第86話 円卓会議
グルーダ法国、サンタ・エ・ヴォロセラット大聖堂内にある地下会議室。
広い円卓には十個の席が設けられているのだが、以前にも増して空席が目立っている。
人数も少ないから会話もなく、薄暗い部屋のせいで空気が重い。
ベアトリスのことを鬱陶しく思っていたが、その存在のありがたさをこの場にいる全員が今初めて痛感した。
「…………集まったのは三人だけか?」
「じゃな。相変わらずギルバーンは来ておらん」
「で、ヴィンセントを殺した人間を探しに出掛けたベアトリスとシアーラからの連絡が途絶えて一ヶ月。流石にもう死んだってことだよね?」
「任務に失敗して逃げたって可能性もあるんじゃろうが……あのベアトリスが逃げたとは到底考えられん」
「大の任務嫌いだもんね。実際に失敗しても何てことない顔で戻ってきていたし、逃げた線はあり得ないか……」
「つまりヴィンセントに続き、ベアトリスとシアーラも殺されたってことか? ……想像以上だな」
そこから長い沈黙が流れた。
各々様々な思考を巡らせたが、結局何が起こっているのか理解できていない。
「ワシは長いこと第三席次に座っておるが、こんなことは初めての経験じゃな。これは国の面子にも関わるぞい」
「この場にいる全員分かっているわよ。教皇も初めて見るぐらいお怒りだったし」
「幸いだったのが表ではなく、我々裏だったこと。世間的にも知られていないからこそ、グルーダ法国であることはバレていないはず」
「じゃとしても……ヴィンセント、ベアトリス、シアーラを殺った奴は必ず見つけ出さないといかん。超大国であり、全てにおいて優れている我が国への――侮辱行為に他ならないからのう」
そう力強く告げたアルガーノン・リンゼイ・バーネットの目は、怒りと憎悪に燃えていた。
当時の最年少で裏の第十席次に就き、そこから約六十年間座り続けたこともあり、誰よりも愛国心の強いアルガーノン。
暗殺に向かい、返り討ちにされた――これだけを聞けば自業自得の他ないと思うのが普通だろうが、特殊な環境で育って凝り固まった思考を持つ人間にとっては、虚仮にされたと思ってしまう。
アルガーノンはその最たる例だろう。
「ただ、分かっているのはドラグヴィア帝国ってことだけよね。貴族学校に通っていたということ以外何も情報がないわ」
「ならば、教国のローゼル・フォン・コールシュライバーを当たってみるしかないじゃろうな。あやつなら、確実にこの人間についてを知っておる」
「いや、教国に引き篭もっているローゼルと接触するのは難しいだろ。だからこそ、教国から出たタイミングを狙って暗殺しようとした訳だしな」
「小国なのに、教国の人間って平均レベルが高いから全く近づけないものね。入国するのだって、どこよりも難しいわ」
「じゃあ、どうするって言うんじゃ? これだけ虚仮にされて、何もせずに泣き寝入りってことはないじゃろうな?」
そんなアルガーノンの怒気を強めた口調に再び沈黙が訪れる。
更に重苦しい空気が流れる中、言葉を発したのは第二席次のレジナルドだった。
「俺は一時的に放置するのが得策だと思っている。ベアトリスがやられた時点で強敵なのは間違いない。今は第二席次の俺と第三席次のアルガーノン。それから第五席次のシャネーズだけ。人数がまず少なすぎる」
「ワシら三人で向かえば十分な戦力じゃろう。国にはギルバーンが残っておるのじゃから、万が一何かあっても対応できるぞい」
「私はレジナルドの意見に賛成派よ。戻ってくるのを待つべきだし、何なら空いてしまった席の補充も行うべきだと思っているわ」
「なんじゃお主らは! これだけ無茶苦茶やられて尻尾巻いて逃げると言うんか!」
「逃げる――ではない。俺は体制を整えるべきだと言っている。それに話によれば、王命でドラグヴィア帝国に向かった表の第六席次のアーシュラと、第九席次のマリオンも戻ってきていないらしい。ドラグヴィア帝国には確実に何かある」
レジナルドのその言葉にシャネーズは頷き、アルガーノンは睨むように見つめた。
反論したい気持ちしかない様子だが、闇雲に探して見つかると思えないことは流石のアルガーノンも分かっていた。
「…………その情報は初耳じゃな。表の連中はどんな命令でドラグヴィア帝国に行っておったんじゃ?」
