第77話 報酬と処遇
あそこからティファニーが出てきたということは、魔障壁が張られた時点で駆けつけてきてくれていたということだろう。
登場の仕方がかっこよくもあるが、その表情はめちゃくちゃ怖い。
上半身になった女は確実に死んでおり、ここでようやく顔が見えたのだが……裏の第四席次のベアトリス。
土魔法の使い手であり、それに付随する砂魔法や自然魔法といった複合魔法も得意とする優秀な魔法使い。
逃げこんだ先にティファニーがいるとは、ベアトリスもついていなかったな。
「ティファニー、駆け付けてきてくれたのか?」
「ああ。怪しいと思ったからすぐに来たが……到着が遅れてしまった。こんなに近くにいたのに本当にすまない」
「いやいや、全然謝ることじゃない。俺もこうして生きているし――あっ、そうだ。ジュリアの方は……?」
俺は後ろを振り返ってジュリアを確認したのだが、襲っていた黒いローブを着た人間は全員倒れており、ジュリアだけが立っていた。
毒が回ってさえしまえば、ジュリアの相手ではなかった感じだな。
「エリアス、声を掛けてあげた方がいい。無事そうではあるが、精神的なダメージも大きいだろう」
「分かった。ティファニーも駆けつけてくれてありがとう」
「私はエリアスを守ると約束したからな。駆けつけるのが遅くなってしまった自分が腹立たしい」
「いやいや、十分早かったぞ。異常に気がついて、一番最初に辿り着いたのはティファニーだしな」
「一番だろうが関係ない。私はあの魔障壁をぶっ壊せるくらいの力を必ず手に入れる。――エリアスも期待していてくれ」
ティファニーはそう笑うと、選手入場口から戻って行った。
一体どこまで強くなるつもりなのか少し怖くなってきたが……ひとまず今はジュリアに声を掛けに行く。
「ジュリア、大丈夫だったか?」
「え、ええ。なんとか大丈夫でした。……エリアスさん、私を助けて頂き本当にありがとうございました」
「礼なんかいらないぞ。俺も一緒に襲われた訳だしな。とりあえず何とか対処出来て良かった」
「ありがとうございます。あ、あの、私エリアスさんを変態扱いしてしまって……」
「そのことも別に気にしないでいい。実際に手だけを見て、初対面のジュリアに気づいたのは自分でも変態だと思うしな。ただ、一つ弁明させてもらうと、その指輪に見覚えがあったんだ。確か――皇家に伝わる指輪だろ?」
俺がそう指摘すると、ジュリアは自分の手に視線を落として今も身に着けている指輪を見た。
この指輪は『皇女の指輪』という代物であり、『インドラファンタジー』ではジュリアを助けることで手に入れることのできたアクセサリー。
状態異常を完全に防ぐという超強力な効果を持っているため、俺も重宝していた代物。
今回【毒細氷】を使えたのも、ジュリアがこの皇女の指輪を装備していたのが分かっていたからであり、万が一当たってしまっていても大丈夫という安心があった。
「…………なるほど。この指輪を見て、エリアスさんは私だと気づいたんですねこの指輪は確かに皇家に伝わる指輪です。お礼といったら何なのですが――この指輪を貰ってはくれませんか? 私の命を助けてくださったお礼と、そして変態だと誤解してしまったお詫びにこの指輪を受け取ってほしいんです」
ジュリアは皇女の指輪を外すと、俺に差し出してきた。
先ほども言った通り、皇女の指輪は状態異常を完全に防ぐチート級のアクセサリー。
この指輪を装備しないと攻略できない場所もある訳で、貰えたら俺としてもめちゃくちゃありがたいんだが……。
この指輪を受け取ってしまったら、ジュリアとの関係が切れてしまう恐れがある。
『インドラファンタジー』では、皇女の指輪を受け取ってから二度と登場することがなかったからな。
俺は主人公ではないし、ここはゲームでもないため受け取っても問題ないのかもしれないが、受け取らないという選択を取ることに決めた。
「その指輪は流石に受け取れない。ドラグヴィア家の家宝ということは、ドラグヴィア帝国の家宝だろ? 助けたのは俺も生きたかったからで、変態呼ばわりは気にしてないからな」
