第69話 英雄
ギーゼラの初戦は見入るほど凄まじかったのだが……何故かギーゼラと激闘を繰り広げた相手に付き纏われている状態。
話によれば、ローゼルの知り合いらしいが……教国にこんなキャラがいたか覚えていない。
ギーゼラとの戦いを見た限りでは、只者ではないことは分かるんだけどな。
「いやぁー、まさかあのエリアスとこうして知り合えるとは思ってやせんでした! 運命ってあるんでさぁ!」
「…………ローゼルの知り合いなのは分かったが、いつまで俺の後をついてくるんだ? かれこれ三時間は同じことを言っているぞ」
「あ、あれ? そうですかい? まぁそんな固いことを言わず、運命を祝ってこれから酒でも飲みに行きやせんか?」
「行かない」
予選三試合は無事に突破できたが、何分このノンソーという人間が鬱陶しい。
何か目的がありそうだが、はぐらかして全然本題に入らないからな。
「……ギーゼラと戦って惚れたとかか? だとしたら残念だが、ギーゼラは俺の嫁だ」
「そんなことはありやせん! ……えっ、ギーゼラはエリアスの奥さんなんですかい?」
「ギーゼラ目的じゃなかったのか?」
「じゃあ一緒にいたもう一人の美女は誰ですかい?」
「そっちも俺の嫁だ」
「うっひゃー! 美人の嫁が二人に回復魔法の才まであるなんて、神様はあまりにも不公平ですぜ!」
「――もういいから、早く本題に入ってくれ。ノンソーに付きまとわれているせいで、二人の下に戻るに戻れないだろ」
いつまで経っても話が進展しないため、直接聞き出すことにした。
ノンソーは頭をぽりぽりと掻いた後、諦めたのか口を開いた。
「やっぱりあっしには密かに近づくなんてことはできやせんね。実は……エリアスは教国で危険人物とされているんでさぁ」
「……は? 俺が危険人物?」
「エリアスは何も悪くないんでやすが、エリアスのせいでローゼル様が勝手な行動を取るから、自然と要注意の危険人物と認識されてやす」
いや……マジで俺は何も悪くないな。
ローゼルが勝手な行動を取っているせいで、俺が危険人物扱いされているのか。
「命を狙われていたりするのか?」
「そこまでは流石にないでさぁ! ただ、ローゼル様がエリアス絡みで暗殺されかけてやすし、情報を集めてこいと言われやした」
「とんだ傍迷惑だな。ノンソーはそのためにわざわざ帝都まで?」
「いや、本来の目的は神龍祭の優勝でさぁ。ドラグヴィア帝国で、ミスリエラ教国の人間国宝が暗殺されかけたから、その報復として教国の者が優勝しろって命令が下ったんですぜ」
「なんだそれ。上の人間からの命令だよな?」
「もちろん。国王からの直々の王命でさぁ」
あまりにもアホらしすぎる理由だが、メンツを大事にするのはどこも一緒。
メンツを汚された報復として、汚し返すってことなのだろう。
そう考えると……ノンソーは鬱陶しい奴だと思っていたが、かなり同情の余地がある。
「ノンソーも色々と大変なんだな」
「まぁあっしに命令が下った訳じゃありやせんから。あっしはただの付き人ですぜ」
「そうなのか。ノンソーも十分に強かったと思うが、本命は別にいるのか?」
「ええ、英雄アダム。エリアスは聞いたことないかもしれやせんが」
「英雄アダムッ!?」
「あれ? エリアスはアダムさんを知っているんですかい?」
そりゃ知っているなんてものではない。
英雄アダムといえば、『インドラファンタジー』で知らぬものはいないキャラクター。
堕ちた英雄、悲しき魔人。
最愛の人物である妻であり、教国の姫を魔王に誘拐され、悪魔に魂を売った魔人として主人公達の行く手を阻むキャラ。
『インドラファンタジー』では既に魔人の状態だったため知らなかったが、現在はまだ魔王に魂を売る前ということだろう。
……というか、主人公の前に現れたときは、魔人になったばかりだったのか。
「名前は聞いたことがあった。アダムはもう帝都にいるのか?」
「もちろんいますぜ。会いたいんですかい?」
「ああ。会わせてくれると助かる」
上手いことやれば、アダムが闇堕ちするのを止めることができるかもしれない。
意味があるのかは分からないが、アダムの最期はあまりに悲しいものだし、止めたほうが良いに決まっているからな。
「いいですぜ! その代わり、エリアスについて色々と聞かせてくだせぇ!」
「別にいいが……もし教国の人間が暗殺にきたら――ノンソーを許さないからな」
「そ、それは大丈夫ですぜ! ……多分」
心配になる歯切れの悪さだが、今は考えても仕方がない。
アダムがまだ人間の状態で会えるのは非常に楽しみ。
俺はワクワクしながら、ノンソーの後に追ってアダムの下へと向かった。
着いたのはボロい宿屋。
このボロい宿屋に英雄アダムがいるのか?