「神龍祭に出場する皇女を暗殺してこいという王命だったらしい」
「暗殺命令がワシら裏にじゃなく、表の連中にじゃと!? ……信用を落としているということか?」
「神龍祭に乗じてだから、単純に表に任せた方がやりやすいからだとは思うわ。……そう信じたいけれどね」
「俺もシャネーズと同じ意見だ。ただ、ベアトリスとシアーラを失ったことを伝えたら、本当に信用は落ちる可能性が高い」
「はぁ……本気で今すぐにでも、ワシらの信用を失墜させてくれた馬鹿者を殺しに行きたいのう」
アルガーノンからは強い殺気が漏れ出ており、レジナルドとシャネーズはじんわりと汗が滲んだ。
既に老体といえど、実力は未だに現役バリバリ。
レジナルドは第二席次とはいえ、本気のアルガーノンと戦ったら確実に勝つとは言い切れないほどの実力をまだ持ち合わせている。
「……それで、抜けた席を穴埋めするって話になったけれど、誰か良い人物でもいるの? それとも単純に【毒猿】から引き上げる?」
「【毒猿】の過半数もアーシュラ、マリオンと共に戻っていない。だから、補充するとなったら外部からなんだが……良い人材がグルーダ法国にいるんだ」
「良い人材? ワシは思い当たらんがのう」
アルガーノンだけでなく、シャネーズにも心当たりがなかったようで二人同時に首を傾げた。
「最近、このグルーダ法国に来たばかりだから知らなくて当然だ」
「それってどんな人なの? そもそも最近来たばかりの人間を加入させられるの?」
「ナイルス聖王国からグルーダ法国に亡命してきた。俺は何度か直接会っていて、加入させられると思っている」
「ナイルス聖王国から流れてきた人間に良い人材がいるとは思えん。一つ前の王国騎士団の団長は話題に上がっておったが、それ以外では一切聞かんからのう」
「部下を斬り殺した団長以降は、確かにナイルス聖王国って名前自体聞いてないかも」
出生地も微妙であり、より二人のレジナルドを見る目が険しくなった。
「実力に関しては心配はない。何度も言うが、この人達とは何度か直接会っていて実力も確認済みだ」
「この人“達”? ってことは、一人じゃないの?」
「ああ、三人だ。一人はナイルス聖王国騎士団の元騎士団長。部下を斬り殺した団長の次に団長になった人物だな」
「例の事件の後処理をさせられた人ってことね。他の二人は?」
「一人は天恵の儀にて【聖女】と告げられた11歳の少女。もう一人は同じく天恵の儀にて【勇者】と告げられた――同じく11歳の少年」
「【聖女】と【勇者】!? ……めちゃくちゃ逸材じゃない! なんで聖王国はそんな逸材を手放したのよ!」
「かなり深い理由があるようだ。ちなみに【勇者】の少年は、既にベアトリス以上の実力を兼ね備えている」
その言葉を聞き、二人は口を大きく開けて驚いた。
11歳でベアトリス以上の実力を持っているというのはあまりにも異常。
例え【勇者】であれど、そんなことはあり得ないのだが……レジナルドがつまらない冗談を言う人間でないこともよく知っている。
「その話の本当なのであれば、これ以上の適任はおらん。……ただ、他所から来た人間を席に就かせていいのかという葛藤がある」
「俺も信用し切っている訳ではないが、今はそんなことを言っていられない。人材不足の中、これほどまでにない人材がやってきているんだからな」
「私は賛成。三人ってことで人数も丁度いいからね。それに、実際に見て決めればいいじゃん」
「二人も見て、判断してくれると助かる。特にアルガーノンの審美眼は信用しているからな」
「…………分かった。加入させる方向で進めて構わん。全てはグルーダ法国のためじゃ」
ようやく話がまとまり、ナイルス聖王国から来た三人を国の中枢である裏の席に就かせる運びとなった。
この三人の決断がグルーダ法国のためになるのか分からない。
ただ混沌を招き入れたことは確定しており、狂った歯車はゆっくりと歪に回り始めたのだった。
お読み頂きありがとうございます。
第86話 円卓会議 にて第四章が完結致しました。
最後になりますが、ここまでお読み頂き本当にありがとうございました。
願わくば、また第五章で会えることを楽しみにしております!