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永井 2

 永井が初めて人の始末をつけたのは、まだ十に満たない子供のころの事だ。


 どういった経緯があって商売女が子を持つに至ったのか、「お前なんか生むんじゃなかった!」口汚く罵るその様子からして、どうせロクなものではないし、今となっては知る由もない。


 数日前に死んだ母の遺骸には、猛暑のせいもあって多量の蛆が湧き、ブンブンと蠅が集っている。荼毘に付すため、豊後川の畔で薪をくべていると、どこか見覚えのある坊主に話しかけられた。


「ボン。これは君のお母はんかいな」


「そうや」


 返事を聞いた坊主は、頼んでもいない念仏を勝手にあげ始める。


「君もお母はんに似て、綺麗な顔立ちをしとるの」


 梅毒に罹って死んだ母の顔は、お世辞にも綺麗と呼べるものではない。グズグズになって腐り落ちた鼻は、削いだように捲れ、露出した鼻腔からは絶え間なく体液が滲みだし、顔のいたるところに、硬化した固いゴムのような腫瘍が出来ていた。


 顔だけ見れば、性別はおろか、同じ人間であるかすら疑わしく思う。だからこの坊主も、どうやら母の客であったようだ。


 梅毒が発症する前の母は、たしかに美人で評判の夜鷹だったし、永井もまた、その血を受け継ぎ端正な顔つきをしている。


「生々流転、死屍累々。「死」とは、生の始まりから定められている因果で、避けようのないものだ。では、生き物は何故死ぬために生まれてくるのかと言えば、それは夢を見るためだ。死よりも遠く、生よりも近いその間で見る夢を仏教では・・・」


 釈尊の入滅以降、坊主の説教がためになった試しは一度たりとてない。


 連中は当たり前のことを、「さもありなん」と得意げに謳うだけで、衆生救済には程遠く、そしてそれは、現代に近づくにつれ酷くなる一方だ。もはや仏陀の面影すら見えぬ、程度の低い模倣が真実を上回る。


 火にくべられ、燃え盛る炎の中で身もだえしていた母がようやく焼けきると、坊主は燃えカスを棒でつつき始めた。


 灰を舞い上げ、火の粉を飛び散らし、まだ火はくすぶっていると言うのに何かを見つけ、躊躇なく手を突っ込む。掌に載せ、眼前に差し出されたそれは、小さな骨の欠片だった。


「いいか、ボン。お母はんはおらんようになってしまったけども、いつも一緒におってくれはるんで。見てみい、これが喉仏っちゅうやつや。本当に仏様みたいな形しとるやろ」


 言われてみれば、確かに座禅を組む仏に見えなくもない。好奇心から手に取ってまじまじ眺めていると、思いがけぬことを言われる。


「さあ、食うてみい」


 何事かわからずたじろぐ永井に、坊主はなおも続ける。


「ええか、お母はんのこと好きやったんやろ?せやったら食うてやれ。それが一番の供養になるんじゃ」


 好きだの嫌いだのといった感情を母に抱いた憶えはない。


 だから坊主の言う言葉の意味などよく分からなかったが、有無を言わせぬ態度に、「そういうものか」と子供心に納得し、おずおずと口に入れる。もちろん、ただのカルシウムの塊に味なんてない。ただ、無性に脆かった。


「そしたらそろそろ行こうかの」


 用が済んだのならば早く行ってしまえばいいのに、勝手に一仕事終えた気になって満足顔の坊主は、しかし帰りはせず、ずっとソワソワしている。


「坊さん。ごめんやけど、僕にはあげられるものが何もない。せっかく念仏あげてもろて申し訳ないけど、「ありがとう」しか言えんわ」


「いやいや何を言うちょるん!坊さんは別に何か欲しかったわけと違う!なんもお布施は強制するものやないし・・・でもどうしてもって言うのなら、何も物でないといかんわけでもないけども」


 そう言って好色そうな両の眼で、まだ幼い少年の体を厭らしくなめまわす。


「そうか。坊さん、そしたらこれで勘弁してくれ」


 観念し、くるりと背を向けて、丈の足りないボロ着の裾をまくり、つるんと小振りできれいな白い尻を露わにする。それを見るや、坊主は下卑た笑みを浮かべてイチモツを取り出し、自らの手に唾を吐きかけ、その頭にまぶす。


 尻にあてがわれ、ヌルヌル蠢く感触に目を瞑り固く歯を食いしばるが、間髪入れず走った激痛に、思わず声が出る。


「ウッ!」 


 こちらの事などお構いなしに坊主は腰を振り、その度、焼けた火箸でかき回されたようになって、鼻汁と涙がとめどなく溢れ出る。苦悶する顔がよっぽど可笑しかったのだろう、犯されている間中ずっと、対岸で囃し立てる瓦乞食たちが、それを見て笑っていた。

誤字脱字、感想などありますれば、どうぞ遠慮なくお聞かせください。

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