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19. 地下牢



 牢に入れられてからは出口の見えない永遠の時を過ごしているような気分だった。

 するべきことは何もなく、ただゆっくりと時間が過ぎていくのをじっと待つだけ。


 だから考える時間はたくさんあった。私は再び壁にもたれて座り、これまでのことを振り返る。



 アルト自由都市の郊外フジムという町で、両親の二人目の子供として私は生まれた。四人家族で、裕福ではないが貧しくもない平凡な生活だったと思う。

 小さな町とはいえ、それほど遠くはない場所に大きな街があって、それほど不自由のない生活をしていたと今ならわかる。


 私の両親や兄、よく顔を合わせるおじさんやおばさん、一緒に遊んでいた友達。特別なことなんて何もなく、当たり前のように平和な明日が来るものだと信じて疑わなかった。

 でも、訪れたのは突然の悲劇。

 


 自分の手のひらを見つめる。衛兵隊長がミルを踏みつけようとした時、確かにあの男の意識を掴み取った感覚があった。

 でも昨日の尋問で、衛兵隊長はそのことに一切触れなかった。本人が気付いていないのか、それとも私がそう思い込んでいるだけなのか。アンセルがすぐに止めに入ったからはっきりとはわからない。


 きっとあの日の両親も、魔女狩りという名の襲撃を受けるだなんて予想していなかったはずだ。そもそもそんな発想すらなかったと思う。私だってアンセルから話を聞くまで、魔女なんておとぎ話に出てくる架空のものだと思っていたのだから。


 でも、夜襲を仕掛けたガルダン騎国の言い分が、出鱈目ではなく本当の事だとしたら。もし私が、彼らのいうように魔女なのだとしたら。

 私が特別なのか、それともアルトで生まれ育った人々の特徴なのかもわからない。でも、私たちは何も知らずに過ごしていた。


 

『魔法学は一般に公開していないから、君が知らないのも無理はない』


 魔法について尋ねた時、アンセルはこんな風に答えていた。つまり、この国では実際に存在するという魔法を知るものは少ないということだ。現にメサイムでの生活の中で、魔法の話など聞いたことがない。

 同じように、アルトでも一部の人にだけ魔女の存在を知られている可能性を考えた。


 国という形ではないものの、あの都市には『ステラード家』という代々都市を統治している家がある。住んでいた当時は社会をあまり知らず、遠い存在ということもあって彼らの事はよく知らない。


 こうして改めて過去を思い巡らしてみると、彼らが魔女の存在を知っていてもおかしくないのだと気付いた。ガルダンの人間ではないアンセルでも、各地で問題を起こす魔女がいることを知っていた。ということは、アルトの統治者が問題を把握していないわけがない。


 本当に、あの地には何かあるのだろうか。そう思ってアルトの歴史を振り返ってみることにした。

 数百年前に生まれた新しい都市。大きな森のすぐ近くにあった辺鄙な町に、一人の貴族が現れたことから始まった。

 その貴族が新しい商売を見つけ、それが成功して町が大きくなり、新しい町や村を開拓していったことで現在のアルトの姿に変わっていった。その貴族がステラード家の先祖であり、都市にまで発展させた功労者として地元の歴史では学んでいる。


 ただ、その歴史の中でも魔女という存在は語られておらず、いつからアルトの市民が他国からそう思われるようになったのかわからない。

 そうやってアルトについて記憶を手繰り寄せてみても答えは見つけられず、薄暗い牢の中で悶々とする。


 

 無駄な考察で時間を潰しながら、無意味なことをしている自分に溜息をついた。結局のところ、私がアルト出身者ではないと証明できなければ、この牢から出られることがないのだから。




 時間は淀んだ泥のようにゆっくりと過ぎていった。昼も夜もわからない生活と、味のしない貧しい食事を与えられるだけの日々。

 次第に体力が落ちていって、じめじめと湿った床で寝るようになった。

 段々と物を考えることも難しくなってきて、空腹に耐えられずぼーっと過ごす時間が増えていく。立ち上がろうとすれば眩暈がして、やがて横たわる時間が長くなった。



 アンセル。どうして助けに来てくれないの。

 私は見捨てられたの?