「この宿屋にアダムさんはいますぜ!」
「なんでこんなボロい宿屋なんだ? 王命なのに宿屋代も出ていないのか?」
「ちゃんと良い宿に泊まれるぐらいの金を貰ってやすが……アダムさんは変わってるんでさぁ。綺麗な宿には泊まらない。大衆酒場で毎晩酒を飲む。……とか、とにかく変なこだわりがありやす」
「本当にめちゃくちゃ変だな」
「だからこそ、英雄と呼ばれるまでになったのかもしれやせんね」
そんな会話をしつつ、ボロ宿の一室へとやってきた。
ノンソーはノックをすると、中からの返事を待たずに扉を開けた。
ボロい宿屋の期待を裏切らない狭い部屋。
異様な熱気が漂っており、その部屋の中心に汗だくの一人のおっさんが剣を構えて立っていた。
「これがアダムさんですぜ!」
「一体何をしてるんだ?」
「イメージトレーニングでさぁ。あっしにもよく分からないでやすが、脳内の敵と戦っているとか何とか」
さっぱり分からないが、本当に凄まじい集中力だな。
俺とノンソーが部屋に入ってきたことにも気がついていないようだし、ティファニーとはまた別種の異質さを感じる。
「これ……どうするんだ? 俺達に一切気づいていないようだが」
「大丈夫でさぁ。こうして……思い切り突き刺せば――!」
ノンソーはアダムの真後ろでしゃがむと、ケツに向かって思い切りカンチョーをかました。
堕ちた英雄、そして英雄の名にふさわしい威圧感。
嫌でも緊張してしまっていたのだが、一気にコミカルな感じとなった。
『インドラファンタジー』ではシリアスな人物だっただけに真面目な人物だと思っていたが、意外と緩い感じの人なのかもしれない。
「うぎゃあああーー!! おい、ノンソー!! カンチョーはすんなって何回言ったら分かるんだ! 俺は重度の痔だって言って――ってそっちのお前は誰だッ!?」
「カンチョーをしないと集中が途切れないから仕方ないでさぁ! あっしだっておっさんのケツに指は突っ込みたくないんですぜ?」
「もうカンチョーのことはいいから、そっちの男について説明しろ!」
思った通り、随分とコミカルな人だな。
アダムが元は愉快な人間だったと知ると、色々と悲しくなってくる。
「この人はかの有名なエリアスでさぁ! 偶然知り合って仲良くなったんですぜ! アダムさんと会いたいって言ったから連れてきやした」
「ほー。お前があのエリアスか。何というか……ヒーラーっぽくねぇな」
「紹介してもらった通り、俺がエリアスだ。アダムとは少し話したいことがあって紹介してもらったんだが、二人だけで話をしても大丈夫か」
「えっ、二人だけ? あっしは抜きですかい?」
「俺に話? 別に構わねぇよ。おら、ノンソーは外に行ってろ」
「流石に酷いでさぁ! 絶対に後で聞かせてくだせぇ!」
文句を垂れながら部屋から出ていったノンソー。
アダムと二人きりになれたが……さて、どうやって伝えるとしようか。