「で、ですが……私にはこの指輪くらいしか、お礼として渡せるものがありません」
「どうしてもお礼がしたいというなら、これからも俺と仲良くしてほしい。“仲良くしてくれ”なんて軽々しく、皇女様に言っていいのか分からないけど」
「そ、それはもちろん仲良くさせてください! 同年代のお友達と呼べる方は全然いませんし、私なんかと仲良くして頂けるなら――ぜひ、仲良くして頂けると嬉しいです!」
そう言うと、ジュリアは初めて笑顔を見せてくれた。
ついさっきまでは変態を見る目で見られていただけに、こうして笑顔を向けてくれたは本当に嬉しい。
こればかりは襲撃者に感謝しかないな。
「そう言ってくれて安心した。今回のお礼は仲良くしてくれるってことで一つお願いしたい」
「はい。……改めますと、何だか照れますね」
「確かに。こう正面からお友達になってくださいなんて言う機会ないもんな」
二人で照れながら笑っていると、大会の運営のような人達がようやくコロシアム内へとやってきた。
倒れている黒いローブを着た人間達を捕縛していき、俺達の下……というよりかはジュリアの方に駆け寄った。
「ジュリア様、お怪我はありませんでしたか!?」
「ええ。エリアスさんに助けてもらったので無事でした」
「それは……本当に良かったです! 襲撃者についてはしっかりと捕縛して、これから情報を吐き出させますので! とりあえずジュリア様、いえお二人は奥へと来てください」
「――あっ、ちょっと待ってくれ。そこの倒れている人だけは俺に処遇を任せてくれないか?」
「……は? 流石にそれはできない。そこの倒れている人間も襲撃者の一味——」
「構いませんよ。エリアスさんのお好きにしてください」
「えっ!? い、いや、ジュ、ジュリア様がそう仰るなら……」
俺の援護をしてくれたジュリアに一つ頭を下げてから、先ほど斬ったシアーラの下に向かう。
大量の血が流れているが……まだ息はある。
そんなシアーラを連れて行こうとしていた兵士に下がるように伝え、俺はしっかりと縄で縛ってからシアーラの治療を行うことにした。
ここで助けるのは――完全な下心。
シアーラは紛れもない悪人であり、到底許されない人物。
もし男ならば、斬った時に首を狙って撥ね飛ばしていたと断言できる――が、ギリギリで生き残らせたのは可愛いからだ。
「シアーラ、聞こえるか?」
俺が声を掛けると、虚ろな目を俺に向けた。
まだ意識は残っている様子。
「大人しく俺に捕まるなら、命だけは助けてやるがどうする?」
「………………た、すけて、ほしい」
ギリギリ聞き取れるかどうかのか細い声で、そう命乞いをしてきたシアーラ。
俺はそんなシアーラの目を見てから、【ハイヒール】で傷口を回復させた。
みるみる内に傷は塞がっていたが、放っておいた時間が長かったからか弱ったまま。
ただ、これでもう死ぬことはないだろう。
「俺の知り合いが来る。それまでここで大人しくしていろ」
「…………あ、りがと」
「別にお前のことを思って助けた訳じゃない。有益な情報を吐き出させるためだ」
そう告げてから、俺は観客席にいるクラウディアとギーゼラ、それからデイゼンを呼んで、サリースを見ておくように伝えた。
クラウディアとギーゼラからは若干白い目で見られたが、上手い言い訳を考えておこう。
それから俺は重要参考人として、ジュリアと共に詳しい事情を説明を話すため、コロシアムを後にした。
ここで暗殺者に襲撃されたと大々的に伝えてしまうと、この超が付くほどの観客たちによって大混乱が巻き起こるため、神龍祭はこのまま進めるらしい。
俺は残念ながら棄権という形だが、大きな怪我もなくジュリアと仲良くなれたしまぁいいだろう。
そのまま兵士に連れられてコロシアムを後にし、ジュリアと共に王城へと向かったのだった。
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