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12. 薬屋の一日



 もう間もなく一年が終わろうとする、ある日の休日。

 あの後すぐに薬師のハリーさんへ約束を取り付けてくれたアンセルは、今日迎えに来てくれると言っていた。


 遊びに行くミルを見送った後、私は外出用のケープを羽織って出かける準備をしていた。テーブルに着いてしばらく待っていると、外から足音の近づく音が聞こえコンコンとドアが叩かれる。


「はーい」


 布の大きなカバンを肩に掛けて扉を開けた。

 迎えに来たアンセルは、白い息を吐きながらクリーム色の外套(がいとう)を腕に引っかけていた。こんなに寒いのにどうして着ていないのだろう?と思ったけれど、よく見れば当の本人はブラウンの外套に身を包んでいる。


「おまたせ。はい、これ」

「これ?」


 差し出されたそれを見て首を傾げる。


「体が冷えてはいけないから。念のためエマの分も持ってきた」


 そう言って目の前で広げてくれたのは、フードの付いた暖かそうなクロークだった。膝丈ほどあるそれを、私の為にわざわざ用意してきてくれたらしい。


「着ていいの?」

「もちろん。馬車も冷えるから、しっかり防寒しないと風邪をひく」


 私は自前のケープを脱いで、貸してくれたクロークを身にまとう。丈が長いのに思ったより軽くて、ケープとは段違いの暖かさに感動した。


「うわぁ、足まで暖かい」

「それは良かった。じゃあ行こう」



 私たちは街道から馬車に乗り込み、カザエラへと向かう。

 アンセルの言っていた通り、車内は扉の隙間から冷気が入り込んでかなり寒い。私はクロークの前をしっかりと閉じると、前に座っている彼が目を細める。


「エマは普段歩いているから気にならないのだろうけど、じっと座っているだけの馬車の中は意外と寒いんだよ。やっぱりエマの分を持ってきてよかった」

「さすがアンセル様、先見の明には恐れ入ります。これは思った以上に寒かったでございます」


 私が大袈裟に冗談めかして答えると、彼はふふっと笑った。


「エマってさ、普段は控えめで大人しく振る舞っているけど、実はそんなことないよね?」


 アンセルにそう言われて、私は内心どきりとする。

 確かに地元にいた頃は活発で、兄や幼馴染たちと一緒に外を駆けずり回るやんちゃな子供だった。

 あの事件があってから、目立たずひっそりと町に溶け込もうとしていたけれど。彼と親しくなってから、以前の自分らしさが戻ってきているような気がする。


 笑って誤魔化したけれど、あまり調子に乗らないよう自分を戒めた。気を緩めて、前回のように余計なことを口走ってしまうことが怖かったから。


 そんなおしゃべりをしていると、あっという間にカザエラに到着した。





「いらっしゃいませ、アンセル様。エマさん、今日は一日お願いします」


 以前にもお世話になった薬屋さんの店のドアを開けて中に入ると、ハリーさんが出迎えてくれた。

 私も、よろしくお願いしますと挨拶をして、カバンの中から自前のエプロンを取り出した。


「じゃあ僕は外に出ていくよ。帰る予定の少し前には戻って来るからね」


 前回と同様、私が仕事をしている間はアンセルも自分の用事も済ませるとの話だったので、彼を見送ってからハリーさんと一緒に仕事を始めることにした。


 まずは朝の仕事として、少なくなった薬を補充をすることになった。乾燥室から薬草を選び、それを粉末にする作業。用意されていた乳鉢でごりごりすりつぶし、細かくなるまで丁寧に砕いてそれを瓶に入れて保存する。


「メサイムはカザエラよりも小さな町だから、作り置きの種類と量は少なくした方がいいね。傾向としては咳止め薬と解熱薬、それと傷薬はよく出るから、それだけは常備薬として多めに作り置きをしておくといい。後は相手の症状を聞いてから合わすという形で問題ないんじゃないかな」


 ふんふんと真面目に話を聞いて頭に叩き込む。様々な場面で、小さな町で運営していくコツをハリーさんが教えてくれた。

 販売自体はそれほど忙しさもなくのんびりとしていて、雑談を交えながら時間が過ぎていく。そして時々買いに来るお客さんへの質問や、相手に合わせて調合していくところを隣で見させてもらう。

