高橋分隊 2
足音と共に近づいてくる話し声。慣れ親しんだ母国語を、こんなに恐ろしく感じる日が来るとは。
よほど自信があるのだろう、「ちょっと出掛けてくる」そう言い残して永井はこの場を離れ、その間、宮田はなんとか縄抜けを試みたが、結び目は緩むどころか、余計に固くなっていく。戻ってくる相手が味方であるのを祈るも、差し迫った恐怖にあらぬ妄想を掻き立てられ、不安に胸を掻きむしる。
「どだい霊長類なんて気取ってみた所で、無理があるんだよ。考えてもみなよ、小難しい理屈をこねくり回しているだけで、進化の行き先はどうしたってアメーバみたいな原生生物なんだから。つまるところ人間なんて、馬鹿か、自分が賢いと思い込んでる馬鹿の二種類しかいないんですよ。唯一、価値あるものがあるとすれば、それはきっとお・・・おお、無事で何より」
「高橋さん、そいつは!」
聞き覚えのある声に安堵しかけるが、永井を先頭に、高橋、ハヤトと続いて現れたのに困惑する。不用心にも二人は、一目散にかつて小林だった残骸のもとへ駆け寄り、「へえ、上手いもんだ」「中々やりますね」と口々に感心し、永井は、自分を拘束していた縄を解いたかと思いきや、荷物をまとめ始める。
「どうゆうことですか」
「どうも何も、君たちが帰ってこないから探しに来たんでしょうが。それじゃあ、時間もないし、すぐに出発するよ。永井君も、もう行けるよね」
背を向けたままの永井が、片手を挙げて声掛けに応え、ハヤトもまた、何事もなかったかのように出発しようとしていた。
「ちょっと待って下さい!」
「何よ。本当に時間が無いんだから、歩きながらにしてくれないか」
動こうとしない宮田に、高橋もつい、うんざりした口調になる。
「こいつが小林さんに何をしたか、わかっているんですか⁉」
「何って、そりゃ分かっているよ」
「だったらなんで、そんな風にしてられるんですか」
「・・・なるほど、つまり君はこう言いたいわけだ。「小林君を殺めた奴を、なんで仲間に引き入れるのか」と」
わざわざ説明するまでもない内容だと思うが、高橋はゆっくり時間をかけて自分の抱く疑問を確認し、丁寧に答える。
「まず、とやかく言うまでもなく、彼は同じ組織に所属する仲間だ。小林君を殺めた件について不満があるようだが、それってそんなに悪いことかね?」
「悪いも何も、仲間を殺す奴となんて・・・」
「とおっしゃいますがね、だったらそうする以外に、彼に生き延びる道はあったかね。私怨だとか、趣味嗜好、むやみやたらってわけでもなく、明確な目的があったうえでの行為だ。こんな所で人倫を持ち出すのなら、まずは、そうせざるを得ない状況を作り出した連中をこそ、正すべきではないかね。それをせずして彼を責めるのは、単なる弱い者いじめで意味がない。違うかね?そして何度も言うように、時間がないんだ。だからほら、早く行こう」
さっぱり意味は解らなかったが、高橋の後ろにいるハヤトが、どこまでも冷めた目で「早くしろ」と促していた。どうのこうの言ったところで、帝国軍人である以上、結局は上官命令には逆らえない。左足に負荷をかけないよう、注意して立ち上がり、ハヤトに肩を貸してもらう。
「さて、細々した問題はあったけれど、なんとか準備は整った」
「一体、これから何をやろうっていうんです?」
当初の目的地へ向かう道すがら、高橋が、これから行う作戦の概要を説明する。
計四門の重機関銃を有する敵部隊は、強固といえども兵を二分しており、頭数だけ見れば、我々の方が圧倒的に多い。一方に対し全力を注ぐ事が出来れば、「数で圧倒できる」と高橋は話すが、それが出来ないから立ち往生しているのではないか。
「兵の数で勝るにしても、肝心の火力が貧弱では、太刀打ちできないのではないですか」
「それについては、こいつで解消する。二丁あれば文句なしだったんだが、まあ一丁でもなんとかなるだろう」
「ちょっと待って下さい、弾はどうするんです」
「弾?だから弾だけはいっぱいあるって」
「いっぱいあるって言っても、九九式のですよね。前に、口径が同じだからって、九二式の弾を弾倉に入れようとした奴がいたんですが、形が違うから入らないって言っていましたよ」
