15. 新しい年
ハリーさんの薬屋での実習を終えてから二週間。
慌ただしかった年末を終えて、新しい一年が始まる。
私は一年の最後の日と新しく始まった日の二日間を、ローラさんの家でまったりと過ごすことになった。もちろんミルも一緒に連れて来たけれど、彼女はいつも通り気ままに窓から出入りをしている。
「ローラちゃん、保存庫からカブを持ってきておくれ。その後は皮むきもお願いね」
「はーい」
二人で台所に立って昔のように一緒に料理を始めた。ローラさんは足を引きずる動作が小さくなり、小さな体でせっせと台所を動きまわっている。どうやら新しく育てた薬草クロキスの鎮痛作用が効いているようで、最近は歩く姿勢も良くなっていた。
一年の最後の日を豪華に祝うため、買っておいた干し肉を丸ごと鍋に投入する。ぐつぐつと煮込んだスープからはいい匂いが漂い始め、その間にキノコと野菜のソテーを作ってお皿に盛った。
テーブルに料理を並べていると、ミルが近寄ってきて暖かな炉の近くにこてんと寝そべり丸くなる。支度が終わったので私たちも食卓に着くと、お互いに一年の疲れを労い合いながら乾杯した。
「来年になったらエマちゃんは薬師になれるのかい?」
食事が進み、色々と語り合っていたところでローラさんがその話題に触れた。
「そういうことになるのかな。アンセルとエルミン院長の話では、今のところ春を目途にと考えているみたい」
私がそう伝えると、ローラさんはくしゃりと笑って嬉しそうに頷いている。
「そうかい、そうかい。……実はね、前々から考えていた事なんだけど、私はそろそろ引退しようと思ってね」
えっ、と食事の手が止まってローラさんを見つめた。しかしその表情はいつもと変わらず穏やかだ。
「とはいっても、私も生活していかなきゃならないから。店をエマちゃんに譲って、私はそのお手伝いをしたいと思っているんだ」
つまりそれは、私はこれまでローラさんに雇われていた形だったけれど、これからは私に店を経営して欲しいということ?
「もともと体に限界が来たら店じまいつもりでいたんだよ。引き継いでくれる子供もいなかったし、誰かに頼むわけにもいかないしね。町長さんにも相談して、そろそろ引退を考えていたところに若い女の子が働きたいと言って現れた。私はとても嬉しかったんだ。この子がいたらまだ働けるとね。だから今日まで続けてこられたのは、エマちゃんのおかげなんだよ」
目を細めながら、しみじみと気持ちを伝えてくれた。でも私からすれば、身元不明の私を快く雇ってくれたローラさんのおかげで、今こうして平和に暮らしていられるのだ。
私がそう伝えると、うんうんと頷きながら聴いてくれる。
「そうだね、私たちは持ちつ持たれつ上手くやってきた。だからね、今度は私がお手伝いをする番だ。薬師になったらエマちゃんが店主になった方が都合がいいだろう? 花売りの店番は今まで通り私が請け負うし、その他にも何かあれば私がお手伝いをする。少しだけやり方が変わるだけだよ」
きっとローラさんは『仕事の重要性』を考慮しているのだと思う。薬師という職業は貴重で、収入だって今までとは大きく変わってくるはずだ。それらのことを考えて、私に引退の話をしたのだろう。
本来だったら、私が花売りを辞めて独立し、個々で店を持つ方が自然なのかもしれない。けれど、私は初めから花売りの延長線で薬師になる道を選んだわけで、ローラさんも同じ気持ちでいてくれている。
私はそう言ってもらえたことが嬉しくて、わかりましたと大きく頷いた。いつか仕事を引き継ぐ日が来るのだとしたら、薬屋を開く時期としては丁度いいのかもしれない。
引退と聞いて驚いたけれど、ローラさん自身はまだまだ働く意欲があるらしいこと。無理はしないでもらいたいけれど、これからも一緒に働けることにほっとした。
「クロキスを取り寄せてくれたアンセル様とエルミン院長、それから立派に育ててくれたエマちゃんのおかげで、足の痛みもかなり良くなってきたんだ。まだまだ働けるよ」
思えば出会った当時よりも、今の方がなんだかハツラツとしている気がする。元気そうなローラさんの様子を見て、私も嬉しくなる。
明日は新年の幕開け。私たちもまた、新たな未来に向けて気持ちが高まっていた。
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それから一か月が経ち、変わらず修道院に通いつめて春の開業に向けて勉強する日々が続いている。
あれからハリーさんからの提案で、その後も二度ほど実習として店に通った。
着々と身に付けていく薬師としての技術と知識。それと並行して、より具体的な計画を立てていく段階にきている。
自宅のレイアウトを考えたり、育てる植物の種類を厳選したり。
今住んでいる家を薬屋として開業することに決めた為、内装を変えていく必要があった。
必要なものは来客スペースと調薬室。元々薬草の保存・乾燥室はあったので、それ以外をどう仕切り作っていくかを考える。
ハリーさんに相談したり、あとはアンセルが家に来てあれこれ一緒に話し合ったりしていた。カウンターはここにあった方がいいとか、間仕切りはこの辺りにしようとか。
それらにかかる費用については、薬師になるよう依頼したアンセル……つまりクイード家が持ってくれるという。三月までには形を整えようと、そう話し合っていた。
そうして一月が終わる頃、私はもう一つの作業を終えようとしていた。
薬師の勉強をしながら、並行して進めていたもの。それは年末にカザエラで購入した毛糸で作る編み物だった。
それがそろそろ形を成してきている。
アンセルに対して、いつかお礼をしたいと考えていた。アンセルから贈られたクロークはとても暖かくて、大事に使わせてもらっている。だけど私には彼にお返しできるような上質な品など買えはしない。
そこで、編み物をすることを思い付いた。丁寧に作れば、それなりのものが出来るのではないかと考えて、密かに取り組んでいたのだ。
それで私は二つのミトン手袋を作ることにした。一つはアンセルの物。もう一つは、いつも乗せてくれる馬車の御者に渡そうと考えていた。
冬空の下で寒そうに働く彼にもお世話になっているので。早く二人に渡したくて、急いで製作に取り組んでいる。
長い夜は、編み物をするにはちょうどいい。今日もまた、眠くなるまでその手を動かし続けた。
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