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9. クイード家の兄弟【アンセルside】



 王都にある、とある日のクイード子爵邸。

 暇を持て余していたアンセルは、一人自室に籠り本を読んでいた。

 日が暮れるまでの時間はひたすら長い。父と兄たちは多くの時間を王宮で過ごすため、顔を合わす機会もあまりない。

 自分の将来が見えぬまま時が過ぎていくのはただ苦痛で、家にある本を端から手にしていた頃だった。



「やあ、アンセル久しぶり。フィリオ伯爵邸から追い出されたんだって?」


 クイード家三男のリゼルが、面白そうに話しながら部屋に入って来た。


「その追い出された原因が貴方だとわかって言っているんですよね? 兄上」


 アンセルはムッとして言葉を返す。

 彼はすぐ上の兄、リゼルが苦手だった。利己的で、家のことなど考えもせず、貴族のしがらみなどどこ吹く風で自由に振る舞う男だ。


「あなたが魔女を擁護し、魔法院の偉い方達と一緒に共生を主張していることが原因だったのですよ」


 アンセルは苛立ちを隠そうともせずリゼルに文句をぶつける。

 寄宿学校を卒業してから、フィリオ伯爵家嫡男の侍従として身を置いていた彼は、三年前の魔女狩りの煽りを今頃になって受けて解雇された。


「それは私だけの責任ではないよ。どっちつかずで周囲の顔色を窺う、父や兄上の不甲斐なさが伯爵の不興を買ったのではないかな。フィリオ伯爵は過激な強弁を張る魔女排斥派だ。付き従うのか、それとも決別するのかはっきりと意思決定をしなかったお前たちが悪いんじゃないの?」

「それは……でも僕だってすぐには考えなんて纏められなかった」



 ガルダン騎国による『アルト侵攻事変』。通称・魔女狩りと呼ばれたこの事件を境に、この国の貴族たちは大きな派閥に分かれた。

 魔女を排斥しなければならないという、ガルダンと同じ主張を唱える排斥派。

 もう一方は人道的観点から、ガルダンの主張は認められないとする共生派。そしてそのどちらにも関与しないという中立にいるのが国王だった。



「まあ、凡庸なお前には荷が重い話だろうね。考えが纏まらないのも仕方がない」

「兄上はそんなことを言う為にわざわざ家に戻って来たのですか? 父上や他の兄たちは、家のことを考えて軽率に動いていないだけのことです。誰もがあなたのように好き勝手できるわけじゃない」


 アンセルは悔しげに反論する。リゼルには貴族社会から浮いた非凡さと才能があることはわかっている。しかしそれ故に、昔から物事を軽んじて話す癖があった。


「いや、可愛い弟が仕事をクビになったと聞いたらじっとしていられなくてね。それで今日はここを訪れたんだ。よかったら私から父に進言してあげようかと思って」

「進言? 何を言うつもりですか」


 アンセルは少々警戒しながら尋ねる。彼の突飛な言動に一家が振り回されることも度々あった。それが自分に向けられそうとなれば、身構えてしまうのも仕方がない。


「お前は王都にいない方がいいよ。はっきり言ってここで生きていくには向いていない」

「なんで……」


 リゼルの言葉が、ナイフのようにアンセルの心深くに突き刺さる。


「僕が凡庸だからですか。兄上のように才能がないから」

「うん。自分でもわかっているじゃないか」


 にっこりと笑ってリゼルが肯定する。


「上の兄と違って武術に優れているわけでもなく、かといって私のように才覚があるわけでもないからね。私の助手として働いてくれてもいいのだけど、他にもお前に向いている仕事がある」


 そうして提示された内容は、領地に戻り領主代理を務めるというものだった。


「アルト事変が起きてからの数年は、我々もほとんど領地に帰ることができず叔父上に任せきりにしてしまっている。しかし彼には他にも仕事があるわけだし、いつまでも負担をかけ続けるわけにもいかない。うちの領地は小さいし、若いお前でも管理経営がしやすいだろう。何もお前を無能だなんて言っているわけじゃない。突出した才能がなくても、平凡であることの良さはあるのだよ」



 リゼルの言うとおり、アンセルは自分に特別な強みがないことなどわかっている。だからこそ、父親が命じた通りフィリオ伯爵家に仕えていた。


 それに比べて兄たちはどうだろう。

 一番上の兄は父の後を継ぐことが決まっている。跡取りとなるべく高い教育を受け、いずれはクイード家を担っていく人だ

 その下の長女である姉はすでに結婚し、二児の母となって今は家の女主人として仕事をこなしている。

 二番目の兄は体格も良く武術に長け、その実力を認められたことでサンベルグ公爵家の上級騎士に引き上げられている。

 そして三番目の兄リゼルは、幼い頃から神童と言われ早い時期から魔法に興味を持った。寄宿学校を首席で卒業し、難関と言われる王立魔法院には初任時から中級士として入っている。


 そんな彼らの下に生まれたアンセルは、自分も兄たちのように特別になりたいと思いながら成長した。そうして後を追っているうちに、自分自身に何も見いだせないまま寄宿学校を卒業することになる。



「器用貧乏なお前にはぴったりだと思うよ。早いうちに父上には話しておくから、今のうちに領地経営の勉強をしておくといい」

「僕の意思を聞く気はないということですか」

「別に嫌ならいいんだ。でも、どうせ何かになりたいわけでもないんだろう?」


 笑いながら見透かすような目を向けられて、アンセルは黙り込んだ。やはりこの人は苦手だ、と改めて思う。

 好きなように話して勝手に部屋を出ていこうとした兄に、つい一言だけ返したくなって嫌味を投げかけた。


「兄上も、父上を困らせるような言動は慎んだ方がいいのではないですか。下手をしたらクイード家の足を引っ張ることになりますよ」

「困らせるって……ああ、さっき話していた派閥のこと?」


 リゼルは振り返って再びアンセルと目を合わせる。


「あはは、面白いね。フィリオ伯爵の家で働くうちに、お前も感化されてしまったのかな。まあ排斥派の場に身を置いていれば、それが常識だと錯覚してしまうのだろう」


 特に気を悪くする様子もなく、リゼルは当然と言いたげに答える。


「私は魔女排斥派と関わることが少ないから興味深いよ。今度時間がある時にでも、フィリオ伯爵家のことをゆっくり聞かせておくれ」


 そう言い残すと、頬に掛かった髪をさらりと靡かせて颯爽と部屋を出ていった。

 それだけを言いにわざわざ来たのかと半ば呆れつつ、まるで嵐が去った後のように心を吹き荒らして去っていった。


 これはアンセルがクイード領へ戻る二か月前、寒い冬の日の出来事だった。

 

 


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