第75話 根っからの悪役
あのタイミングで放った【エアロブラスト】をどうやって防いだのか……さっぱり分からない。
完全に不意を突き、仕留めたと思って完全に油断してしまった。
「ど、どうやって……魔法を防いだの?」
「魔法をぶつけただけだ。観客も沸いているし――もっとやり合おう」
何が起こったのか理解できず、困惑している私と違って爽やかな笑顔を浮かべているエリアス。
先ほどまでのニヤニヤ顔は何処へやら、戦闘を純粋に楽しんでいるような表情が……余計に私の気持ちを焦らせる。
「剣に魔法を扱える? 限られた人しか扱えないはずじゃ……?」
「俺はジュリアが剣と魔法を使っているのを見て、両立させようと思ったから……こうして戦えていることが嬉しいんだよ」
「私のを見て? 本当に何を言っているのか理解できない?」
大衆の前で使ったのは今回が初めて。
私が剣も魔法も使えることは、身近な人物しか知り得ない情報。
このエリアスという男……。
ただの変態ではない可能性が出てきた。
「ん……? 何かおかしなことを言ったか?」
「ああ。最初から最後までおかしすぎる。絶対に倒して、ゆっくりと話を聞かせてもらう」
人並み外れた強さを持っているが、この男にだけは負けられない。
気合いを入れ直し、私はエリアスに向かって再び斬りかかった。
私の言っていることに納得いっていないかのように首を傾げながらも、楽々と受け止めてくるエリアス。
そしてもう一度、タイミングを図って【エアロブラスト】を打ち込んだのだが……。
「【フレイムランス】」
中級魔法である【フレイムランス】を完璧に合わされ、私の【エアロブラスト】は完璧に消失した。
ここまでの戦況は全くの五分。
……のはずなのだけど、あれだけ盛り上がっていた会場は静まり返っており、この静けさからエリアスが圧倒的有利で試合が進んでいることを物語っている。
実際に、私もどう攻め込んだらいいのか分からない。
単純な剣術はエリアスの方が上であり、魔法でも崩すことができない。
エリアスは私の――完全上位互換。
絶対に倒すと意気込んだものの、打つ手がなくまた立ち止まってしまっている状態。
年齢は多分、私と同じくらいだと思う。
同年代では相手はいないと確信していたのだけど、こんなに強い同年代が国内にいたなんて。
世界は広いし、私は井の中の蛙だと分からされた。
「楽しかったけど、そろそろ仕留めさせてもらう。複合魔法【氷結爆発】」
ほぼ無詠唱で唱えられたのは複合魔法。
繊細な魔力操作が要求されるため、複合魔法は扱うこと自体が難しい。
そんな高度な魔法を、エリアスはいとも簡単に扱っている。
「本当に……何者なのですか?」
そんな私の呟きは、迫り来る氷の塊が軋む音によってかき消された。
「【フレイムボール】」
少しでもダメージを抑えるべく、【フレイムボール】を合わせたものの、【フレイムボール】がぶつかる前にエリアスの放った魔法は爆発。
粉々に砕け散った氷塊が私を襲い、体の至るところに傷を負った。
右足は折れ、左腕は凍傷。
額を掠めたせいで頭からは大量の出血。
避けることもできず、無様に地面に這いつくばった状態でエリアスを見上げる。
観客席からは悲鳴に近い声と、エリアスに対しての怒鳴り声が鳴り響いていた。
お父様も国のトップである皇帝とは思えないほど汚い言葉を投げ掛けており、こんな無様な状態でありながら思わず笑ってしまう。
対戦相手が皇女である私でなければ、エリアスには称賛の声が浴びせられたと思うから、そこだけは少しだけ申し訳ない。
「ジュ、ジュリア様は戦闘続行不可能と見なし、この試合は――エリアスの勝ち」
審判のその宣言に対し、観客からは割れんばかりのブーイングが鳴り響いた。
たった一戦で、完全にヒールと化してしまったエリアス。
ただ、エリアスは一切気にしていない様子で私の方にゆっくりと近づいてきており、恥ずかしさから視線を反らす。
変態呼ばわりし、こてんぱんにやっつけると宣言して結果はボロ負け。
……変態である可能性はまだ高いけれど、エリアスには合わせる顔がない。
この場から逃げ出したいが、足が折れているため上手く動けず、ただ座り尽くすしかない。
「良い勝負だった。本気で戦ってくれてありがとう」
「…………こちらこそあり――」
顔を反らしながらも、試合後のお礼を伝えようとしたその時――観客席から突然複数の人間が降り立った。
手には武器を握られており、強い殺気を放っている。
全員が顔が隠れている黒いローブを身に付けており、タイミング的にエリアスの仲間かと思ったけど……。
エリアスの顔は困惑といった感じであり、このローブの男達とはグルではなさそう。
「この男達は……ジュリアの側近とか? 俺がジュリアを負かしたから殺されるのか?」
「私の側近ではありません。ただ……ブーイングが鳴り響いてましたし、私を負かしたことでエリアスに対して怒りを覚えた人達の可能性がありますね」
「マジかよ。試合で負かしたから襲われるってあるのか?」
最初はエリアスを狙った人達かと思ったのだけど……殺気が私にも向けられていることに気がつく。
ということはエリアスではなくて、私を狙った刺客ということ?
こんな大勢の人間の前で動いてくるとは思っていなかった。
それに私は今、怪我を負っている状況で――いえ、怪我を負うところを最初から狙っていた?
だとしたら、一見めちゃくちゃなように見えて、用意周到に計画されている可能性がある。
背後を確認し、側近の者を待機させている選手入場口に視線を向けたのだけど……。
選手入場口から出てきたのは、コロシアム内に降り立った人間達の仲間であろうローブを着た人間。
手に握られている剣の刃が血塗られていることから、私の側近は既に殺されている。
観客がブーイングを行っている騒ぎに乗じて私の側近を殺し、荒れた観客に見せかけて堂々と動いてきた。
【氷結爆発】が直撃した痛みから汗は滲んでいたものの、私だけが気づいている絶体絶命のピンチに汗が滝のように流れる。
刺客は正面から六人。そして、選手入場口から二人。
側近の者を殺せるということは、相当な実力者。
対する私は動けないほど傷を負っており、頼れる人間は……変態のエリアスだけ。
「エリアス! 散々貶した相手にこんなこと頼むのはどうかと思うけれど……助けてほしい! このローブの者はエリアスではなく、私を狙った刺客の可能性が高い」
「なるほど、そうなのか。道理で雪崩れ込んできた観客にしては……実力者だと思った」
エリアスは一切焦る様子を見せず、飄々とした態度でそう答えた。
命の危機に晒されていることに気づいているのか疑ってしまうが、この態度は自信の現れなのかもしれない。
そう思うと……こんな劣勢なのにも関わらず、何とかなってしまうような気がしてきた。
「とりあえずジュリアも戦ってくれ。一対八は流石に骨が折れる」
「戦いたいのは山々だけど……私はエリアスの魔法で怪我を負って――!?」
「【ハイヒール】」
エリアスに肩を触れられた瞬間に傷が塞ぎ、痛みが一気に引いてきた。
複合魔法だけでなく……回復魔法まで扱えるの?
お抱えの回復術師がいるから分かるが、回復魔法の錬度が段違い。
ここまで傷が即座に回復するなんて聞いたことがない。
本当にこの男は一体何者なんだろう?
座ったまま見上げたのだが、エリアスは刺客達に視線を向けており――その顔は私を守る騎士のように見え、心臓が大きく一つ跳ねたのが分かった。
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