永井 4
粘膜同士を接触させて得られる世界の、なんと甘美な事か。それからというもの、逢瀬は重なり、幾度となく関係を持った。
休みになれば、芙由子はどこからとなく現れ、互いに血肉を貪るようにして交わる。行為の内容も、その都度激しく、より退廃的なものになっていくが、ただ一つ決まりがあった。あの場所だ。
人目を忍ぶだけならば、何もあそこでなくとも良いはずなのに、なぜか頑なにあの裏山にこだわった。だが、そんな危うい関係を長く保てるわけもない。始まりを作ったのが芙由子であるのなら、終わりを決めるのもまた彼女だった。
「ねえ、ちょっと前から気になってたんだけど、あいつ(軍神)っていつもこっちを見ちょんよね」
辺りを埋め尽くしていた蝉の声が蜩に変わったせいか、いやに切ない夕暮れ時。情事を終え、ひしめき合う秋の訪れが耳を覆う中、いつもの甘ったるい声で芙由子が囁く。
メクラを捕まえて、「見る」も何もあったものではない。しかし聞き違いでも、ふざけているわけでもなく、前を見据える芙由子の目に疑いの余地はなく、視線の先には、確かにこちらを見返す軍神の姿があった。あるはずがない目玉に畏れ、委縮して固唾を飲む。
「なあ永井、あいつもかてて(仲間に入れて)やろうや」
咄嗟のことに理解が及ばなかったが、言うが早いか、芙由子はそのままの姿で駆け出し、一目散に軍神のもとへ向かう。
「お嬢!なにしちょるんです!」
止めるべく慌てて駆け出してみても、すでに差が開いていて追いつけず、背中に手がかかる距離に着た頃には、もう二人の姿は軍神の前にあった。
「なあお前、まだ生きちょるんか」
「お嬢、やめてください。早く行きましょうって」
今すぐ立ち去れば、まだ誰にも見つからずに済むかもしれない。
喉を焼かれ、耳をつぶされた人間が答えられるはずもないのに、しかし、裸同然の芙由子が誰憚ることなく問いかけ、縁側へ歩み寄ると、軍神は無いはずの左腕を持ち上げ、唯一残った指の付け根を微かに動かす。こうなってしまえば、言葉なんて大して役に立たない。
差し出された指を芙由子が咥え、丹念に舐めあげる。一人では排泄すら満足に叶わない男の、唯一残った外部との接触器官、それは一体どこへ繋がっているのだろうか。
「永井」
名を呼ばれ、芙由子が尻で指図する。
それは、道徳や規範に欠ける恥ずべき行いかもしれないが、ぐっしょりと泣きぬれたほとを貫く、その瞬間に生物としての過ちや誤りなどは一切なく、初めて「生きていても良い」と言う平安に満たされる。
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