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11. 冬の花売り



 本格的な冬に差し掛かり、今日はローラさんの家で年末年始に向けたリース作りをしていた。

 ぬくぬくとした炉の近くで、細かい手作業に取り掛かる。つるを曲げながら葉っぱを組み合わせ、そこに乾燥した木の実を挿していく。


 無心になって黙々と作業を進めていると、ゴーンゴーンと正午を知らせる鐘の音が町中に響いた。私は動かしていた手を止めて、軽く伸びをする。


「エマちゃん、食事の用意ができたからこっちにおいで」


 ローラさんは近くのものがよく見えないため、このような細かい作業は私が担当している。そのかわり足りない材料を持ってきたり、こうして食事を作ってくれていた。


 二人で昼食をとった後は、ローラさんは引き続き自宅で販売、私は薬草の手入れの為に自宅へ戻る。

 まだミルは戻っていないようなので、そのまま庭に出て植物を見て回ることにした。防虫対策をしているとはいえ、やはり虫は付いてしまうので取り除いていく作業は毎日行う。


 こじんまりとした菜園を歩きながら、ふとこれからのことを考える。カザエラの薬師が運営している薬草園を目にしてから気になっていたこと。

 アンセルは私が薬師になれば、ここよりも広い庭を貸すと言っていた。しかし今以上の大きな薬草園を、私一人で管理できるのかということだ。


 最近になってエルミン院長から、この進み具合ならば来年の春には独り立ちができるかもしれないとの言葉をもらっている。そうして薬師になった後のことを考えると、不安に思うことも意識するようになっていた。



 そんなことを考えながら外の仕事を終えて、炉に火をつけて部屋を暖める。かじかんだ手が温まったら、リース作りに必要な枝や葉の選別をしたり勉強に時間を当てよう。


 そうして作業台に座って手を動かしていると、扉をノックする音が聞こえた。

 もしかしたらアンセルが来たのかも。そう予感がして玄関の扉を開けると、思った通り彼が白い息を吐いて外に立っている。


「こんにちは、エマ。そろそろ家に帰っているかと思って来たよ。頼まれていた物を持ってきた」

「ありがとう、今お茶を入れるから座って」


 私はアンセルを招き入れ、いつもの椅子に座ってもらう。少し前に仕事や勉強に必要なものを聞かれていたので、どうやらそれを渡しに来てくれたらしい。

 すでに火を入れていたおかげで、お湯はすぐに沸きそうだ。手早くハーブの種類を選び、カップにドライフルーツを入れてからテーブルに置いた。


「そういえば、エマの影響で家でも紅茶やハーブティーにドライフルーツを入れて飲む癖がついたよ」

「あら、でもアンセルの家には砂糖や蜂蜜だってあるでしょう。そっちのほうが美味しいんじゃない?」


 私はしばらく蒸らしていたハーブティのポットを持って、カップに注ぎ入れながら話す。


「この、ほんのりした果物の香りと甘さがいいんだ。……そうだ、お茶をいただく前に渡しておくよ、新しいインクとノート、それから薬学の本」

「ありがとう、大事に使わせてもらうね」


 受け取った物を作業台の上に置いて、私も一緒のテーブルに着く。

 アンセルが「あとこれも」といって出してくれたのは、度々差し入れをしてくれる馴染みの木箱に入った焼き菓子だ。


 こんな田舎娘が贅沢に慣れてしまっていいのだろうかと思いつつ、甘味の誘惑には逆らえなくていつもありがたく頂いている。



 少し前にアンセルから言われて敬語をやめてから、私たちの間に薄っすらあった壁のようなものが、完全に消え失せた気がする。

 そもそも私にはこの町に友達がほとんどいなかった。同世代が周りにいないので、その少ない友達が修道院にいる数人の若い修女だけという状況だ。ローラさんや近所の人たちには随分とお世話になって慕っているけれど、友達というのとはまた違う。

 だから歳が近く身分が違っても飾らずに親しくしてくれる彼の存在は、私の中で特別なものでもあった。



 少しの間雑談をしたあと、最近気になっていたことをアンセルに相談してみた。


「あのカザエラの薬草園のことだけれど、薬師……ハリーさんが一人で管理しているの? それとも誰か雇ったりしているのかしら」

「うん、エマの言う通り一人雇っているね。……そうだな、エマの場合は小規模から始めた方がいいかもしれない。ハリーさんは元々、奥さんが亡くなる前までは夫婦でされていたようだし、亡くなられてからは息子さんが手伝いをしていたらしい。だけどエマの場合は難しいからね。ある程度稼げるようになるまでは徐々に面積を広げていく形がいいのかもしれない」

「ハリーさんに息子さんがいたの?」

「うん。当時のことは僕も子供で知らなかったけれど、六年前までは跡継ぎとして教育していたらしいんだ。でもハリーさんと喧嘩別れをしてして、それから人を雇うようになったと言っていたな」


 あの穏やかそうなハリーさんも色々な過去があるのね、なんて思っていると、アンセルからまたカザエラに行こうと誘われた。


「実はそろそろ提案しようと思っていたんだけど、近々ハリーさんの店で一日働いてみないか? 本当だったら店主に弟子入りをして薬学から経営まで学ぶものなんだろうけど、エマは仕事上ここを離れられないからね。独り立ちをする前に、そういった機会を設けられたらと考えていたんだ」

「それはとても嬉しい! ハリーさんがそれでいいと言ってくれたら是非お願いしたいわ」


 アンセルのこの提案は助かる。前回は仕事の流れを見させてもらったけれど、実際に一日を通して働くことは大きな経験になるはずだ。




「にゃーん」


 そんな真面目な会話をしていると、いつの間にか家に戻っていたミルがトコトコと出入口の窓の方から歩いてきた。

 そしてアンセルの足に頭を擦りつけたかと思うと、そのままぴょんと膝の上に乗ってしまった。


「あっ、ミル駄目!」


 外から帰ってきたばかりだから、彼のズボンが汚れてしまう。そう思って慌てて立ち上がろうとしたけれど、彼がそれを止める。


「大丈夫、好きにさせてやって。足が冷たくなっているから暖かい場所がいいんだろう」


 私の服が汚れる分には構わないのだけれど、どうやらミルは彼のことがお気に入りらしい。ゴロゴロと喉を鳴らしながら、甘えるように彼のお腹をふみふみしていた。

 今度、アンセルの為に良いブラシを用意しよう。

 私は肩を竦めながらそう心に決めた。




 

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