一家離散
寝静まった町に火が放たれ、赤く染め上がった夜の町。
「助けてー!」
「お願いだ、命だけは!」
方々で、泣き叫ぶ悲鳴や助けを求める声が上がっている。
大人も子供も関係ない。私はただ悲痛な叫び声が怖くて、耳を塞いでいた。
「エマ、お前はもう十三歳だ。一人で逃げられるな?」
町をうろつく兵の目を盗み、こっそりと家から抜け出した両親と私。狭い路地に身を隠したところで、父が私の両手を耳からゆっくりと外して強く握りしめた。
なぜこの町が兵士に襲われているのか、どうしてこんな状況になっているのか。
目の前で起きている惨状とバチバチと家が焼ける音があまりに非現実的で、混乱したまま父を見上げた。
「エマ、しっかりして。これからは自分を守ることを一番に考えるのよ。もし私やお父さんが捕まったとしても出てきちゃ駄目。いいわね?」
怖いくらいに真面目な顔をした母が、落ち着き払った声で私を諭す。その覚悟を決めた言葉に、私はただこくりと頷くことしかできない。
兵に引きずられていく町民たち。抵抗すればその場で切り殺されるところを目の当たりにした。
今日まで当たり前のようにあった平穏が、何の前触れもなく目の前で崩れ去ってゆく。もしかしたら悪い夢でも見ているのではないかと疑ったりもした。
「父さんは、ここを逃げきれたらテオが住んでいる町に向かう。だからお前たちは余計な事を考えず、ただひたすら逃げることを考えろ。物陰に隠れながら遠くの村か町を目指すんだ。いいな」
父は中心都市に住む兄のところへ行くという。すでに家を出て一人で生活していた兄が心配なのだろう。
こうしている間にも、兵士の声が徐々に近付き大きくなっていく。
「大丈夫だ。父さんは昔から足が速いことで有名なんだ。あんなゴテゴテに武装した連中になど捕まってたまるか」
最後に父は笑顔を見せ、私達を安心させるようにウインクをした。
「もう時間がない。最初に父さんがここから出るから、お前たちは反対側から逃げろ。では ―――― 解散!」
父はそう告げると、大声を上げながら通りへ駆け出した。
「おい男が逃げたぞ、追え!」
父の叫び声を後ろに聞きながら、母と私は逆方向の路地を抜けだした。
お父さん、どうか生きて逃げ延びて。泣きたい気持ちを堪えて、身を隠しながら町の外を目指す。
路地から路地へ。兵士の目をかいくぐりながら移動しているうちに、母とも離れてしまった。見つけて合流したくても、一人で身を潜ませるのが精一杯で一緒に逃げることは難しい。
『エマ、お前はもう十三歳だ。一人で逃げられるな?』
『これからは自分を守ることを一番に考えるのよ』
両親の言葉を思い出し、勇気を奮い立たせる。不安で心が押し潰されそうだったけれど、今は泣いている暇などなかった。
どうにか見つからずに町から抜け出して、草原のなだらかな坂を登る。身を低くして闇に身を潜めるようにして町を振り返った。
家々は焼き尽くされ、煌々と夜空を赤く照らした変わり果てた町。焼かれて朽ちていく姿を、ただ眺めるしかなかった。
あれが、私たちが暮らしていた場所。
呆然としていた私は、母のことを思い出して周囲を見渡した。無事に逃げられただろうか。目をこらして見ても周囲に人影らしきものはない。
「お母さーん!」
大声とは言えない程の声で呼びかけた。兵士に見つかっては元も子もない。でも一人は心細くて必死だった。
返ってこない声のかわりに、町を見張っていた遠くの兵士がこちらを振り返ったような気がする。気を付けたつもりだったけれど、聞こえてしまったのかもしれない。
一緒に逃げることは一旦諦めよう。私はやっと覚悟を決め、父の言った通り遠くの町を目指すことにした。
身を低くしてその場を離れ、道なき草原を歩き出す。
その時は、もう家族と会えなくなるなんて考えてもいなかった。