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14. プレゼント



 カザエラからの帰り道、私はハリーさんの息子の話を思い出していた。

 六年前に町を出て、アルト自由都市へ向かったらしいということ。その事に絡めて、私はアンセルに確かめてみたいことがあった。


 今日の仕事について話しながら、さりげなく話題を振ってみる。


「そういえば、ハリーさんの息子さんが家を出ていった時のことを聞いたの。アルトに行きたいと話していたらしいけど、もし息子さんがそこへ行っていたらもしかして……」

「その事も話したのか」


 そうしてアンセルは、クイード領に戻って初めてハリーさんと会った時、アルトの現状について尋ねられたことを話した。


「ハリーさん自身も、カザエラを訪れる行商人から情報を集めたりしていたらしい。そして僕が王都から戻ってきたことで、もっと詳しく知りたいと思ったんだろう」

「それで、何て答えたの?」


 気が急くのを抑えながら慎重に尋ねる。ハリーさんの息子だけでなく、あそこには私の父と母そして兄がいた。今はどうなっているのか、それだけでも知りたかった。


「アルトは今もまだガルダン騎国と交戦状態にある。アルトを支援している国もあるけれど、それでも一国を相手に今も陥落していないことはすごいよ。やはりあの民族の力は相当なものだと窺えるし、だからこそ恐ろしいと思えるんだ」


 そんな風に話すアンセルに、わずかな悲しさを覚える。これほど良くしてもらっているけれど、もし私がアルト自由都市から来たのだと知ったら彼はどう思うのだろう。


「……でも、アルトはあらゆる国から人が集まる都市だと聞いたわ。だからハリーさんの息子さんのように、無関係の人たちも大勢巻き込まれたのでは?」

「うん、犠牲者は多くいたらしい。……当時はこの国の出身者である証明ができれば、一時的に保護もしていたんだ。だからハリーさんの話を聞いたあと、王都に行ったときに当時の名簿を調べたりもした。でも結局彼の名前は見つからなかった。もしかしたら家を飛び出した時に、出身や身分を証明するものを持たずに出ていった可能性もある。でも結局真相はわからないまま、ハリーさんにはその事実を伝えるしかなかった」


 そう言ってアンセルは声を沈ませた。

 あの事件は多くの人を悲しみに追いやった。その当事者の一人である私は、複雑な思いで耳を傾ける。

 ただその中で一つだけ、彼の言葉に引っかかるものがあった。

 アンセルはずっと民族という言葉を使っているけれど、私たちはそんな風に自分たちのことを捉えてこなかった。民族という意識を共有したこともないし、話題に出たこともない。同じ町で生まれ育った同郷の人というだけだ。

 それとも当時は私が子供だったから、大人たちが話さなかっただけ?


 こうしてアンセルの話を聞いていると、自由都市の市民は一つの大きな民族として見られているということが何となくわかってきた。

 だから、そのうちの一人が仮に魔女だったとしたら、同じ民族として同一視されてしまうといったものだろうか。納得はできないけれど、理屈としては何となくわかってきたように思う。


 しかし、ということは。ますます自分の出自は隠し通さなくてはならない。

 これからもメサイムの町で平和で穏やかに暮らしていきたいのなら、この秘密はバレてはいけない。


 ローラさんや、花や薬草を買いに来てくれるご近所さん。いつも私を笑顔で迎えてくれる修道院の人たち。

 ――――そして、私を薬師の道へ誘ってくれたアンセル。


 この人たちから嫌われたくないし、失いたくない。

 そんな話を聞いていて、私はこれまで以上にこの秘密を守ると心に誓った。





 しばらくしてメサイムに到着すると、なぜかアンセルから謝られた。


「途中から口数が少なくなってしまってごめん。僕も色々と思い出すことがあって、エマがいるのについ別のことを考えてしまっていた」


 色々というのは彼が王都にいた頃の話だろうか。気になったけれど、もう自宅は目前だ。



「アンセル、今日はありがとう。ハリーさんとの仕事はとても勉強になった。買い物にも付き合ってくれて助かったよ」

「実は、雪の降る日に連れ出すことになってしまって少し後悔していたんだ。だからそう言ってもらえると嬉しい。それじゃ、今日はゆっくり休んで。またね」


 そのまま笑顔で立ち去ろうとしたので、私は慌ててバッグを降ろして借りていた外套を脱ごうとした。


「待って、今これを」

「え? いや、これは貸したわけじゃなくて」


 返そうとして脱ぎかけた私を、アンセルが咄嗟に止める。


「これはその……エマが薬師になる為に必要なものとして、今後も使ってもらうために渡したものだから」


 アンセルにしては珍しく歯切れの悪い説明をした。つまり、これは私へのプレゼントだということだろうか?


「カザエラの町で買ったものだから、この町で着ても浮かないと思う。一応そういう物を選んだつもりだから」


 たしかにアンセルの着ている外套と違って、可愛らしい色合いだけれど庶民的な素材が使われている。わざわざ私の為に考えて用意をしてくれて、ありがたいやら申し訳ないやらで改めてお礼を言った。


「それはこちらこそ。今年一年、僕の願いを聞き入れて薬師の勉強に励んでくれてありがとう。これはそのお礼も兼ねてのことだから」


 寒さのせいか、少し鼻を赤くして話すアンセルがどこか可愛らしくて、自然と笑顔になった。


「うん。じゃあ、これから大切に着させてもらうね」



 そうしてアンセルが帰った後、荷物を置いてすぐに炉に火を入れて部屋を暖めた。


「にゃおーん」


 部屋の奥からミルがのそのそと歩いてきて顔を覗かせた。


「あれ、ミル家にいたの?」


 外が寒かったせいか、どうやら家の中で過ごしていたらしい。寝起きだったのか大きな欠伸をすると、すぐに火の近くに寄っていって体を丸めて寝そべった。


「まだ食事は早いみたいね」



 私はミルの様子を覗ったあと、アンセルからもらったクロークを彼女の手の届かない奥の部屋へ大切に仕舞った。



 

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