第81話 決勝戦
今まで聞いたことのない歓声が、目と鼻の先で地鳴りのように鳴り響いている。
これが俺に向けられているものだと思うと……恐ろしいものがあるな。
「アダムさん、また緊張しているんですかい? そんな心配しなくても大丈夫ですぜ。ここまで苦戦したのなんて準決勝くらいでさぁ」
「でも。その準決勝がめちゃくちゃ大変だっただろ! 魔法使いとの一対一であんなに苦戦したの初めてだぞ!」
「たまたま相性が悪かっただけですぜ! それに決勝の相手は同じ純粋な剣士タイプ。アダムさんが負ける訳ないでさぁ」
選手入場口の前で、ノンソーに元気付けられているが……未だに不安は解消されないまま。
決勝の相手であるティファニーは、ここまで圧倒的な強さで勝ち上がってきている。
神龍祭が始まる前に一番の難敵と見ていたエドワード・サマースケールも、苦戦することなく倒したのだ。
優勝して王命を果たし、王女との結婚を認めてもらう。
そのために何がなんでも優勝しないといけない大事な一戦であるのにも関わらず、なんで相手が未知の強敵なんだ。
考えれば考えるほど愕然としてしまい、俺は項垂れるように座り込む。
「ほら、座っている暇はないですぜ! もう入場の時間でさぁ。……対戦相手はもう出てきてますぜ」
「……もう少し時間が欲しいっ!」
「情けないこと言ってる暇はありやせん。エリアスと当たらなかった時点でついていやすから、ドーンと構えていればいいんでさぁ!」
ノンソーに背中を押され、俺もコロシアムの試合会場へと進む。
試合会場に足を踏み入れた瞬間、爆発したかと思うような歓声が鳴り響き、俺の名前があちらこちらから叫ばれている。
俺は他国の人間のため、ここまで応援されるとは思っていなかっただけに少し嬉しい。
俺は歓声に手を上げて答えながら、中央へと辿り着いた。
既に対戦相手のティファニーが待ち構えており、俺を睨むように見ている。
立ち振舞い、威圧感、風格。
全てにおいて、これまで対峙してきた人間と比べて図抜けている。
この相手に勝てるのか……?
こうして前に出てしまえば、試合前の弱気も大抵何とかなるのだが、対峙して更に不安になることは初めての出来事。
驚くほどに美人というのも、不安に駆られる要因の一つかもしれない。
「はじめまして――で合っているよな? 私はティファニー・マーティンデイルだ」
「ご、ご丁寧に挨拶をありがとう。俺はアダム・シュレイバー」
「名前は聞いたことがあった。『教国の英雄』。魔王軍を何度も撃退したんだよな?」
「二度ほど撃退したが俺一人の力ではないし、英雄なんて肩書きは大袈裟もいいところだぞ」
「対峙する限りでは、英雄の名に十分ふさわしいと思えるぞ」
嬉しいことを言ってくれているが、ティファニーの顔は笑顔に満ち満ちており、怯むどころか早く戦いたくて仕方ないといった様子。
本気で勘弁してほしいんだが……。
そんな軽い挨拶を終えたタイミングで審判がやってきた。
これまでは一人だったのだが、決勝戦は三人体制で行うらしく三人の審判が出てきた。
「アダムとティファニーで間違いないな?」
「ああ。私がティファニーだ」
「アダムで間違いない」
「もう知っているとは思うが、改めてルール説明をさせてもらう。相手が降参を宣言するか、戦闘の続行が不可能と判断されるまで戦ってもらう。基本的に何でもありだが、殺してしまわぬようにだけは注意をしてくれ」
審判のルール確認に頷くと、互いに位置について構えた。
構えた瞬間――ティファニーの圧が一気に強まった。
ただでさえ刺すような圧だったのに、今は喉元に剣を当てられているような感覚。
本当に……一体何者なんだ?