 そうして何人かの接客を見せてもらった後、昼を知らせる大きな鐘の音が聞こえて昼食にしようと提案された。


「冬は基本的に秋までに収穫したものを使うから、今は時間が余るくらいだ。冬に栽培している種類もあるが、それは数も少ないから手間がかからない」


 テーブルを挟んで食事をしている時も、ハリーさんは色々と話しをしてくれる。煮込まれたスープには豆と野菜がたくさん入っていて、美味しく頂きながら耳を傾けている。


「ただうちは薬草園の管理人を雇っているから、もしエマさんが一人で全てをこなすつもりなら、うちよりも大変かもしれないね。だから初めは多くの薬草を扱おうとしないで、種類を絞った方がいいかもしれない」

「それについてはアンセル様にも言われました。そういえば、ハリーさんは育てる方には関わらないのですか? 管理人を雇う前は息子さんと二人で、と……」


 そこまで話してから、ハリーさんが息子さんと喧嘩別れをしたことに触れる話題だと気付いて口ごもる。


「アンセル様から聞いたかい? そうだね、私は薬草の栽培にはあまり関ってこなかった。薬師になった頃は妻が、そして妻を亡くした後は息子が主に担っていたからね。でも六年前に家を出ていったきりになってしまった。しばらくの間は一人でしのいでいたが、やはり限界がきて人を雇うようになったんだ」

「そうだったんですね……すみません、辛いことを思い出させてしまって」


 私の迂闊な質問を申し訳なく思い、素直に頭を下げる。


「いやいや、別に構わんよ。それに思い出すもなにも、私は常に後悔し続けているんだ。息子の将来は親が決めるものだと思っていた。私が父から薬師の仕事を受け継いだように、息子もそうなるべきだと疑いもしなかった。……しかし、彼はそれに従わなかった。アルト自由都市に行って大きな商売をしたいと言いだして、喧嘩をした末に飛び出していってしまったよ。もっと彼の話を聞いてやればよかったと、六年たった今でも思っているんだ」

「アルト自由都市……」


 私は不意に懐かしい地名を聞かされて、自然と口をついて出た。


「息子はギルドがどうとか、商売を成功させるとか言っていたが一切耳を貸すことをしなかった。私は頭ごなしに馬鹿なことを言うなと一蹴して、その次の日に家を出て行ってしまった」


 六年前となると、あの魔女狩りが行われる二年前の話だ。その時、彼の息子さんはあの場にいたということなのか?


「以前その地域の話が町に流れてきたことがあります。ガルダン騎国からの襲撃があったと。たしかそれが四年前……」

「ああ、その通り。私はその話を聞いて愕然としたよ。魔女狩りと称した殲滅作戦だったと知って血の気が引いた。あの街には地元民だけでなく、様々な国の人々が行き交う街だと聞いている。せめて息子が巻き込まれずに元気でいてくれたらと思っているんだ」


 まさか、ここで故郷の話が出てくると思わず動揺してしまう。あの日、彼の息子さんも私たちと同じように逃げ惑ったのだろうか。方々に火が放たれて逃げる町の人々、そして兵士に追われた父の姿を思い出して胸が苦しくなる。


「すまん、なんだかしゃべりすぎてしまったようだ。……エマさん、暗い話をして申し訳なかったね。年寄りの愚痴に付き合ってくれてありがとう」


 しんみりとなった雰囲気を消すように、ハリーさんは立ち上がって空になったお皿を片付け始めた。私も一緒に台所に下げて、この何とも言えない気持ちを切り替えることにした。




「おい、いつもの薬を出してくれ」


 店を再開すると、間もなくして呼び鈴が鳴って男の大きな声が聞こえた。奥にいた私たちが出迎えると、小太りの中年男性が立っている。

 その姿を見て、私はハッとした。それは修道院でエルミン院長と揉めていた、元管財人の男だった。



「ドニスさんいらっしゃい。また二日酔いかい? 今薬を用意するから待っておくれ」


 思いがけない人の登場で驚いていると、男は不機嫌そうにこちらに目を向けた。




 

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