、サンベルグ公爵を筆頭にした魔女排斥派の有力貴族でね。文字通り、この国から魔女を排除するべきとする思想の持主だ。アルト侵攻事変……世間では魔女狩りと言われているらしいが、その直後にアルトから多くの人々がこの国に逃げ込もうとしていた。その時から彼らへの対処を巡って、宮廷内が大きく割れたんだ」
リゼルがあの日のことに触れて、一瞬にして父と母の顔が浮かんだ。
燃えさかる家々。逃げ惑う町民たち。その逃げた人々の中に、私の家族はいなかっただろうか。当時を思い返して、複雑な思いに駆られる。
「国王陛下はご自身の意思を明確にされず、ひとまずこの国の出身者のみ保護することを決定した。要は中立という立場をとられたわけだが……王立である魔法院と教会が共生派であることを明確にしたため、排斥派は陛下に不満を抱き、若干距離を置いている状態にある。つまり君を捕らえたのは、排斥派である彼らの都合で行われたということだね。君にとって不幸だったのは、クイード領がフィリオ伯爵の影響下にあったということかな」
リゼルの話はわかりやすく、自分の置かれている状況というものが何とか理解できた。今まで国だとか貴族だとか、そんな遠い世界のことなんて知ることもなく生きてきたけれど。
あの事件が一つの国を乱すほどのことだったと知って、改めてその渦中にいたことに身が震える思いがした。
「一つお聞きしたいのですが……リゼル様は私をアルトの民、つまり魔女と疑っているのでしょうか」
ここまでずっと気になっていたことを、やっと尋ねることができた。彼がアンセルの兄であること、それから魔法院がアルトの味方だと知って、少しだけ気が緩んだというのもある。
「そうだね、正直顔を合わす前までは、どちらとも思っていなかったけれど。君を見ていたら、そうかもしれないと思い始めたかな」
そう言って、リゼルが美しい微笑みを浮かべる。
「どちらにしろ魔法院に到着したら真実がわかる。だから今はまだ君に問うつもりはないよ。食事もあまり摂っていないようだし、まずはゆっくりと身体を休めて体調を整えてほしい」
真実がわかると聞いて、思わず顔がこわばってしまった。魔法院というだけあって、魔女を見抜ける力でもあるのだろうか。
知られる恐怖と、知りたい欲求。それらが混ざり合って、複雑な気持ちで話を聞いていた。