 このままだと死んでしまうよ。


 私は涙を流すことも出来ずに、ただ彼の姿を思い浮かべた。そして、私が居なくなった後のメサイムのことを思う。


 ローラさんはどうしているだろう。

 ミルは生きてる?


 薬師になることも。

 近い将来に叶えられるはずだったものが、霞のように消えてしまった。

 ささやかだけれど、明るい希望を抱いていたはずだった。一歩一歩目標に近付いていくことが楽しくて。お店の開店準備をして、同じ未来を見ていたはずなのに。


 私はアンセルがくれたクロークをずっと身に纏ったまま、床に横たわっていた。





 どれだけ時間が経ったかのかわからない。最初の尋問以来、久しぶりに衛兵隊長の声を聞いた気がした。


「お前の処遇が決定した。近々王都のフィリオ伯爵の元へ引き渡す」


 無慈悲な声が私の頭に降り注いだ。

 もうメサイムに帰れない、と諦めの気持ちで話を聞いていた。疑いを晴らすことができない時点で、自分の未来は決まっていたのかもしれない。私が魔女であろうとなかろうと、アルト出身者であることには間違いないのだから。


「……ここに来てから何日経ったの?」


 私は力なくウォードに尋ねた。身も心も弱り切って、投げやりに問いかける。


「二週間だ。その間にこの命令が下った」

「私は魔女じゃない」


 改めてそう伝える。意味がないとわかっているけれど、最後まで抵抗の意思は示したかった。


「俺に言っても無駄だ。とにかくお前とはあまり接触しないよう通達されている。余計なことをしゃべるな」


 それだけを言ってウォードが去っていった。布越しに見えていた大きな影が消え、再び牢に静寂が訪れる。

 二週間。とてつもなく長く感じた時間は、まだそれだけしか経っていないのかと脱力する思いだった。そして、これ以上何を考えても無駄なのだと諦める。


 ガルダン騎国の目的がアルト住民の殲滅なのだとしたら、きっと近いうちに処刑されるかもしれない。もし拷問にでもかけられるようなら、その時は舌を噛み切って自ら死んでしまおう。

 この地下牢で囚人としての日々を過ごすうちに、いつしか自分の最後を想像するようになっていた。



 そうして王都行きを宣告された次の日。

 力無く床に横たわっていると、階段の上から何やら騒々しい声が聞こえた。ここに閉じ込められてからは看守と衛兵隊長しか訪れない。しかし今日は、珍しく複数の人々の話し声と足音が響いている。


 その騒ぎに嫌な予感がして、鼓動が早まった。 

 もしかして王都に連行される日なのだろうか。朦朧としていた頭が、緊張によって一瞬だけ覚醒する。ウォードは『近々』と言っていたけれど、まさかこれほど早くにとは思わなかった。


 

 コツコツコツと幾人もの不揃いな足音と共に、ウォードと誰かの会話が聞こえる。


「本当に大丈夫なんですかね?」

「心配いりませんよ。先程から何度も申しているでしょう」


 ウォードが珍しく弱気な声を出している。もう一人は若い男のようだ。初めて聞く声に、王都からやって来た人なのだろうかと考える。


 私は座ったまま、布で覆われて見えない彼らの様子を窺う。そうして近付いてきた彼らは、布越しに影となって映った。

 ガチャリと牢の鍵を開ける音が聞こえ、投獄されて以来久しぶりに重い扉が開かれる。


 二週間ぶりに目にした人の姿。そこに現れたのは、この場には似つかわしくない美しい男性だった。身なりから見ておそらく貴族であろうその人は、ためらいなく私に近寄って挨拶をする。



「ごきげんよう。君がエマ?」


 そう言って、美しい人は小首を傾げて微笑んだ。





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