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宮田上等兵 6

 思想の与える影響は様々だ。何においても国や人種、または性別などによって物事の捉え方は異なり、結果と過程には大きな違いが生じる。しかしてそれは武器開発の分野に於いても例外なく、九二式重機関銃、通称「九二式」。我が大日本帝国陸軍が誇る、この名銃とて。


「ほら、もっとしっかり持って!」


「ふう、ふう・・・」


「もう少し行ったら休憩しますんで」


「は、はい・・・」


 三年式機関銃を基に開発された九二式は射撃精度と持続性を追求した結果、発射速度は弾数を数えられるくらいに遅く、また何と言ってもその重量は、とても空冷式とは思えないほど非常に重かった。ズシリとのしかかる鉄塊が容赦なく体に食い込む。それでも小林の背負っている三脚部に比べれば、肩に担げる銃本体の方が幾分かは歩きやすいはずだ。それなのにどういうわけだろう、こうして激励されているのは。


「きっと不慣れだからに違いない」そう信じて自尊心を保つと共に、一昨日の朝、「ちょっと手伝ってくれない?」と高橋に頼まれ安請け合いしたことが大いに悔やまれる。


「なに、大した内容ではないよ。残置されている九二式を回収して別の拠点へ移設するだけだから。ただ、ちょっと人手が足りなくてね。あんな重たい物、一人だと一度に運べないじゃない?だから小林君に同行してもらえると非常に有難いのだけれど」


 口ぶりから察するに、せいぜい半日そこらで済む仕事だろうと高を括っていたのだが、出発してからもう一昼夜が過ぎている。一体いつになれば目的地へ着くのか。


「それじゃあ小休止にしましょう」


 険しい斜面を登り切った先に、一息つくにはおあつらえ向きの開けた土地があった。小林に倣って荷物を下ろし、腰を据えて向かい合う。特に凝り固まっていた上体を軋ませて大きく伸びをしてみるが、一向にほぐれない。小林はと言えば、額に浮かんだ汗を手でぬぐい取って舐めとり、手近に生える雑草を毟っては盛んに口の中へ放りこんでいる。


「体力が落ちると消化機能が低下するので、とにかく腹は減らさないようにしないといけませんよ。でないと、食べられる物だって食べられなくなるんですから。そら、これとこれは食べられます。安心してください、すでに自分の体で実験済みですから」


 そう言って勧められたのは、ギザギザした草の新芽と粘性のある木の根っこだった。無論、同じ植物の仲間だとしても野菜とは全く別の代物で、人間がそれらから栄養を得ることはできない。だがそれでも、例え口から入れた物がただ尻から出て行くだけだとしても、何も食べないよりかは遥かにマシだった。


「ではボチボチ行きますか。日暮れ前にはなんとか到着できると思いますよ・・・って宮田君⁉」

 終着点が見えて気が緩んだせいか、立ちあがろうとしてなんとはなしに手をついた所は急斜面で、傾いた体がゆっくり後方に倒れ込む。遠のいていく小林の顔が緊迫していた。


「・・・!」


 ほんの数秒に満たない距離であるのに落下の衝撃は激しく、背中、側背、次いで頭部と立て続けにぶつけて息が詰まる。背嚢のお陰で命拾いした。傍に聳える大きな岩の切っ先には、きっと衝突の際に千切れたであろう破れた背嚢の切れ端が引っかかっている。滑落した斜面は途中から切り立った崖になっていて、三メートル近い高低差があった。もしも身体を直撃していたならば、あるいは岩を介さずそのまま地面に叩きつけられていたとしたら、この程度の怪我では済まなかった筈と思い身震いする。幸いなことに、痛むのは捻挫した左足首だけで、これならなんとか歩けそうだ。


「おーい、大丈夫かー!」 


 頭上より小林が語りかけるが、ここからでは死角になっていて互いに姿は確認できない。


「はーい、なんとかー!でも、ここをよじ登って戻るのは難しそうです」


「良かった。そしたらちょっと待っていてください」


 降りてくるつもりなのか、すると何やらガサゴソと草木をかき分ける音が聞こえた。だが、ロープでもない限り安全に降下出来る傾斜ではないし、それにこの状態で転げ落ちてこられては避けようも無く、更なる怪我を負いかねない。


「自分でしたら大丈夫ですから!痛みが治まったら自力で戻りますので、ちょっと待っていて下さい!」


 しかし返事は無く、辺りは元の静けさを取り戻していた。


「参ったな、大丈夫って言ったのに」


 こうなっては待つしかない。痛めた部位をさすりながら周囲を見渡すと、近場に死体があるのを見つけた。どうせ味方のだろうから、手でも合わせてやろうと足を引きずり近寄ると、三つの遺体が互いを支え合うようにして寄り添っていた。澱んだ死臭に生理的嫌悪を催し顔を顰めるが、いずれ訪れる自分の番を思えばこそ丁重に弔う。しかし見慣れたはずの光景に違和感を抱き、ふと考えこむ。


 戦死であれ部隊に見切りをつけられたのであれ、同じ場所に葬られた者の死期とは均しくなるもので、腐敗の進行具合も同様だ。だが蛆の湧き方からして彼らは、それぞれ違う時期に死んでいる。恐らく、一週間から十日の間隔をあけて。それだけ時間があったのならば、何もこんな所で死なずとも良かったはずだ。仮に人肌が恋しかったとして、腐乱死体にその役が務まるとも思えないし、彼らがこの場所で最後を迎えなければならなかった理由はなんなのだろう。しかし訝しんだ宮田が、中でも比較的新しい死体を指で突くと微かに反応があってギョッとする。


「まだ生きているのか?おい、しっかりしろ!俺が分かるか!」


 問いかけに応じられるほどの体力は尽きているのだろうが、落ち窪んだ眼窩がわずかに灯る

 のを見て確信する。


「安心しろ。俺が何とかするから」


 鞘から抜き取った銃剣を男の胸にあてがうと、静かにそれを突き入れる。斜めに倒した刃が、肋骨の隙間を縫うように心の臓を貫き、男は生の苦痛から解き放たれた。


誤字脱字、感想などありますれば、どうぞ遠慮なくお聞かせください。

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