構えている剣も超一級品。
教国で一番良い剣を持たせてもらっているはずなのに、確実にティファニーが持っている剣の方が質が高い。
「それでは決勝戦を開始する」
ここまでは静寂だったのだが、審判のその掛け声共に今大会一番の歓声が上がった。
「決勝戦――始めッ!」
審判の開始の合図と共に、ティファニーは突っ込んできた。
出足の鋭さは準決勝を見て知っていたが、体感だと桁違いの速度。
何とかバックステップを踏むことで距離を取り、開始早々の致命的な一撃は避けられたが――力が半端ではない。
人間だけに限らず、これまで受けてきた攻撃の中で一番の重さ。
下がりながら攻撃を受けたということもあり、完璧に吹っ飛ばされた。
受け身は取れたが、すぐに体制を整えないと追撃が来る。
転がりながら何とかバランスを立て直し、追撃にきているであろうティファニーに備えたのだが……。
ティファニーは斬った場所から動いておらず、必死に体勢を立て直した俺に笑顔を向けていた。
「……くっそ。おちょくられてんな」
転がるほどにバランスを崩したのに、追撃に来ないということは舐めている証拠。
この態度を取られたことで、ようやく体の力が抜けた。
ティファニーが追撃してこなかったことで余裕が生まれ、俺はその隙にスキルを発動させる。
「【限界突破】【筋力増強】」
いつもはここぞというタイミングで使い、一気に勝負を仕掛けるためのスキルだが、今回は出し惜しみしている余裕はない。
一気に勝負を決める。
立ち止まってニヤけているティファニーに斬りかかり、更に攻撃スキルも発動させて攻め立てていく。
【強撃】に【断斬】。【三連牙突】からの【聖波斬】。
俺の一方的な攻撃に、観客席から大歓声が巻き起こった。
大歓声から分かる通り、端から見たら俺が押しているように見えるだろうが……一発も攻撃が当たっていない。
「流石は『英雄』だな。これまでの対戦相手の中じゃ圧倒的に攻撃の質が高いぞ」
最大火力を見せているのに、ティファニーには余裕がある。
全力で斬り込んだから分かるが、一切底が見えないのだ。
「これほどまでに差があるとは思っていなかった。本当に……何者なんだ?」
「名乗るような実績はない。オールカルソン家の使用人だからな」
「オールカルソン家?」
どこかで聞いたことのある名前。――思い出した!
エリアスだ。エリアス・オールカルソン。
「一気に決めさせてもらう。中々楽しませてもらったが、エリアスの代わりに優勝すると決めているからな」
ティファニーが剣を握り変えると、刃の部分が光り輝き出した。
更にいくつかのスキルを発動させ、大剣を振っているとは思えない速度で斬りつけてきた。
完全なる化け物。
一発の重さと攻撃の速度が比例していない。
盾を使って、何とか必死にガードを行うが、盾を持つ手が折れたのが分かり、上からの斬り下ろしをガードした際に踏ん張った足も折れた。
ガードされていようが関係ない――あまりに凶悪過ぎる攻撃。
盾を持つ右腕が折れ、支え足である左足が折れて力が抜けたところに、下からの斬り上げで完全にぶっ飛ばされた。
大歓声がティファニーに浴びせられ、俺は両手を広げて大の字で空を見上げる。
透くような大きな青空。
試合前からずっと下を見ていたから気づかなかったが、今日はこんなに綺麗な青空だったんだな。
空を見てそんな感想を抱いていると、俺を見下ろすティファニーの顔が俺の視界に飛び込んできた。
悪魔のように笑っており、ゆっくりと喉元に剣を突きつけてきた。
「――完敗だ。降参させてもらう」
「楽しかった。アダムが決勝の相手で良かったよ」
「俺の方も……相手がティファニーで良かった。また一から鍛え直そうと思えた」
「ふふ、強くなったアダムとまた戦えるのを楽しみにしている」
ティファニーから差し出された手を掴み、俺は立ち上がった。
それから俺はティファニーの腕を上げ、勝者を俺なりに讃えると――観客はそれに答えて大きな歓声を上げてくれた。
「決勝戦の勝者は――ティファニー! よって、第99回大会の優勝者は――ティファニー・マーティンデイル!!」
審判の優勝者のコールに、会場全体から拍手が巻き起こった。
負けてしまったが、恐らく百回やっても百回負ける相手。
そのため悔しさもなく、ただただ己を鍛え直すことを俺は心に誓った。
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