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16. 伯爵領からの使者【アンセルside】

先ほど間違えて17話を投稿していました。こちらを先にお読みください。



 新しい年を迎えてひと月が過ぎようとした頃、クイード子爵邸に一通の手紙が届いた。

 まず領主代理であるアンセルの叔父が目を通し、その後は手紙ごとアンセルに丸投げされた。


「フィリオ伯爵邸から手紙が来ている。君が以前仕えていた所だし、もうしばらくすれば君が領主代理となる。アンセル君が対応した方がいいだろうね」


 ことなかれ主義の叔父は面倒事を嫌う。元々それほど期待している人ではなかったため、彼の提案を素直に受け入れた。


「わかりました。では私に任せていただきます」


 そう言ってアンセルはさっさと自室に戻った。叔父から説明を受け、その内容が少々物騒で気掛かりなものであったからだ。

 椅子に腰かけ、受け取った手紙をじっくりと読む。中身を要約すると、クイード領内のことで伯爵家に密告が入ったため、調査と説明を兼ねてこちらに衛兵を遣わすという旨が書かれていた。


 ただそこには具体的なことが書かれておらず、内容はわからない。衛兵が派遣されるということは、おそらく賊や罪人の類がこの地に紛れ込んでいる可能性が高いのだろうが、なぜ詳細を書いていないのか気になった。


 それに、とアンセルは今回の手紙を不可解に思う。なぜ密告がクイード家でなく、フィリオ伯爵家へ届けられたのか。

 元々この領地は、何代もの昔に伯爵家から分け与えられたものだった。今でこそ爵位を持つ貴族は宮廷に仕えるようになったものの、今でもフィリオ伯爵家の影響が強く残っている。


 つまりこの密告は、本来知らせるべきであるはずのクイード家を無視して、その上位にあたる伯爵家に届けられたということだ。なぜそのような遠回りなことをしたのか、それが不気味でもあり不安を掻き立てた。

 


 通知が来てから一週間後、手紙に書いてあった通りフィリオ伯爵領から衛兵隊が派遣されてきた。


「初めまして。私はフィリオ伯爵領の衛兵隊長を務めております、レイ・ウォードと申します。本日は当主様からの使いで参りました」


 幾人かの兵を引き連れてやってきた衛兵隊長。とりあえず彼だけを応接室へ通して話を聞くことにした。

 丁寧な言葉遣いをしているが、大きく体を反り返らせ横柄にも見える態度で自己紹介を始める。まだ歳若く子爵家の四男であるアンセルは、度々このように軽んじられることあった。


「わざわざご苦労様です。実は頂いたお手紙には詳しい内容が書かれておらず、まだ何も把握していない状況です。何があってこちらに参られたのか、お話を伺ってもよろしいですか」

「もちろんですとも。その説明を兼ねての訪問です。ではこのまま本題に入らせていただいてもよろしいですかな?」


 そう言って衛兵隊長が始めた話は、アンセルの頭を強く殴るようなものだった。


「実はですね、このクイード領に魔女が潜伏しているとフィリオ伯爵領に密告がありました。報告を受けた領主から即刻調査に入るよう我々に命令を下され、先日こちらへ通達した次第です」


 魔女。その言葉を聞いてアンセルは眉をひそめた。

 このことを手紙に記さなかった理由はわからないが、たしかに伯爵領の衛兵隊長が自ら出向くだけのある内容だ。ただの賊や罪人ではない厄介な相手であること、またフィリオ伯爵が魔女排斥派であることが衛兵をよこした理由だろう。


「魔女……ですか。しかしこちらには密告が届いていない。具体的にどのような内容だったかお話いただけますか。私がこの地に戻って一年程経ちますが、日々領内を見て回ってもそのような気配を感じたことがなかったので」

「では、早速ですがお話しましょう。この密告がなぜクイード家ではなくフィリオ伯爵領に届けられたのか、また内容を伏せて通達したのかということにも繋がります」


 ウォード衛兵隊長は、何かを見定めるようにアンセルの目を見つめた。

 やはり手紙の内容は意図的に隠されていたのだ。厳しい視線を受けながらそう考える。


「……まず初めに、その密告はつい最近あったことです。我々は問題を長く放置していたわけではありません。そして手紙でそのことを記さなかったのは、子爵のご子息である貴方様と関わり合いが深い方だと聞いているからです」