「ああ、それって九二式の弾を九九式に入れようとしたんだよね?古い弾だとそれは無理だけど、逆だったら可能なんだよ」
「どういうことです?」
高橋によれば、製造時期の古い九二式の弾には、縁がついており、そのせいで九九式には用いれず、逆に、九九式の弾であれば九二式でも使えるという。そして現行品であれば、その厄介な縁はなく、双方共に流用可能で、では、あれは何のためについていたのだろうか。
「わかんないよねー。造兵廠の人とも話したことあるけど、「試作と量産の分別がついて無いんじゃないか」って話だよ」
「試作と量産?」
「そう。いっぱい作るよりも、もっといいやつを作りたくって、色々試しているんじゃないかってさ。海軍のナントカって潜水艦なんて、仕様書の数が多すぎて、毎回新作みたいだって」
「はあ」
「さ、到着したよ。肉眼での確認は出来ないが、この方向、約一キロの地点に敵機関銃中隊が左右に展開している。我々の目的は、こいつらの撃退、あわよくば殲滅だ」
日没間近、木々の切れ間で高橋が立ち止まると、ハヤトと永井は荷を下ろし、いつの間にか駆け付けた及川と三人で九二式を組み始める。
「それでは、具体的な行動内容をおさらいする。三人はそのまま手を止めずに聞いてくれ。夜半、
我々は山砲の発射を合図に三百メートル前進し、敵の注意を惹きつつ、左方から突撃する友軍の支援射撃を行う。弾薬については、及川君が事前に射撃陣地へ至る途上に、分散、隠ぺいして置いているので、これを回収して使用する。どこまで持って行けた?」
「あの岩場の周囲に纏めてあります」
一瞬だけ作業の手を止めた及川が、百メートルほど離れた位置を指し示す。大した距離ではないが、それでも日中、敵の目をかいくぐってあそこまで運ぶのは至難の業であるし、なにより他に適当な場所も無く、最善の位置にあった。
「無事に射撃準備が整えたとして、見たところ弾除けになる物はなさそうだが、それはどうする。まさか現地で蛸壺を掘るなんて言わないだろうな」
永井の言うように、弾薬が置いてある岩場を除けば、それより先、敵陣までの間は遮蔽物の無い上り坂で、居場所がばれたらすぐに狙い撃ちされる。
「及川君、例の物は・・・ありがとう。敵からの攻撃については、こいつで防御する。いやあ、しかし想像以上の出来だよ、よくこの条件下でこれだけの物がつくれたものだ」
「なに、人間だけは余分にいますからね。素材集めに部隊の半分を、残りの連中に要らなくなった水筒や何やかや削らせて、アルミと酸化鉄の粉末を集めれば、あとはそれを反応させてくっつけるだけだから、そう大したことでは」
草に埋もれた鉄くずがあるのは気づいていたが、高橋に言われて及川が引きずり出すまでは、それが盾であるとは思いもしなかった。厚さ三センチ、幅八十センチ、長さ一メートル五十センチ程度の長方形のその盾は、つぎはぎだらけの鉄板の裏に、やかん、ネジ、ボルト、時計、榴弾の破片から、はてはサーベルまで、ありったけの鉄製品を伸して貼り付けてあった。畏れ多くも、天皇陛下より下賜された品々をこのように扱うだなんて、戦場には無縁の人間が聞いたら、きっと非難をお通り越して銃殺刑を求めるだろう。
「それよりも、時間と材料が余ったので、砲の班長に頼まれてちょっと面白いものを作ったのですが、それをお見せ出来ないのが残念です」
「へえ、そりゃ楽しみだ。万が一無事だったら、後で見に行ってみよう」
「是非」
それだけ話すと、及川は再び作業に戻った。
「極力動きやすくするため、小銃、銃剣などの無用な物は、すべてここに残置。射撃位置まで前進したら、ハヤトと永井君の二人で盾の保持、俺と宮田君の二人で弾薬の回収、及川君は射撃準備をお願いするよ。なお、防御力向上の為、可能な限り盾の保持は、敵の銃弾に対し鋭角になるよう心がけてもらいたい。以上、何か質問は・・・なし?それでは別命あるまで待機」
早口でそうまくしたてると、高橋は煙草を巻き始め、組み立てが終わった他の三人も、各々くつろぎだす。
つかの間の静寂。懸念はあるが、久しぶりに真っ当な戦いが出来そうな期待に、宮田の胸は大きく高鳴る。
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