高橋
「右肩、用意出来ました」
「左肩も準備万端です」
「了解、事後の行動は打ち合わせ通りに」
茂みから現れた二人の伝令にそう返し、再び双眼鏡に注視すると、レンズの向こうにいる友軍を見つめ、
「これが光輝ある帝国陸軍の勇姿か」と高橋は一人呟く。
およそ軍人や、武人と呼ばれる類の者が持つべき、勇ましさや雄々しさは何処へ行ったのやら。これならば、銃後に控えるご婦人達の方がよっぽど頼りがいがある。どれだけ肉体や精神を鍛練しようとも、やはり死に差し迫る飢えや疲弊には及ばない。では軍人、いや、人間という上っ面を、辛うじて引きはがされぬよう彼らを支えているのは何かといえば、それは狂気だ。しかしもしかすると、そう感じているのは自分だけで、これこそが陸軍魂、もしくは大和魂と呼ばれるものなのかもしれない。
「分隊長、ちょっといいですか?」
「何、どうしたの?手短に」
「あのう、最初の一発なんですが、自分に撃たせてくれませんか?」
その言葉に視線を外すと、もう長い付き合いになる伍長のハヤトがニッと白い歯を見せて笑う。
「あそこで偉そうに演説ぶっこいてるの、あれって参謀ですよね?お願いですから、自分にあいつを撃ち殺させてください」
「面白そうだからいいけど、こいつでやれるか?」少し考え、ハヤトに小銃を渡す。
友軍相手に偽の襲撃を仕掛けるのは、混乱に乗じて必要な兵員を確保するのが目的だ。諸事情あってこんな回りくどいやり方をしなければならないわけだが、その為にはまず、使用火器には英軍から鹵獲したものが混じっていなければらない。特に射撃開始の合図とする第一射については。
「任せてくださいよ。必殺は無理でも、必中させてみせますから」
「そう上手くいくかね。ああいう手合いに限って、天寿を全うして長生きするもんだよ。まあいいや、ちゃんと観測しておくから好きにやってみてよ」
「ありがとうございます!」
意気揚々とハヤトが藪の中へ突進して暫くの後、英国製リー・エンフィールドの銃声をきっかけに撃ち合いが始まったが、やはり結果は予想通りだった。
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