「私とですか?」

「気を悪くされたら申し訳ありませんが、こちらとしては匿われたり逃亡の手助けをされたくなかったのです。密告内容が真実であるかわかりませんが、可能性がある以上は慎重にならざるを得なかった。そして無許可でクイード領に足を踏み入れるわけにはいきませんので、あのような手紙をお送りした次第です」


 ウォードの話を聞きながら、アンセルに焦りが芽生え始めた。手のひらに汗が滲んでいることに気付いて、ズボンを強く掴む。

 考えたくないのに、脳裏にエマの姿が浮かんだ。クイード子爵領に外から移住してきた人間はそれほど多くない。そして自分と関わり合いが深いといえば、彼女しか思い浮かばないからだ。


「まず魔女の特徴から話しましょう。あの民族は黒髪で黒い瞳を持つ者が多いのですが、それに該当する人物は領地にいませんか? 後ほど領内を見回らせていただきますので、正直にお答えください」


 まるで尋問を受けているかのように、ウォードの表情から圧を感じる。しかしその語られた特徴にはエマは当てはまらない。彼女は柔らかく明るいアンバーの髪色、瞳も淡い琥珀のようで黒い要素などどこにもなかった。そのことに少しホッとしつつも、その他の領民を思い浮かべてもそれらしい者などいなかった。


「残念ですが、そのような者は思い浮かびません。珍しい色ですから、もし領内にいたらきっと目立つはずです」

「そうですか、黒髪はいない……」


 当てが外れたように考えこむウォードを見て、アンセルは胸を撫でおろす。


「わかりました。では、あの事件があった四年前から現在までの間に、クイード領に移住した者を把握しておりますかな? その者がアルトから逃亡した魔女かもしれないと密告があったのです」

「それは……」


 この地に移住者が来た場合、クイード家の許可が下りてから名簿に記録されることになっている。

 アンセルが領地に戻った頃、当然その名簿にも目を通していた。把握している移住者は現在十数人いる。そしてここ数年以内となると、メサイムに住むエマしかいなかった。


「……該当する者はいます。しかし当時、その者は親とはぐれた子供でした。魔女の潜伏とは考えられません」


 咄嗟にそう答えたが、本当はエマがこの町を訪れた理由を知らない。一度尋ねようとしたことがあったけれど、その時の彼女の表情がとても悲しそうに見えて、深く尋ねることをやめたのだ。


「なるほど……そうだ、もう一つ特徴があります。他と比べて根拠は薄いものですが、あの民族には茶にドライフルーツを入れて飲む風習があるようです。移民でそのような習慣を持つものは……」

「ドライフルーツを入れるなど、甘味が貴重な平民にはよくあることなのではないですか?」


 自分に言い聞かせるように、アンセルは強い口調で答える。エマからドライフルーツ入りのハーブティを出された時、珍しい飲み方をするものだと思ったこと。そんなささやかな記憶が汚されたような気持ちになって、つい語尾を強めた。


「まぁ、そのような飲み方をする家庭もあるかもしれませんな。ですから根拠は薄いと申したのですが、その口ぶりは心当たりでも?」

「…………」


 アンセルは答えられずに口をつぐんだ。


「実はですね、こちらはある人物に目星を付けているんです。というのも、密告書には名指しに近い情報が書かれていましてね。今メサイムの薬師になろうとしている者、それがどうやら四年前に移住してきた人物らしいと」

「……彼女がこの地を訪れたのは十三歳の子供の頃です。先程も申した通り――」

「いや、これ以上は結構です。なぜこのような順序で話したかと言いますと、貴方様が魅了魔法にかかっている可能性があるからです。魔女は人の心を操る、その事を念頭に置いていたため遠回りな質問をさせていただきました」


 魅了魔法。アンセルはその言葉を王都で聞いたことがあった。魔女にまつわる話で耳にする言葉だ。


「ですから申し訳ございませんが、アンセル様には今日一日を我々と共に行動してもらいたいと思っております。疑惑の人物との接触を防ぐ意味合いと、夜には対象の家まで案内してもらいますので」


 有無を言わさぬような厳しい口調に、アンセルは黙って従うしかなかった。





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